”それ”に気づいた日
私には友達が少ない。声をかけようと思っても躊躇ってしまうし、考え過ぎる癖のあまり、人よりも行動が劣ってしまう事が多かった。そんな迷いをモヤモヤと抱えながら、まだ新しい通学路を渡っているのでした。
「よっ。昨日の」
「先輩、おはようございます」
入学式の日、私に特急券を渡して助けてくれた部長の人が街路をすぎた先にいる。学校の門の近くには綺麗な桜が散り始めています。
「そういや名前聞いてなかったな」
「あっ、そうでした!すみません!」
「なんで謝るんだよ。悪い事した訳じゃないだろ?」
「はい.......」
少し不安そうに答えると部長はくるりと一回転して決めポーズを取った。
「私は桜井美帆。パソコン部の部長なんだけど、そんなに立派な事はできてないよ。ともかくよろしく」
「凄いです.......ちゃんと自己紹介できるなんて」
「そこかよ」
部長が静かに笑ったので、満を持して、自分の自己紹介もやってみようとしますが──。
「わた、私は.......」
「緊張してるのか!?まぁ無理に話さなくていいよ」
私に向けてニコッと照射した笑顔はまるで水晶の様に透き通っています。
こんないい人が絡んできてるのに、何一つ上手くできてない、と自分を責めると余計に景色が澱んで見えるのだった。
「新入生」
「な、何でしょうか」
「とりあえず落ち着け。ほら、お水」
「ひゃい」
思わず変な声で返事をしてそのお水を一口、飲んだ瞬間。急に体に熱が込もりはじめ、頭から湯気が出そうなほど真っ赤になりました。
「おい、大丈夫か!?職員室ーっ!!!」
目が覚めて、私は辺りをキョロキョロと見回します。白いカーテン、白い天井、ふかふかの布団。どうやら私は倒れ込んでしまったようでした。
「目が覚めましたか?」
「うわっ、びっくりしました」
急に顔を覗かせてきた保険の先生に思わず驚きを隠せずにいると、どうやら何か”よく分からないもの”が顔、いや、空間に浮かんでいるのです。
「先生の顔に何か.......」
「違う、違うのですけど」
よくよく眺めてみるとそれは”文字”でした『疲れ目』『お仕事中』『健康第一』。様々な文字が保健室の先生の顔の前に浮かび上がり始めます。
「先生、私、やっぱおかしくなっちゃったのかな.......?」
「どうでしょう。暫く安静にしておくのが大事だと思いますよ~」
先生の言葉を聞き、「気のせいだ」と自分を誤魔化しながら床に就きました。学校に行くストレスもあったのか、その時ばかりはよく眠れた感じがあります。
「おーっす。迎えに来たぞ」
「おはよ.......って美帆先輩!?」
「ミホちゃんでいい。ともかく、どうしたんだ一体」
私は彼女の顔をまじまじと眺めました。部長の顔の横にも『部費』『バイト』『特急券の子』等の文字が羅列されているのです。
「顔に落書きが.......」
「落書き?そんなものないぞ。寝ぼけてるんじゃないのか?」
「はは、そだね」
熱も引き、安静になっていたので私は下校の準備をしました。結局今日も授業には出れず、この謎の違和感ばかり抱えて学校を後にするのでした。
「名前」
「ん?」
「名前、今度は聞けるか?」
ずっと気になっていたのか彼女はボソッと私に問いかけました。気を落ち着けて、何度も呼吸を整えてから私は口にしました。
「大畑」
「おおはた.......」
「大畑 望って言います」
私はプルプルと顔を震わせ顔を赤くしました。元々暗い人間である私はコミュニケーションもままならないとなると少し凹みたくもなるのでした。
「へぇ、いい名前じゃん」
「へ?」
「私はその名前良いと思うけどな。もっと親しみが持てるかも」
「あ、ありがとうございます」
「”ございます”はいいだろ。ありがとうだけでいいよ」
2人で下駄箱まで歩き、呑気に会話を続けていました。もう一度部長の顔をちらと覗くと『嬉しい』『友達』『楽しい』の文字で埋め尽くされているのを見つけました。
「そんなに嬉しいのですか.......?」
「な、なんで分かった!?顔には出してないつもりだが」
「あれ?」
私の中のそれはまだ実感のないままに過ごしていくのでした。