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未來さんと夏音ちゃん  作者: 梔子
2章 未來さんと夏音ちゃんと未来
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Scene12 夏音ちゃんと紫音さんと親子

「もしかして、夏音(かのん)さんですか?」

「え、そうですけど……」


 帰り道、突然知らない高校生の女の子に話しかけられた。着ている制服は、紫音(しおん)と同じものだ。


「あっ、いきなりすみません。私シオ……じゃなくて、紫音さんの友人で、峰岡涼香(みねおかすずか)って言います」


 紫音の友人。それを聞いてなんだか安心した。学校に友人は何人かいると紫音は言っていたが、正直なところ半信半疑だった。しかし、ちゃんと実在していたのだ。


「そうなんだ。紫音と仲良くしてくれてありがとね」

「別に感謝されるようなことでは……、ここ数日はなんだか避けられていますし……」


 聞き捨てならない発言だった。紫音が友人とトラブルを起こしているのは見過ごせない。姉としてちゃんと説教しなければならないだろう。私は決意した。




「というわけで、涼香ちゃんとの関係はどうなってるの?」

「私はただ勉強を教えてもらいに来ただけなんだけど……」


 夏音ちゃんがいつもより張り切っている。私は夏音ちゃんと紫音ちゃんの後ろでお菓子の袋を開けた。

 涼香さん。私は会ったことがないが、紫音ちゃんの友人だ。ちなみに私たちの間で流行っているソシャゲ、そのゲームのギルド内で一番強いのが彼女だ。……その分お金を一番つぎ込んでいるということになるのだが。


「……ただの友達だよ」


 珍しく彼女が照れた様子で目を逸らした。

 ……なるほど。


「……それならいいんだけど。でも涼香ちゃん避けられてるって気にしてたからね」

「……うん」


 夏音ちゃんも察したのかそれ以上深追いはしなかった。


「それにしても、紫音ちゃんが勉強教えてもらいに来るなんて珍しいね」


 私は話を本題に戻す。彼女の学校では今度テストがあるらしい。彼女の成績自体はそこまで悪くなかったはずだ。何か理由があるのだろう。


「まあ、スズの話に戻っちゃうんだけど……」


 どうやら本題に戻そうとした私の発言は失敗だったようだ。


「あいつと同じ大学に行きたくて」


 顔を赤くしながら言った。私は夏音ちゃんの方を見た。彼女も紫音ちゃんの発言に動揺している。まさか紫音ちゃんにこんな可愛い一面があるとは。


「わ、わかった! 私が教えてあげるから紫音は安心して!」

「私、買い出し行ってくるね!」


 急ぎ足で外へ出た。多分この空間に居続けると変な気持ちになってしまいそうな気がする。



 スーパーに来た私は飲み物とみんなで食べられるお菓子をいくつかカゴに入れた。何時までかかるかわからないが、明日以降も来ることを考えると多いに越したことはないだろう。

 もう少し何か買おうか考えていると、通路を半分塞いでいる主婦二人の会話が聞こえてきた。


「私の子供もほんとダメで」

「私のなんか……」


 嫌な気分になった。本人たちからしたら、ただの話題の種なのだろう。それでも、苦労自慢のために貶され続ける子供の気持ちになると、なんだか悔しくなった。


「夏音も紫音も言うことを聞かないダメな子で……」


 聞き覚えのある名前が出てきて動けなくなった。

 無視するべきだった。私だけがモヤモヤしていればよかったのに。それでも……。


「あ、あの……!」




未來(みらい)さん遅いなぁ」


 未來が出かけてからすでに一時間ほど経過していた。近くのスーパーで買い物をしたのなら、遅くても数十分ほどで帰ってくると思っていたのだが。紫音は集中力が切れたようで、スマートフォンをいじっていた。

 未來に何かあったのではないかと、心配になっていると扉の開く音がした。


「た、ただいまぁ……」

「おかえりなさい、おそ…か……え?」

「あぁ……うん、ごめん……」


 どうして。私の思考は完全に停止した。

 叫びたかった。逃げ出したかった。そうしなかったのは紫音と未來がいたからだ。

 部屋からこちらを覗いてきた紫音の顔がドンドン青ざめていった。当然だ。


「……どうしてここに来たの、お母さん」


 声を振り絞るように言った。ただちゃんと言葉にできたかはわからない。それほどまでに私は今恐怖を感じていた。


「未來さんだっけ、この子が貴女たちをバカにするなって絡んできたから。こんな子と一緒に暮らしているわけ?」


 私は未來を睨んだ。彼女も申し訳なさそうにしていた。とはいえ、なんとなくだが経緯を察することができた。きっといつものように私たちの愚痴を使って、不幸自慢をしている母たちに遭遇したのだろう。私たちはそれに慣れてしまっていたが、未來はきっと許せなかったのだ。


「紫音、帰るよ」

「えっ、あ…うん……」


 紫音が自分の腕をもう片方の手で掴みながら、母に近づいた。


「突然友達とルームシェアするなんて言い出したから、どんな子かと思えば……。夏音もあの人と同じで、こんなくだらないことのために家族(わたし)を捨てるのね」


 そう言って母と紫音は出て行った。

 言い返したかった。未來はくだらない人じゃないって。しかし口が動かなかった。否定されるのが怖かった。それほどまでに、母への恐怖は過去の生活で積み上げられていた。


「ほんとにごめん……。二人はバカな子じゃないって言ったら、じゃあ今の夏音ちゃんを見せろって付きまとわれて……」

「すみません、ちょっと一人にしてください……」


 何か言いたそうにしている未來のことを無視して、私は寝室に入った。

 机の上に放置されていたイヤホンを耳に入れ、端子を自分のスマートフォンに接続する。アプリを開いてクラシックを適当に選んで流す。そのまま私はベッドに倒れた。


 未來との生活で私は変われた気がしていた。でもそれは思い違いだった。私は何も変わっていない。昔の臆病な自分のままだ。

 しかし今の母は私ではなく紫音に執着している。私についてはただ周りに愚痴をこぼすだけでそこまでの干渉はしてこない。それに安心してしまう自分が嫌だった。

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