Scene11 紫音さんと涼香さんと昼休み
夏休み中も夏期講習で登校することは多かったが、二学期初日の憂鬱度は異常だ。道を進むごとに気が重くなってくる。
「紫音おはよー」
「……おはよ」
受験勉強なんて気にせずに遊んでたのか、夏休みの間にすっかり日焼けしたクラスメイトを見てげんなりした。
朝は始業式だがそれ以外はいつも通りの授業だ。
授業開始のチャイムが鳴る。私は目を閉じた。授業中はひたすら寝て時間を潰す、一学期の時もそう過ごしてきた。
一番つらいのは昼休み中だ。クラスメイトたちのほとんどが食事よりも勉強を優先していた。休暇中遊んでいたとしか思えないクラスメイトもパウチゼリーを飲みながら英単語帳を眺めている。結局のところ、周りにアピールしたいのだ。自分は必死に頑張っていると。本当に頑張っている人には失礼な話だが、私はそうやってアピールしている人間が好きになれなかった。
私は教室を出て階段を上る。屋上が解放されているのは漫画やアニメでの話だ。実際は安全の問題から閉鎖されているのがほとんど。ただ私は屋上への入り方を知っている。ゆるくなっているドアノブを特定の角度に傾け、揺らしながらひねる。すると閉ざされていた扉が開いた。
「あれ、もう来てたんだ」
屋上のフェンスに少女が寄りかかっていた。
峰岡涼香、私の友人だ。私は彼女の隣に腰を下ろした。
「スズは今日お弁当なんだ」
「シオはまたコンビニのパン?」
私は頷き袋を開けた。今日買ったのはメロンパンだ。
メロンパンを齧りながら彼女の弁当を見る。色とりどりのおかずが魅力的に見えた。
「何か食べる?」
「えっ、いやいいよ。私あげられるものないし」
物欲しそうな顔をしていたのだろうか。私が遠慮すると、彼女は無言で玉子焼きを箸で掴みこちらに向けてきた。
「ほら、口あけて」
拒否しようとすると、無理矢理口に突っ込んできた。仕方なく咀嚼すると玉子焼きの甘みが口の中に広がった。
「……おいしい」
「でしょ?」
「でもほんと悪いし、飲み物後でおごるよ」
「別にこれでいいよ」
彼女は私の手を引っ張り、持っていたメロンパンを口へ運んだ。わざとかただ何も気にしていないのか、彼女は私が口にした部分のすぐ近くを齧った。こっちが恥ずかしくなってくる。
「そうだ」
メロンパンを飲み込んだ彼女が言った。
「明日からシオの分のお弁当も作ろうか?」
「いいの?」
「まあ二人分くらいならそんなに作業量も変わらないし」
「それじゃあお言葉に甘えて」
憂鬱な二学期の日々が少しだけ楽しみになった。
それからくだらない雑談をしていると、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
「じゃあまた明日」
「……うん」
私と涼香は屋上だけの関係だ。クラスも違うし放課後一緒になることもない。どちらから言い出したわけでもない。私にも彼女にも、打ち明けたくない抱えているものが、普段の生活で存在しているというだけの話だ。
ただ、彼女のおかげで午後の授業は寝ずに過ごすことができた。明日が楽しみだ。
「紫音ちゃん今日は機嫌良さそうだねぇ」
「……そうですか?」
夕方、珍しく家にやって来た紫音ちゃんと私はゲームをしていた。彼女と一緒にやっているソシャゲは先日イベントが終わったばかりでやることもなかった。そのため今日は棚でホコリをかぶっていたパーティーゲームを数年ぶりに二人で遊ぶことにした。
「さっきから言おうと思ってたんですけど、家だとずっとそれ持ってるんですか?」
彼女は私が膝に載せているサメのぬいぐるみを見て言った。
「まあ、そうだね」
「……なんかメンヘラみたいですね」
「それは偏見だよ……。これ夏音ちゃんにもらったやつだし」
「……惚気ですか」
口を尖らせながら言った。
すると玄関の扉が開く音がした。
「ただいまぁ」
夏音ちゃんが帰ってきた。
「おかえりぃ」
「……お邪魔しています」
「あれ、紫音来てたんだ」
二人の仲はよくわからない。上手くいっていないのは母親とだけで、別に二人は仲が悪いというわけではないはず。だが二人には微妙な距離感を感じる。
「紫音はご飯食べてく?」
「ご飯……あっ! 忘れてた……」
「大丈夫ですよ、今から私が作りますから……」
「ごめん……」
「ふふっ」
紫音ちゃんが珍しく笑ったので私は驚いた。そして私だけでなく夏音ちゃんも驚いている様子だ。
「紫音、今日なんかいいことでもあった?」
「未來さんにも言われたけど、そんなに浮かれているように見えるの?」
「見える」
夏音ちゃんは即答した。私もそれに頷く。
「……はぁ。私帰ります」
「えっ、ごめん気分悪くした?」
何故か私が謝ってしまう。不安そうな私の顔を見て、紫音ちゃんが微笑んだ。
「そういうわけじゃないですよ、ただこれ以上ここにいると更にぼろが出そうで」
「じゃあほんとにいいことあったんだね」
「うっ……。お邪魔しました……」
「あっ、紫音ちょっと待って」
帰ろうとする紫音ちゃんを夏音ちゃんがとめた。
「……また遊びに来てね、あとお母さんによろしく」
「……うん」
頷くと紫音ちゃんは出て行った。なんとなく不安に思っていたが、二人の仲は良好なようだ。それに私は安心した。
「未來さん」
「なに?」
「紫音が来ていたとはいえ、なんで夕飯の準備を一切してないんですか? お米も炊けてないんですけど」
「……はい」
……二人の心配より、まずは自分のことを心配するべきだった。
「……ただいま」
音をたてないように自分の部屋に戻ろうとする。しかし廊下の明かりが点いた。母がこちらを睨んでいた。
「どこ行ってたの」
「別に、少し学校に残って勉強してただけだよ」
「……そう、それならいいんだけど」
そのまま母は部屋に戻った。
「……はぁ」
自然とため息が漏れる。今日の出来事で良くなった気分は、一瞬で最悪になっていた。




