第一話 幻想郷と吸血鬼
雪「抜けたか⋯⋯」
スキマを抜けた先は和風の庭園だった。少し白玉楼を思い出すが、ここはもう少し小さい。恐らく紫の家に着いたんだろう。
雪「紫ー!」
俺は庭園から紫を呼ぶ。だが返事は無く、代わりにトタトタと足音がして目の前の屋敷の障子が開く。そこには赤と白のワンピース風の洋服を着た幼い少女が立っていた。その頭には猫耳が、腰からは二本の尻尾が生えている。猫又の妖怪だろうか?
?「え、えと⋯⋯狐塚 雪しゃま、ですか?」
しゃま⋯⋯。舌っ足らずなのか?
雪「ああ、俺は狐塚 雪だ。お前は?」
?「わ、私は紫しゃまの式神の藍しゃまの式神の『橙』です! 雪しゃまがここに来たらこの手紙を渡してほしいと紫しゃまに言われました!」
橙は早口でそう言うと一枚の手紙を渡してくる。俺はそれを受け取るとその場で開いた。内容はこんな感じだ。
『この手紙を見てるということはこの幻想郷に来たのね、雪。感動の再会を祝いたい所だけどそんな暇も無いから手紙越しに簡単に説明するわ。
まず、この幻想郷に吸血鬼と呼ばれる異国の妖怪が大群で攻めてきたわ。何でもこの幻想郷を支配するとかなんとか。そんな事を認める訳にもいかないから実力のある者と一時的な協力関係を築いて今応戦しているの。
そこで貴方は幻想郷の北にいる今回の異変の首謀者を討ち取って貰いたいわ。途中、吸血鬼と戦っている者と出会ったら手伝ってあげて。
さて、説明は以上よ。帰ってきて悪いけどすぐに行動して。お願いね』
成る程⋯⋯やはり吸血鬼の本勢力は先に幻想郷に来ていた様だな。しかしこの手紙の内容からして吸血鬼の大将の場所はまだ分かっていないらしいな。
雪「しょうがない、これでも疲れてるんだがな⋯⋯」
橙「雪しゃま⋯⋯?」
雪「橙、もし紫が帰ってきたら俺は吸血鬼を退治しに行ったと伝えてくれ。あと紅い館に住む吸血鬼は俺の友人だ、とな」
橙「えと、分かりました!」
雪「じゃあ頼んだ」
俺は手足に氷を纏わせると宙に浮き、紫の家を離れる。空に出ると辺りは真っ暗で、だが戦闘音や悲鳴が聞こえてくる。
雪「本格的に戦争になってるな⋯⋯」
さて、今回の首謀者は北だったな。俺は奴を倒す為に北の空へと向かう。
途中、吸血鬼が襲ってきたり妖怪が襲われていたが例のごとく銀のナイフで殺す。しかし見た感じ妖怪が劣勢の様だが⋯⋯どういう事だろうか。
そして北の空を進むと一人の吸血鬼がそこに浮いている。他の吸血鬼とは比較にならない力を持っているな。
吸血鬼「っ!? 何者だ貴様は!」
雪「⋯⋯お前が今回の騒動の首謀者で良いのか?」
吸血鬼「貴様は⋯⋯スカーレット一族の館にいた執事か!? まさか襲撃作戦は失敗したのか!」
雪「質問に答えてくれると有り難いんだが⋯⋯」
だが今の反応からして首謀者だろう。というか、確かコイツはレミリアに幻想郷の存在を教えた吸血鬼だったな。すっかり忘れていた。
吸血鬼「クソっ、役に立たん雑兵共が! あの生意気なスカーレットの小娘共すら殺す事も出来んとは!」
雪「生意気?」
吸血鬼「ああそうだ。あの小娘、我の偉大なる計画への誘いを断った挙げ句、『可哀想ね、貴方の馬鹿げた計画に付き合わされる同族も』と言いやがった⋯⋯吸血鬼の王の末裔とも言われるこの我にだぞ!?」
雪「ああ、まあ馬鹿げているな」
というか相手の力量も分かっておらず、仲間の連携も取らせずただ特攻させる。その計画を偉大と言ってる辺り馬鹿げてるとしか言いようがないだろう。大方その力でのし上がってきたんだろうな。
吸血鬼「まあ良い⋯⋯この幻想郷の妖怪は予想よりずっと弱い。このままの調子で行けば支配出来るのも時間の問題だ。後は⋯⋯」
吸血鬼は俺を睨み付け、臨戦態勢に入る。そして妖力を威圧感と共に辺りに放つ。
吸血鬼「狐! 貴様を殺せば何もかもが成功するのだ!」
そう叫び、吸血鬼は俺に攻撃を仕掛けてくる。俺は体を傾けてそれを避ける。
雪「おっと。中々速いな」
吸血鬼「ガァアアア!!」
吸血鬼は雄叫びを上げながら殴り、蹴り、掴み掛かろうとする。俺はそれを避け、いなして攻撃を防ぐ。
この吸血鬼、フェイントというものを知らないらしい。攻撃が素直過ぎて避けるのが非常に安易だ。恐らくそんな小技を使わなくても勝ってきたのだろう。
吸血鬼「クソッ! 何故当たらない!」
雪「さあな」
そして反撃をしようと、まずは吸血鬼の動きを止める為に腕を掴む。
雪「っ⋯⋯!?」
だが奴の素肌に触れた瞬間、体になんとも言えない怠さが生じる。これは⋯⋯西行妖の能力に似ているのか?
雪「ふむ⋯⋯」
吸血鬼「フハハハハハ! どうだ、我に力を吸い取られる気分は!」
ああ、コイツの言い方からしてやはり西行妖の能力に似ているようだな。だがあれ程強力とも思えない。言うなれば『体力を吸い取る程度の能力』と言った所だろう⋯⋯同じ吸血鬼であるレミリアやフランの能力と比べて地味だな。
だが確かに強力だ。戦いが長引けば長引く程こっちが不利になっていくんだろう。
雪「まあ、こういう輩は経験があるんでな」
俺は手に氷の篭手を纏わせる。これで肌との接触は防げるから体力を吸い取られる事も無くなった。
更に俺は周囲に氷柱と狐火を創り出し、数個ずつ放って吸血鬼の動きを制限する。
雪「フッ⋯⋯!」
氷柱と狐火による攻撃で動きが止まった所に、俺は奴に殴り掛かった。
吸血鬼「クッ! 小賢しい真似を!」
雪「小賢しくて結構だ!」
そして遂に拳は吸血鬼の腹部に直撃する。俺は氷の篭手を操り形状を変化させ、奴の腹に接触している部分を鋭く伸ばして貫通させた。
吸血鬼「グァアアア!」
更に貫通した氷の先を樹木の様に何本と分かれさせ、吸血鬼の体に巻き付けて拘束する。
吸血鬼「グゥッ、クソっ!」
雪「さて、と⋯⋯」
俺は籠手を外し、拘束されて動けないでいる吸血鬼の襟首を掴む。
雪「おい、支配とやらを諦めて手下を連れて元の世界に帰るか幻想郷で静かに暮らすか、どちらかを選べ」
吸血鬼「っ⋯⋯ふざけるな! 何の為にここまで来たと思っている! 我は誇り高き吸血鬼だぞ、支配せずして何が─────」
雪「そうか、残念だ」
提案を蹴った吸血鬼の首に、俺は銀のナイフを突き立てる。返り血が俺に飛び散り、吸血鬼は暫くして灰と化し風に乗って消えていく。
雪「⋯⋯ふぅ~」
俺は手に付いた灰を落とし、大きくため息を吐く。
それと同時に真っ暗だった空が白んでいき、太陽が昇り始めた。
雪「⋯⋯朝日か」
この日の光で外に出ている吸血鬼は消滅していくだろう。光から逃げて生き延びた吸血鬼は幻想郷に住まわせるか、後々倒していけば良いだろう。
雪「さて、一度戻るか。いい加減疲れた⋯⋯」
俺は一度伸びをすると一応紫の家に向かう。きっと何か愚痴を言われるんだろうな。
⋯⋯後にこの異変は『吸血鬼異変』として知られ、そして幻想郷で流行る事になる『とある遊び』の発端となる事件の日だった。
はいどーも、作者の蛸夜鬼です。今回から幻想郷編に突入します!
まあ今章はほのぼのと行きたいですね。折角一話目から苦手な戦闘描写を書いたんですし⋯⋯それに東方で血生臭い描写って書きたくないんですよね。
まあその話は置いといて、次回から雪の幻想郷巡りが始まります。簡単に言えば雪に幻想郷の色んな所に行ってもらうって事ですね。
それでは今回はこの辺で。また今度、お会いしましょう!