Scene15 夏音ちゃんとダイエットとドーナツ
「未來さん、外に出ましょう」
「…なんで?」
急に夏音ちゃんが言ったので私は首を傾げた。特に外に用事もなかった。
「最近の未來さん、運動しないのに食事の量はドンドン増えてるじゃないですか」
「うん、夏音ちゃんの作ったご飯おいしいからねぇ」
「そ、それは嬉しいんですけど……」
彼女は顔を赤くしながら目を逸らした。よし、この方向で攻めるか。絶対に運動なんてしたくない。
「でも…、ずっとそうやってたら太っちゃいますよ?」
「大丈夫だって、私も夏音ちゃんも全然痩せて…、あぁ……」
笑いながら夏音ちゃんのお腹を触った。意識してみると、確かに前より少しだけ柔らかくなったような気がした。思わず真顔になってしまう。
「外、走りましょうね」
「……はい」
涙目で睨まれたら、断ることなんてできなかった。
「ちょっと……、休憩……」
「もうですか……?」
十分ほど走ると、私の身体が悲鳴をあげだした。高校生の時はほとんど幽霊部員ではあったのだが、運動部に所属していたはずなのに。体の衰えと運動不足を実感していた。
私が息を切らしている間、夏音ちゃんは近くにあった自販機でスポーツドリンクを買い、それを飲んでいた。
「一口ちょうだい」
私が言うと、彼女は無視してスポーツドリンクを口に含んだ。
仕方ない、この前のプレゼントで金欠だけど飲み物くらい自分で買おう。そう思っていると、彼女がこちらに近づいてきた。
唇が重なり、冷たい液体が口内に流れてくる。二人の口からこぼれた液体が、地面を濡らした。周りに人がいなかったとはいえ、大胆すぎる。
「もう少しがんばりましょうね」
「……うん」
次からはちゃんと自分で飲み物を用意しようと決意した。
それから数十分走り続け、彼女も息を切らしていた。満場一致で今日はここまでで帰ることにした。
「早く帰ってシャワー浴びたい……」
「そうですね……」
帰り道も走る元気は私たちにはなかった。
「……ねぇ」
「なんですか?」
「外でするのは恥ずかしいからやめよ?」
「花火大会の時は未來さんからしてくれたんじゃないですか」
「そうだけどさぁ……」
それを言われると困る。ただあの時はお酒も入っていたので、かなりネジが外れかかっていた状態だったのだ。
「それとも、もっと人の多いところでしたほうがよかったですか?」
「……それはほんとに勘弁して」
「じゃあ明日からは自分で用意してくださいね」
「するけど…、ほんとに明日もやるの?」
「わかりました、じゃあ未來さんに何か頑張ったご褒美をあげますよ」
「それならあれ買って!」
私はドーナツ屋を指さした。彼女が信じられないといった目でこちらを見た。
「……太りますよ?」
「明日もがんばるから!」
彼女はため息をつき、財布を取り出した。
「ひとつだけですからね?」
「うん!」
「夏音ちゃん太っちゃうよ?」
「……うるさい」
口の周りをチョコで汚した未來が言ってきたので、私は小声で文句を言った。テーブルの上に置かれたドーナツの入った箱を見る。
すでに2個が私のお腹のなかに入っていた。それでも3つ目を手に取ってしまう。
「明日もがんばりましょうね」
「でも今日消費したカロリーは無駄になっちゃったねぇ」
「……まずは習慣作りですよ」
言い訳してドーナツを口に運んだ。……甘くておいしい。
「明日から頑張ればセーフ……。明日から頑張れば……」
何故おいしいものを食べているのに、苦しまなければならないのだろうか。
「私も一緒にやるからがんばろ?」
「はい……」
彼女の気持ちは嬉しかったが、なんだか嫌な予感がした。
「未來さん今日のランニング行きますよ?」
「もうちょっと待ってぇ」
未來はスマートフォンの画面を見ながら、床に寝転がっていた。
「……もうちょっとってどれくらいですか?」
「うぅん……、というか今日はあんまり気分が乗らないからなぁ……」
嫌な予感が的中してしまった。
「未來さん……」
「……なに?」
「まさか……、飽きたなんて言いませんよね?」
「失礼な。最初から飽きてたよ!」
私は呆れて彼女の腕を掴んだ。
「いいから、行きますよ」
「嫌だ……」
「そうやってたらご褒美あげませんよ?」
「じゃあ行く……」
彼女が渋々立ち上がった。
「……食べ物以外ですからね」
さすがにこの前のドーナツの悲劇を繰り返すわけにはいかなかった。外に出ると、涼しい風が髪を揺らした。




