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未來さんと夏音ちゃん  作者: 梔子
1章 未來さんと夏音ちゃんとグレープフルーツ
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Scene1 未來さんと家事と劣等感

「じゃあ私は出かけますけど、未來(みらい)さんあとはお願いしますね」

「うん、いってらっしゃい」


 私は手を振って仕事に出かける夏音(かのん)ちゃんを見送った。


「さて、何からやるかなぁ…」


 平日の家事は私の担当なのだが、やはり一人になると急激にモチベーションが減ってくる。

 とりあえず私は椅子に座り、スマートフォンを机の上に置きソシャゲを起動した。


「細かいことはスタミナ消費してから考えよっと」


 自分でもダメ人間だとはわかっているが、やめられないから困る。


「……おなかすいたなぁ」


 時計を見るともう十二時が近づいていた。結局朝からずっとスマートフォンの画面を見続けていた。

 棚からカップ麺を出し、お湯を入れる。夏音ちゃんに「健康に良くないですよ」と言われたのを思い出す。


「でも別に作れるわけじゃないしなぁ……」


 カップ麺がダメならコンビニで弁当を買うか、近所のファストフード店に行くだけだ。結局どれも大差ない。


「これ食べたらやらなきゃなぁ……」


 タイマーをセットし、出来上がるのを待ちながら私は呟いた。さすがに何もしないままだと、夏音ちゃんに怒られるのは確定だ。

 突然スマートフォンから着信音が流れた。画面を見るとバイト先からの電話だ。

 今日は休みのはずだが……。私は恐る恐る手に取る。


「はい、もしもし。お疲れ様です」

『あ、小原(おはら)さん? 今日一人休みでちゃって、悪いんだけど今から入れない?』

「えっ……」


 急な仕事が入ったと言えば、家事をしていなくても夏音ちゃんは許してくれるだろうか。それでも本当なら休日なのに働くのも嫌だった。二つを心の中で天秤に測り考える。

 ……やっぱり働きたくない。


「すみません……。私も今日ちょっと具合が悪くて」

『え、そうなの? ……それじゃあお大事に』


 別に理由なく断ったとしても大丈夫だったはずなのに、仮病を理由にしてしまったことで罪悪感が湧いてしまった。それを後悔していると、タイマーの鳴る音がした。


 麺を啜りながらSNSを眺める。ふと気になって、夏音ちゃんのアカウントを検索する。別にSNSでの発言が多い人でもないのだが、偶然、彼女のアカウントは数分前に更新されていた。

 そこには、可愛らしいお弁当の写真が載せられていた。


「すごいなぁ、これ自分で作ってるんだ」


 彼女が朝ごはんとお弁当を作っている時間、私は寝ている。だから彼女のそういった作業の大変さを私は知らない。知らないのだが、それだけで劣等感に苛まれた。

 今の私は何をしているのだろう。就職に失敗して、結局フリーターになって年下の女の子の家に居候する生活。惨めで仕方がなかった。


「私もがんばらなくちゃ」


 スマートフォンの電源を落とし、カップ麺を片付けると私は作業を始めた。




 なんとか定時で退社できたが、今日は疲れた。

 扉の前に立ち、室内の惨状を覚悟する。


「家事、なにも終わってないんだろうなぁ」


 土日に未來が溜めこんだ洗濯や掃除を一気にするのが私の日常だった。

 覚悟を決め、扉を開ける。


「ただいま……、あれ?」

「あっ、夏音ちゃんおかえり!」


 未來がエプロン姿で出迎えた。部屋に入ると、机の上にはレトルトのご飯と冷凍食品ではあるが、夕食が置いてあった。そしてベランダの窓の前には、あまり綺麗ではないが洗濯物が畳まれている。


「これ、未來さんがやったんですか?」

「……うん。いつも迷惑かけてたから」


 彼女が申し訳なさそうに言った。


 ……違う、そうじゃないだろ。


 私は心の中で未來を罵倒した。

 彼女がきちんと言われたことをやってくれたのは嬉しい。それは本音だ。

 別にこれくらいやるのが当然なんて言うつもりもない。ただ、これは私が求めていたものとは違うのだ。

 彼女が私への劣等感に苛まれているところを見るのが好きだった。

 四歳も年下で、まだ成人したばかりの人間に養われている。それなのに自分は何もできない劣等感、そんな彼女を見ることが私の密かな楽しみだったのに。

 今日の彼女は自信に満ち溢れている。それが嫌だった。


「……ありがとうございます」


 それでも一応の感謝はした。まだ今日は水曜日、明日にはまた彼女のあの表情を見ることができるだろう。今日は偶然だ。


「ちゃんと明日からも頑張るからね!」

「……お願いしますね」


 余計なことはしないでくれ。それが私の気持ちだった。


 着替えるために自分の部屋に入る。すると中は家を出た時のままだった。


「えっと、ごめん……。こっちは終わらなくて」


 未來が悲しそうな表情で言った。

 可愛い。やっぱり彼女にはこういう表情が似合う。


「大丈夫ですよ。……もう、仕方ないなぁ」


 私は彼女の髪を撫でた。

 やはり彼女には私がいてあげないと。

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