Scene16 未來さんと子供と温もり
「未來さん、今日は機嫌良さそうですね」
夏音ちゃんが不思議そうに聞いてきた。私はスマートフォンの画面を見て、ニヤニヤしながら頷いた。
「うん、兄貴の奥さんがそろそろ出産って連絡きたから」
「出産かぁ……」
ワクワクしている私とは逆に、彼女の表情が険しくなった。
……まあ他人のそういう事情に興味は湧かないかもしれないけど、その反応は酷い気がするんだけど……。
「どうかしたの?」
「……未來さん、笑わないでくださいよ?」
「うん……」
「もし、私たちに子供ができたらどんな生活になってるんだろうなぁって思って……」
私たちはどちらも女性だ。当然今の技術で二人の間に新しい命が宿ることはないだろう。それでも、私もたまに考えることがあった。……引かれると思って言わなかったが。
「夏音ちゃんはいいお母さんになりそうだけど、私が子育てしてるところなんて想像できないよねぇ」
いつもの生活を考えると、私自身が大きい子供のようなものだった。そんな私が子供を育てることができるだろうか。
「そんなことありませんよ! 私だって自分が育ててるのをイメージできませんし……」
「まあ、子育てって大変だろうしねぇ……」
大変と言葉で言うのは簡単だが、実際には筆舌しがたい苦労があるのだろう。
すると夏音ちゃんが怪しげな笑みを見せた。
「……じゃあ体験してみます?」
私は首を傾げた。友人に子供がいる人でもいるのだろうか。彼女は通販サイトのダンボール箱からあるものを取り出した。
「それって……」
「はい、哺乳瓶です」
身の危険を感じた。
「ちょっと待って、なんで……」
「大丈夫ですよ、これ新品ですから」
「そういう問題じゃないよ⁉」
衛生的な問題はあるが、実家から持ってきたならまだ納得はできた。何故彼女は前もってネットでこれを買ったのだろうか。
「未來さんは今から赤ちゃんになってください」
「……なんで?」
「いいからなってください。赤ちゃんはなんでなんて言いませんよ」
逃げ出す方法を考えたが、思いつかなかった。
「……ばぶぅ」
……恥ずかしい。しかし、私だけでなく夏音ちゃんの顔も真っ赤になっていた。
……そっちから言ってきたのに。
「やっぱりやめましょう……」
「そうだね……」
これ以上やっても、二人とも心が傷つくだけだ。
「というかなんで哺乳瓶なんて買ったの?」
「友達から送られてきたんです……」
「なんで……?」
「私もわかりません……」
あまり自分の友人の話をしない彼女だったが、更に謎が深まった。
「未來さんのお母さんってどんな人ですか?」
まだ顔を赤くしながら夏音ちゃんが聞いてきた。
「うぅん……、厳しい人だったなぁ……」
「まあ、未來さんみたいな人を見たら誰でも厳しくなっちゃいますよ」
「高校生くらいまでは頑張ってたんだよ? 大学で一人暮らし始めてから急激に何もできなくなったけど……」
母の監視のない生活によって、今の私が生まれたといっても過言ではない。別に母を責めているわけではない。全部自業自得だ。
「ふふ、じゃあ私ももっと厳しくした方がいいですね」
「もっと甘やかされたいなぁ……」
「十分甘いつもりですよ?」
そう言って彼女はお菓子を私の口に入れた。たしかに甘やかされている……。
「夏音ちゃんのお母さんはどんな人なの?」
空気が一瞬固まった。
先日彼女の母と会った時のことを思い出す。彼女には言えないが、正直印象は最悪だった。
「……未來さんが感じた通りの人ですよ」
「夏音ちゃんはお母さんのこと嫌い?」
「うぅん……、どうですかね。一応感謝をしてないこともないんですけどね。片親で高校卒業するまでちゃんと育ててもらいましたし」
「夏音ちゃんの家もお父さんがいないの?」
「未來さんもなんですか?」
父は私が小学生の時に病気で亡くなった。元々厳しかった母がより厳しくなったのはそれからだ。おそらくだが、私と兄を一人で育てなくてはならない責任があったのだろう。
「父は……、紫音が生まれた頃に出ていきました」
「……ごめん、変なこと聞いちゃったね」
「いえ、いつかは話さないといけないことでしたし」
私は夏音ちゃんを抱きしめた。なんて言えばいいかわからないけど、ただ彼女を安心させたかった。
「大丈夫ですよ、父がいないことにはもう慣れちゃってますから。だから心配しなくても大丈夫ですよ」
「そうかもしれないけど……、もう少しだけこうさせて……」
「ふふ、未來さんは甘えん坊ですね」
そうかもしれない。私はいつの間にか彼女の温もりがなければ、生きていけなくなっていたのだ。
「……私も未來さんの身体、温かくて好きですよ」
「……その言い方、なんかいやらしくていやだなぁ」
「実際そういう意味ですよ」
そう言って彼女は私の耳を甘噛みした。
「んあっ……、いきなり何するの」
「もっと温かくなりたいなぁって……」
「……ずるいよ」
この生活をずっと続けたい。そのためには夏音ちゃんのお母さんから逃げるわけにはいかなかった。
多分、彼女もそう思ってるのだろう。だからこそ無茶をしないか心配になってしまう自分がいた。




