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特急券から始まる未来

 私はいつも空を眺めていた。蒼く澄んだ暗闇の中は幾多の想像力と運命を吸収してきたと考えると感慨深くもなる。

 深夜過ぎに自分の部屋の窓から眺める夜空は誰にも邪魔されない平和な時間だった。


「のぞみ、もう朝よ」


 親に起こされて私は目を覚ました。時刻は既に8:00を過ぎている。急いで身体を起こし、着替えに入った。


「今日から高校生なのに、なんという体たらく」


「ごめんなさい!母さん」


 テキパキとやるべき事を済ませ、食パンを咥えて電車のホームへと向かった。朝乗る最初の電車、ギリギリ間に合うか──と階段をくだりながら思ったがどうもそういう訳にはいかないようだった。やがてドアは閉まり、電車は行ってしまった。


「次のに乗っても間に合うかどうか.......いっそ.......?」


 アタフタと鞄の中やスマホを弄りまくる私は打開策を探すのに必死だった。あまりに不憫な惨状を見かねたのか、一人の女の子が私の肩をガシッと掴んだ。


「新入生?」


「そ、そうですけど」


「なぁんだ。面白い子じゃん」


 私はそう言っている場合じゃないと思いながら再び慌てふためいて鞄やポケットの中も探した。

 私に声をかけてきた女の子はゆっくりふらふらと身体を前後左右に揺らしながら、その場で私を観察している。着崩した制服やピアス、丈の長い靴下を見る限り、ギャルとしか言い様がない格好だった。


「慌てなくていーじゃん」


「今日が入学式なんです。一度しか無いんですから」


「まぁまぁ、良かったらこれ使っとき」


 彼女から手渡されたのは丁度学校に間に合うギリギリの時間に到着する特急券のチケットだった。ふつう、特急券は高校生が浪費できるほど頻繁に買えるものではない。


「見ず知らずの私にどうして」


「さあね、ほら。もうすぐ出発だって。ワクワクしちゃうね」


「あ、ありがとうございます」


 何とか私は彼女から貰った特急券を使って電車に乗った。

 そして急ぎ足で学校までの道のりを進み、なんとか遅刻せずに登校できた。


 暇な始業式を終え、私は部活動勧誘の波に揺られていた。

 どれも楽しそうに勧誘してくるが、それでも自分の様なテンション低めの人に合う部活はそんなに無かった。勉学との両立だの、文武両道だの、意味の無い言葉が頭を堂々巡りしていた。


「お、あの子助けたやつじゃん」


「へ?」


 目の先にあったのはホームで特急券のチケットをくれたギャルの女の子とその隣にいるお友達の人の姿だった。


「あの子が?部長いい所あんじゃん」


「どんくさい奴は何処にでもいるからな。私が助けてあげると懐くんだよ」


「部長はお人好しですねぇ~」


 この学校の中で唯一分かり合えそうな人と対峙できそうだった──がしかし、私には自分から話しかける程の対人スキル等持ち合わせていないのだった。


「し、失礼します.......!」


「おい、折角だから私ん所の部活も.......って言っちゃったよアイツ」


 部長はぽかんとした顔で私が去っていくのを見つめていた。校舎内に少しだけの静寂が流れた。


 身体測定も終えて下校の時間、私の不思議は消えなかった。どうしてあの部長は自分の特急券を私にくれたのだろう。

 自分から聞きに行けばいいのだろうが、人を目の前にすると話せなくなるのは癖であった。


「一人で下校とは寂しいご身分だな」


「ぶ、部長さん!?」


「ドボドボ歩いてる所見かけたから心配になってくっついてみた」


 結構グイグイくるそのギャルな女の子に私は弱かった。自分から物事や主張を言えないとなると相手の気持ちすら分からなくなってしまうのではないかと不安になってしまうからだった。


「どうした。やっぱ緊張してる?」


「いや.......そうじゃなくて」


「自分の言葉で言ってみな。私、言い方はキツいけど本気で傷付けたりはしないぞ」


「あの、えっと.......」


 脳内がショートして頭の中でぐるぐると渦を巻いている。その中でも聞いておきたいことは一つだけだった。


「駅前に居る時、私に特急券くれたじゃないですか。その後大丈夫だったんですか?」


「大丈夫、じゃないかもな」


「えぇ!?駄目じゃないですか」


 彼女は少し考えて答えた。


「駄目かもな。でも新入生が困ってると放っておけないんだよ、昔からの癖だ」


「癖.......ですか」


「お陰で教師に散々怒られたけどな。遅刻なんて結構な数やってんのによ」


 そう言って彼女は石を瓦へ向かって投げ込んだ。ポチャンと音を立てて流れていくそれは私の心模様と少し似ていた。


「あの時はありがとうございます」


「まぁ私もやりたくてそうした事だ。また学校で会った時はよろしくな」


「あの」


 歩きを早めた部長を私は止めた。喉元まで出かかっているものを解放した。


「良かったら、私もその部活入りたいです」


「本当か。まぁゆるい部活だからな。歓迎するよ」


「はい!」


 この部長と少しでも一緒にいたい。そんな小さな理由で部活動まで決めてしまった。私は家に帰って一人寂しく光る一番星を眺め続けていた。

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