Scene9 未來さんと葉月ちゃんと別れ
一番危惧していたことが起きてしまった。目の前の二人を見た。
「私は未來に用事があるんだけど?」
「なんでこんなところにいるんですか? これってストーカーですよね」
気まずい……。睨みあう夏音ちゃんと葉月を見て私は困惑した。
「二人ともストップ!」
このままだと危ないと考えた私は二人の間に入った。
「……ひさしぶり、葉月」
「やっと話す気になってくれた?」
「……うん」
私は頷いた。夏音ちゃんが心配そうに私を見る。安心させるために、彼女の手を握った。
「私……、今は夏音ちゃんのことが好きなんだ」
「そっか……」
葉月が悲しそうな顔をした。
小学生の頃、私は一人だった。いじめというほどではないが、周りからはいないものとして扱い続けられてきた。
四年生の時に、転校してきた少女が話しかけてきた。まだこのクラスのルールを知らないのだろう。どうせ彼女もすぐに私の存在を認識しなくなるに決まっている。
だが、彼女は毎日話しかけてきた。最初私はそれに困惑していたが、段々それが嬉しくなってきた。そして、いつしか彼女のことを好きになっていた。
五年生になり、彼女が転校することになった。両親の仕事の都合で、最初から決まっていたらしい。
私たちは再会を約束した。たとえ何年経ったとしても、絶対にまた会うことを誓った。
大学に入学して、彼女と偶然再会した。最初は運命だと思った。しかし、それは思い違いだった。
「葉月、久しぶり! 私のこと覚えてる?」
「誰? 知り合い?」
「うん、小学生の時の友達」
彼女の隣に、見知らぬ男がいた。
「あ、こいつ? 中学の時から付き合ってるの」
なんでもないことのように彼女は言った。また貴女に会うために、私はずっと孤独を耐えてきた。だが、彼女はすぐに私の代わりを見つけていたのだ。それがショックで私はこの日以降、彼女と話すことはなかった。
自分でも最低なことは分かっている。それでも、彼女のことを考えると同時に隣にいた男の顔も浮かんで、吐き気がした。
その日家に帰ってから、母のタバコをくすねて吸ったことを今でも覚えている。まずくて吸えたものではなかったが、縋るものが欲しかった。
大学でも孤独に過ごしていた時、私は未來に出会った。グループ課題で偶然一緒のグループになった。別にその時はなんとも思っていなかった。ただその日から、未來は私に話しかけてくるようになった。小学生の時の転校生と同じだ。彼女は私が孤独になることを許さなかった。
自分でもちょろいと思う。それでも、私は未來のことが好きになっていた。そして彼女に告白し、結果私たちは付き合うことになった。
幸せだった。しかし、それも長くは続かなかった。大学四年の時に彼女から別れを告げられた。
『今年中に就職できなかったら、葉月に迷惑かけちゃうだろうし』
彼女の杞憂には納得していた。だが、それでも私は彼女のことを諦めきれない。就職して彼女を養うことができるくらいお金を貯めることが目標になった。
大学を卒業してから一年、偶然街中で未來を見かけた。だが、彼女の隣には別の女性がいた。
楽しそうに笑う姿……。結局彼女も、あの時の女と同じだったのだ。
私は失望して、嫌がらせのように彼女にメッセージを送り続けた。しかし途中で気づいた。私は友達、ましてや恋人が欲しいわけではない。ただ私だけを見てくれる都合のいい人間が欲しかったのだ。
それに気づいてからは、毎日がただ虚しくて仕方がなかった。
仕事も衝動的に辞めてしまい、今はアルバイト生活。その帰り道、公園の前を通ったところで、スマートフォンから着信音が鳴った。
両親からのいつものお叱りかと思ったが、画面を見ると電話は未來からのものだった……。
「そっか……」
正直拍子抜けした。もっともめると思っていた。だが彼女は納得したように頷いていた。
「もしかして、未來がいなきゃ嫌だって駄々をこねると思ってた?」
「まぁ……、うん……」
夏音ちゃんもそれに同意するように頷いた。
「そんな可愛い人間じゃないよ、私は」
悲しそうな笑みを浮かべた。
「ねぇ、未來。お願いがあるんだけど……」
「なに……?」
「私のこともう一回フッて。お互いに、ケジメが必要でしょ?」
残酷なことを言ってきた。それでも、私たちにとってそれは絶対にしなければいけないことなのかもしれない。お互いがこれから別の方向に歩むために。
「そうだね……」
私は一呼吸置いた。
「……私たち別れよう、葉月」
「……うん」
葉月の瞳から涙がこぼれた。その様子を見て、私まで涙が溢れてきた。
「……さよなら」
私は未來に告げ、歩き出した。本当なら二人を応援したかった。それでも、私にそれは許されていないのだ。
偶然だったが、今夜未來に出会えてよかった。
「そういえば結局どうして葉月さんはここにいたんですかね?」
思い出したように夏音ちゃんが言った。
「うぅん、まあ細かいことは気にしなくていいんじゃないかな」
「細かくないと思うんですけど……」
どちらから言い出したわけでなく、私たちは手を繋いだ。顔が赤くなる。別に手を繋ぐのはこれが初めてじゃないはずなのに。
ただまあ、一歩ずつゆっくり歩んでいこう。私たちにはまだまだ時間があるのだから。
「ただいまぁ」
玄関の扉を開けると、自然と口から言葉が出てきた。
「ふふ、おかえりなさい。未來さん」
脱いだ靴を揃えながら夏音ちゃんが言った。私もなんだかおかしくなって笑いがこぼれた。
きっとこれからもこんな生活が続くのだろう。少なくとも、私はそれを願っていた。
窓を開くと、部屋に風が入ってきた。夏の終わる匂いがした。八月も残りわずかだ。机の上には近所で開催される花火大会のチラシが置かれていた。




