Scene2 夏音ちゃんとぬいぐるみと優越感
「せっかくの日曜日なんですから、どこか出かけませんか?」
お昼前に起きてソシャゲのスタミナ消費をしていると、夏音ちゃんが言ってきた。彼女の服装はシンプルなTシャツにジーンズで、ラフな格好ではあるが出かける気満々だ。一方私は未だにパジャマだった。
「……やだ、人多いし」
「別に未來さんの行きたいところでいいんですよ」
行きたいところはあるのだが、そこも日曜日は人で溢れる場所だ。
「行きましょうよ、土日に二人とも休みなんて滅多にないんですから」
平日、夏音ちゃんは会社に行っているし、今日は休みだが基本土日は私がアルバイトで出かけている。同じ日に二人が休みなのは珍しかった。
「……わかった。けど、本当に私の行きたい場所でいいの?」
「はい!」
彼女は嬉しそうに笑った。
「これアームめちゃくちゃ弱いんだけど……」
私たちはゲームセンターに来ていた。
入口の目の前にあったクレーンゲーム機。その景品であるサメのぬいぐるみを取ろうと、私はすでに二千円近く使っていた。
「あまり言いたくないんですけど、同じの家にありませんでした?」
「全然違うよ!」
反論しながら百円玉を投入した。
「ほんと未來さんってサメ好きですよね」
「だってカッコいいじゃん?」
「だから一緒にレンタルショップに行くと、毎回サメが出る映画を借りてるんですか?」
「……それはまた別の趣味かな」
サメ映画が好きな理由は不純すぎて説明するのが難しい。少なくとも純粋な海の生物であるサメと、なぜか空を飛んだり頭が複数あったり砂浜を泳いだりするようなサメへの好意はまったくの別物だ。
「サメって奥が深いんですね……」
「浅いと思うよ……」
私は呆れながらぬいぐるみを見つめた。
結局取るのを諦めた私たちは店内を歩き回っていた。やはり人が多い。しかも学生や家族連ればかりだ。
「あ、あれって未來さんが見てるアニメのやつじゃないですか? この前少しだけゲームもやってるって言ってましたよね」
夏音ちゃんは女の子向けのカードゲーム筐体を指差した。
「幼女先輩たちがいるのに並ぶなんて無理だよ……」
筐体の前には子供たちがお母さんと一緒に並んでいた。たしかに少しだけプレイしたが、それは平日の子供たちが学校に行っている時間帯の話だ。あそこに大人一人で並ぶ勇気は私にはない。
「未來さん背高いから目立っちゃいますね」
「コンプレックスなんだからやめてよぉ」
一応言ってみたものの、別に私の背が低かったとしてもあそこで目立つのは変わらない気がする。
「じゃあ私も並びますから、一緒にやりましょう」
夏音ちゃんに手を引っ張られ、列に並ぶことになった。周りのお母さんたちの視線が痛い。
十分ほど経ち、私たちの番になった。
ショルダーバッグからカードケースを取り出し、プレイで使うカードを何枚か筐体の上に置く。
「なんだ、カード持ってきてるんじゃないですか」
「別にいいでしょ」
カードに描かれたQRコードをスキャンすると、自身のキャラクターが画面に表示される。
「あれ、この子なんか私に似てませんか?」
「まあ夏音ちゃんを参考に作ったからね」
「……そこは嘘でもいいから誤魔化してくださいよ」
誤魔化すとさらに恥ずかしくなりそうなので正直に言うと、逆に夏音ちゃんが照れている様子だった。
『コーデをスキャンしてね!』
私は慣れた手付きでカードをスキャンしていく。夏音ちゃんに似せたマイキャラが可愛らしい衣装を身にまとう。
「こうやって私を着せ替えて遊んでいたんですか?」
「……その言い方やめて」
夏音ちゃん似のキャラの他に、自分に似せたキャラを作って一緒に踊らせて楽しんでいたとは、口が裂けても言えなかった。
ゲームを終えた後もう一度店内を歩き回り、特に他にやることもないので私たちは帰ることにした。
「私トイレ行ってくるんで、未來さんはそこで待っていてください」
「わかった」
夏音ちゃんは店内に戻っていった。私は壁に寄りかかると、スマートフォンを取り出しソシャゲを起動した。
しばらく経ったが、彼女は帰ってこない。
「遅いなぁ」
もしかしたら何かあったのではないか、不安が募る。
急いで店内に入ろうとすると、扉が開いた。
夏音ちゃんが大きな袋を持っていた。
「……夏音ちゃん?どうしたのそれ」
「あ、これですか。今日付き合ってもらったお礼です」
そう言うと袋を私に渡した。中を見ると、最初に苦戦して諦めたぬいぐるみが入っていた。
「え……うそ、本当にくれるの?」
「別にいらないんだったらフリマアプリで売っちゃいますよ?」
「いる! いるよ!」
私は慌てて言った後、彼女に抱き着いた。
「夏音ちゃん大好きぃ……」
「はいはい、わかってますよ」
しかし疑問があった。
「遅かったけどこれいくらかかったの?」
「え、あぁ……。五百円くらいですよ、吟味しながらやってたら時間かかっちゃいました」
「それはそれでなんか悔しいなぁ」
私が溶かした二千円はなんだったんだ。まあ、最終的に手に入ったのだから細かいことは気にしなくても問題ないだろう。
それでも悔しい気持ちが少し顔に出てしまったのか、夏音ちゃんは勝ち誇ったような笑みを見せた。
……嘘だ。本当は三千円使って、最終的には店員さんのアシストまでもらって取ったのだ。
別に見栄を張るために金額を少なく言ったのではない。ただ悔しそうにする未來の顔が見たかったからだ。
あぁ、可愛いなぁ。
この歪んだ感情に、彼女はいつ気づくのか。それだけが怖かった。