第七話 十六夜の少女
パチュリーがこの館にやって来てから、かなりの年月が経過した。
パチュリーは大図書館にあった魔導書やら何やらを片っ端から読み始め、今ではほぼ全ての本を読破した程だ。俺ですらまだ四分の一しか読めていないのにな。
とにかく、そのお陰なのか知らないがパチュリーはこの館⋯⋯主に大図書館をかなり便利にしてくれた。
例えばこの館の劣化の速度を抑える魔法。大図書館の本が燃えない様にする魔法、濡れない様にする魔法、劣化を抑える魔法等々⋯⋯その便利さに興味を引かれて休憩時間に魔法の指導を願ったんだが⋯⋯
パチュリー「無理ね」
⋯⋯一蹴された。理由を聞くと魔法の適性が無いとのこと。一応霊力でも魔法は使えるらしいが、それでも適性がなければどうしようもないらしい。
雪「そうか⋯⋯それは残念だ」
パチュリー「というか、この間貴方の戦い振りを見たけど十分強いじゃない。それ以上強くなってどうするのよ」
雪「何かを守る為には強くないと駄目だろう。それに手数は多い方がいい。回復の魔法とか便利そうだからな」
パチュリー「回復の魔法はあまり良いものじゃないわよ。簡単に言えば傷の治りを早めてるだけだから、あまり使いすぎると老いが早くなるわよ」
ふむ。つまり細胞を活性化させ、分裂を促して治しているのだろうか。細胞の分裂も限界がある。だから老いが早くなるのだろう。完璧な治療法など無いという事か。
⋯⋯いや、若干一名覚えがあるな。都市に住んでた頃、片腕を落とされた兵士に変な薬を使って完璧に治療した親友が。あいつなら死後数分の人間を蘇生出来るんじゃないかと思ってたりする。誰かとは敢えて言わないが。
しかし何かしらの術が使えないのは痛いな。紫は陰陽術に長けているらしいし、今度教えてもらおうか。
?「パチュリー様~! ご所望の本持ってきました~!」
すると後ろから体が隠れる程大量の本を持った少女がやって来る。
彼女は『小悪魔』。名前は無いからそう呼んでいる。パチュリーがこの館に来て暫くしてから呼び出した。現在ではパチュリーの補佐というか、司書的な立ち位置にいる。
小悪魔「わわっ!」
見ていると小悪魔はバランスを崩して倒れそうになる。俺はパチンッと指を鳴らし時間を凍らせると小悪魔の姿勢を正し、本をパチュリーの前の机に置く。そして能力を解除した。
小悪魔「あ、あれ?」
雪「大丈夫か小悪魔。パチュリー、あまり無理はさせるなよ。怪我したらどうする」
パチュリー「⋯⋯少しずつ持ってくれば良いものを、こあが一気に持ってこようとするのがいけないと思うのだけれど?」
⋯⋯それは盲点だった。そして休憩時間が終わり、仕事に戻る際に本は少しずつ持つようにと小悪魔に伝え、大図書館を出て行った。
─────
さて、レミリア達が寝静まる朝方。俺は館の廊下を歩いていた。コツ、コツ、という俺の革靴の音だけが静かな廊下に鳴り響く。
雪「⋯⋯この館に何か用か。お客人」
暫く歩き、館のホールに着くと振り返ってそう問い掛ける。すると俺の事をずっと尾行していた人間が廊下の奥から姿を現した。
闇に溶け込みやすい真っ黒なローブに身を包んだ、ハイライトの無い蒼い目をした銀髪の少女。その手には吸血鬼退治用の銀のナイフが握られている。
この少女は恐らくヴァンパイアハンター。それも幼少の頃から暗殺に特化する様に育てられた者だろう。最近貧民街の子供を攫い、暗殺者に仕立て上げるというのが増えてるらしいからな。
?「⋯⋯いつから気付いてたの」
雪「お前が屋敷に侵入してからだ。ここに住んでる魔女が防犯用に魔法を掛けてくれてな」
そう、嬉しい事にパチュリーが侵入者が分かる魔法を屋敷に掛けてくれたのだ。侵入者が来ると俺の胸ポケットに入っている懐中時計が震える様になっている。魔法は本当に便利なものだな。
雪「さてお客人。もう一度聞くがこの館に何の用だ? まあ、何となく予想は付くがな」
?「貴方に話す事は無いわ。任務の邪魔をするならここで始末する」
そう言った少女は銀のナイフを一本投擲してくる。ふむ、スローイングナイフか。ローブの下にもまだ隠し持っていると考えた方が良いだろう。
俺は飛んでくるナイフを止めると少女に投げ返す。少女はそれを避けるともう一度ナイフを投げてきた。それも数十本という数を一瞬にして。
雪「っ⋯⋯!」
俺は氷の壁を創り出しナイフを防ぐ。これは少女の能力か? もしや『数を増やす程度の能力』? いや、それにしては増える瞬間が分からなかったし、不自然だな。
?「考え事をする余裕があるの?」
雪「おっと」
どうやら考える時間もくれないらしい。少女はナイフを瞬時に何本も飛ばしてくる。俺はそれを氷柱を飛ばして迎撃する。
雪「⋯⋯ふむ」
少女の動きに注目していると、攻撃を避ける際に時折瞬間移動するかの様な挙動が見える。これは何となく能力が分かったな。恐らく少女の能力は⋯⋯
?「⋯⋯さようなら」
雪「なっ⋯⋯」
すると目の前から少女の姿が消え、いつの間にか後ろに回りナイフで俺の首を搔き切る。
その瞬間、首の傷口から大量の冷気が噴出された。大気より重い冷気は床に落ちると少女の足と床を氷で固定する。
?「これは⋯⋯!?」
雪「やっと掛かったか」
俺はホールの階段を静かに降りる。少女はそんな俺の姿を見て顔を驚愕の色に染めた。
?「私は貴方を確実に殺した! 生きてる筈が⋯⋯」
雪「足下を見ろ、足下を。それのどこが俺なんだ?」
少女が足下を見ると、そこには首に傷が出来た氷人形が転がっている。
この戦闘、俺は最初から戦ってなどいない。少女が俺だと思っていたのは冷気風船となっていた氷人形だ。
ここに来るまでの廊下の角を曲がった際、少女に幻術を掛けて氷人形が俺だと誤認させていたんだ。上手く引っ掛かってくれた様で何よりだな。
?「こんな氷!」
雪「諦めろ、その氷は相当硬くしている。人間の子供の力で壊せるもんじゃない」
少女はナイフの柄で氷を叩くが壊れる筈もない。そして俺は少女に近付くと両手を掴み、懐に仕舞っていたロープで拘束した。ついでに隠し持っていたナイフも全部回収する。
雪「一、二⋯⋯どれだけのナイフを持っているんだお前は」
バラバラとナイフを床に落とす。普通この量ならナイフ同士が擦れる音がする筈なんだがな。相当な訓練を受けていたということか。
雪「しかし驚いたな。まさか『時間を操る』能力を持っているとは」
少女「っ!」
少女はバレると思っていなかったのだろう。驚いた表情を浮かべると顔を背ける。
恐らくだが、この少女の能力は『時間を止める程度の能力』、または『時間を操る程度の能力』のどちらかだろう。俺も時間を凍らして止める事が出来るから何となく分かったが、他の奴らだったらどうなっていた事か。
⋯⋯いや、レミリア達なら大丈夫な気がする。レミリアとフランは強力な能力を持ち、パチュリーは『火+水+木+金+土+日+月を操る程度の能力』や魔法で対処出来るだろうし、美鈴も今まで培ってきた戦闘技術で勝てる気がしないでもない。こう考えると紅魔館は化け物揃いだな。
雪「さて、お前の処分だが⋯⋯」
?「⋯⋯殺すなら一撃でやってもらえないかしら。あまり苦しむのは嫌だから」
雪「それを決めるのは俺じゃない。主人が決める事だ」
レミリア「ええ、そうよ」
するといつの間にいたのだろうか、レミリアがホールの階段から下りてくる。
レミリア「時を操る能力だったかしら? それを失うのはとても惜しい。人間に返すのも癪だし、そうね⋯⋯」
レミリアは少し考える素振りを見せ、警戒している少女に手を差し伸べる。
レミリア「貴女、ここで働く気はない?」
?「えっ⋯⋯?」
レミリア「私の下に仕える代わりとして、衣食住の安定を約束するわ。どう、悪い話じゃないでしょう? ねえユキ?」
雪「ええ、悪くない提案かと。人手は多い方が良いですから」
その提案を聞かされた少女は暫くポカンとした表情を浮かべていたが、フッと笑う。
?「分かりました。どうせ帰る場所など無いですし、断ったとしても有無を言わさず仕えさせるつもりでしょ?」
レミリア「あら、良く分かったわね」
レミリアは少女の言葉を聞いてクスクスと笑う。そして
レミリア「折角だし新しい名前もあげましょうか。そうねぇ⋯⋯『十六夜 咲夜』、なんてどうかしら?」
十六夜は満月の翌日。そして咲夜は“昨夜”だろう。名前は満月を意味するのか。レミリアは中々のセンスの持ち主の様だ。
咲夜「構いません。不肖、十六夜 咲夜。従者としてお嬢様に仕えましょう」
咲夜のその言葉にレミリアは満足そうに頷く。もう敵意はないと判断した俺は咲夜を拘束していた足の氷を解く。
レミリア「それじゃあ、私は寝直してくるわ。貴方達も休みなさい。特に咲夜は明日から忙しくなるわよ」
雪「承りました。じゃあ咲夜、部屋に案内しよう」
咲夜「はい。ありがとうございます」
咲夜の部屋は⋯⋯美鈴の隣の部屋で良いか。女子同士部屋が近ければ何かと相談しやすいだろう。美鈴は聞き上手だからな。
そして今宵⋯⋯ではなく今朝、この紅魔館に新たな住人が増えた。
はいどーも、作者の蛸夜鬼です。先週は投稿出来ずに申し訳ありませんでした。
さて、今回で紅魔組が全員揃いましたね。そして今章も終わりに近づいてきました。全体的にはまだ半分程度ですが⋯⋯。
この調子でいけばもしかしたら年越し辺りに終わるかも? そしたら新しい小説でも投稿しましょうか。
ああ、それと『オリキャラ プロフィール』というものを追加させていただきました。一番最後の話として載っているのでどうぞ。
それでは今回はこの辺で。また今度お会いしましょう!