Scene13 未來さんと夏音ちゃんと臆病な心
……気まずい。あれから夏音ちゃんはお母さんのことを口にはしなかったが、家での会話は著しく減っていた。
夏音ちゃんは普段しない眼鏡をかけて、ノートパソコンとにらめっこしていた。わざわざこんなタイミングで仕事を持ち帰ってくるのは、会話を減らすためなのではないかと邪推してしまう。
構ってほしくて彼女の後ろをうろうろしていると、彼女がこちらに振り向いた。
「……さっきからどうしたんですか?」
「なんか忙しそうだなぁって……」
「構ってほしいんですか?」
彼女が意地悪そうな笑みを浮かべた。それになんだか安心してしまう。彼女が眼鏡を机に置いて、立ち上がった。
「疲れたので、少しだけ補給させてください」
そう言って彼女はいきなり私に抱き着き、唇を強引に重ねた。
……なんだか物足りない。そう思ってしまうのは、私のワガママだろうか。
未來の照れた顔を見ると安心する。それでも、私は欲張りなのだ。キス以上のことをしたい。もっと彼女のことを汚したい。そう思ってしまう。
ただ彼女が同じことを思っているのか、何もわからない。どんなに彼女のことが好きでも、結局は他人なのだ。冷たいかもしれないが、これがあの母を見て育った私の考え方だった。
「どうしたの?」
好きだからこそ嫌われるのが怖い。この想いを伝えて、もし彼女に否定されたら。
「……なんでもないですよ」
否定されたくない。だから何も言えない。
「……嘘だよね」
「本当です」
彼女の表情が暗くなる。
「そっか……。でも、ほんとに何かあったらちゃんと言ってよね!」
そう言って彼女は自分の部屋に戻っていった。
これで良かったのだ。そう自分に言い聞かせた。彼女が何をしたくて、何をされたくないのか、それを知る術がない以上、私はここで満足するしかないのだから。
「絶対何か隠してる……」
私は冷凍庫にあったアイスを食べながら呟いた。
夏音ちゃんが何を考えているかなんてわからない。それでも知りたい。私は彼女のすべてが知りたかった。
私たちの関係を一歩先へ進めたい。だからこそ彼女が何を求めているか理解したい。だとしても、それを無理矢理聞こうとすれば先程以上に険悪なことになってしまうのは目に見えていた。
夏音ちゃんに嫌われたくない。この想いは彼女を好きになればなるほど強まる。だから何も言えない。知りたいのに、知ろうとするのが怖くなる。
「こういう時、どうすればいいのかな」
ふとスマートフォンに視線を向けた。
「うぅん、バイト先は論外。紫音ちゃんにもこんな話したくないし……。となると…、いや、でも……」
物は試しだ。私は電話をかけてみた。
『……もしもし』
明らかに不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「あ、もしもし、葉月?」
『いやほんと何考えてるの?』
「相談できそうなのが葉月しかいなかったんだよぉ……」
自分でもわかっている。こんなことを元カノに聞くのは非常識なことくらい。
『……今の彼女と何かあったの?』
「何かあったっていうわけじゃないけど……、聞いてもらいたいことがあって」
『……相談って言う名前の惚気話だったらすぐ切るからね』
彼女に電話をかけたのは間違いだったかもしれない。しかし彼女は私が話している最中、何度か呆れた様子のため息を吐くだけで最後まで何も言わず聞いてくれた。
「というわけでして……。」
『はぁ……。なんでそう遠回りになるかなぁ。いいじゃん、はっきりと貴女とヤりたいって言えば』
「そんな直球で言えないよ!」
彼女の言うことも正しいとは思うが、そんなことを言う勇気はなかった。
『要は二人とも臆病なんだよ。嫌われたくないから何も言えないってのを繰り返してたら二年前と同じことになるよ』
その二年前の当人に言われるとなんだか心が苦しくなった。
『まずはちゃんと話し合ってお互いを理解すること。中学生の恋愛じゃないんだからさぁ……』
「ご、ごめん……」
自然と謝っていた。
『……まあ臆病になるくらい好きってこと?』
「……うん。そうかもしれない」
『結局惚気じゃん』
「えっちょっと待って…。切れてる……」
スマートフォンからは、通話の終了した音が虚しく鳴っていた。
「夏音ちゃん、ちょっと話いいかな……?」
「なんですか……?」
少し不機嫌そうに夏音ちゃんがこちらを見た。
私は彼女の手を握る。
「私は夏音ちゃんのことが好き」
「知っていますよ」
「わかってないよ!」
思わず叫んでしまう。彼女も困惑した表情をしていた。
「……わかりませんよ、エスパーじゃないんですから」
「私だって、夏音ちゃんが言ってくれなきゃ何もわからないよ……」
好きだからこそ、知るのが怖い。こんなこと初めて知った。それでもここから前に進まなければ、また私は後悔することになる。
「夏音ちゃんのことが好きだから……、もっと深い関係になりたいって思ってるの」
「……え?」
「キスだけじゃなくて、その先に行きたいって」
すると彼女はため息をついた後に笑みを浮かべた。
「……どうかしたの?」
「いや……。私が散々悩んでいたことって、結局なんだったんだろうなぁって」
そして彼女は私に優しくキスした。
「未來さん、今日一緒に寝ませんか?」
「……へ?」
「私も、未來さんとこれ以上のことをしたいって思ってたんですよ。……だから、今夜は私のこと寝かさないでください」
彼女の笑みがなんだか怖かった。
「……でも、明日も仕事でしょ?」
「あぁ……、まあ……。確かに徹夜した状態で仕事に行くのは嫌ですね……」
自分の服を脱いだ後、今度は夏音ちゃんの服を脱がせる。彼女はされるがままだった。
「……目を逸らさないでください。わ、私のことだけ見てください……」
「……うん」
彼女の裸体を見るのは初めてではなかったのに。何故か緊張している自分がいた。
「その……。こ、こういうのは初めてなので……。優しくしてください……」
そう言って頬を赤らめた。そんな彼女の様子を見て私まで恥ずかしくなってしまう。
「えっ、私だって初めてだから……。い、痛くしたらごめん……」
「……ふふ」
「えへへ……」
らしくもないことを言ったせいか、互いに笑ってしまう。
初めてのことを知るのは怖い。少なくとも私たちはそうだった。それでも、今は無知でいることのほうが怖かった。だから、今夜は彼女と一緒に学ぼう。
「好きですよ、未來さん」
「私も、夏音ちゃんが好き」
まずは唇を重ねる。夜は始まったばかりだ。




