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東方 白狐伝  作者: 蛸夜鬼
伍章 西行妖桜の巻
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第十二話 この呪いに終止符を

雪「⋯⋯うぁ⋯⋯」


 朝が来る。いつもの様な清々しい気分⋯⋯ではなく、俺は謎の不快感と激痛、そして鉄臭い異様な臭いで目を覚ます。


雪「⋯⋯ッ!?」


 起き上がり「気持ち悪いな⋯⋯」と言おうとした瞬間、突然何かを吐き出す。


雪「な⋯⋯にが⋯⋯?」


 その吐き出した物の正体はすぐに分かった。布団と手にベットリと付いたそれは⋯⋯血。


 血は俺の手や布団だけでなく辺りに広がり、畳や胸元を濡らしていた。


 どうしてこんな事になっているのか、それは俺が胸元を見るとすぐに分かる事だった。


 何故なら、俺の胸には氷の杭が突き刺さっていたのだから。


雪「っ! ぐぅ⋯⋯!」


 俺はその杭に驚きながらも、それを引き抜くのではなく、そのままにして傷の周りを冷やした。


 深く刺さった物を引き抜くと逆に血が吹き出して危険な状態になる為、抜かない方が良い。そして傷の周りを冷やしたのはアイシングと言う。アイシングで冷やす事で血管を収縮して止血する事が可能だ。


 杭はどうやら骨で止まっていた様だ。心臓まで届いてないなら人外の俺の身体ならまだ動ける。


雪「クソッ、何があったんだ!?」


 俺は脱いでいた上の服を簡単に着ると部屋を出る。すると、先程までは気付かなかったが異様な程大量の妖気が白玉楼に充満していた。


雪「三人はっ!?」


 俺は隣の部屋にいる筈の紫の様子を見に障子を上ける。そこには虚ろな目でクナイを胸に突き刺そうとする紫の姿があった。


雪「紫、何してる!!」


 俺は紫のクナイを奪い、頬を叩く。すると紫の目には徐々に光が戻ってきた。


紫「う⋯⋯私は⋯⋯っ!? 雪、その血は何っ!?」


雪「俺の事はどうでも良い! こっちに来い!」


 俺は未だに動揺している紫の手を引いて廊下を走る。その途中で血に濡れた刀を持った妖忌と出会った。


雪「妖忌、無事だったか!」


妖忌「はい、何とか⋯⋯お二人とももご無事で何より」


 妖忌をよく見ると、手から血が流れている。どうやら刀を手で止め、自害を防いだらしい。


雪「後は幽々子か。一体どこに⋯⋯っ!?」


 ふと空を見ると、白玉の様な物が大量に浮いていた。あれはまさか⋯⋯魂か?


 魂は全て同じ場所へ向かっている。あそこは確か⋯⋯。


紫「雪、あの魂達が向かってる場所って⋯⋯」


雪「っ! 急ぐぞ!」


 俺は二人と共に魂が向かう場所⋯⋯西行妖の元へと向かう。


 俺達がそこへ着いた時に目に映ったのは、見た者全てを魅力するかの様な満開の西行妖。それに群がる魂。そして─────


雪「クソッ、遅かったか!」


紫「嘘⋯⋯そんな⋯⋯」


妖忌「ああ、幽々子様⋯⋯そんな馬鹿な⋯⋯」


 ─────根元で血を流し倒れている、幽々子の姿があった。


 俺は幽々子を抱き上げると二人の元へ戻る。肌は冷たく、脈を測ったが動いていない。胸元には短刀が突き刺さっている。恐らくこれで⋯⋯。


雪「クソッ⋯⋯クソッ⋯⋯クソッ!!」


 俺は自分の無力さと西行妖への怒りを地面へとぶつける。拳を地面に打ち付けると一瞬にして辺りが凍り付く。


 そしてその怒りは憎悪へと。その憎悪は殺意へと変化していく。そして心の中で燻る大きな殺意は、今回の元凶である西行妖へと向けられた。


雪「紫、アイツをどうにかする手立てはないのか」


紫「⋯⋯一つあるわ」


雪「何だ、言ってみろ」


紫「⋯⋯あの妖気を抑えられる媒体は神聖な物が必要。だけどそれ以外にもう一つ、媒体になり得るものがあるの」


雪「それは?」


 紫は視線を落とす。その視線の先には幽々子の遺体があった。


雪「まさか⋯⋯」


紫「封印するものと、最も近しいもの。西行妖なら、幽々子が媒体になり得るわ」


妖忌「幽々子様のご遺体を使われると!?」


雪「⋯⋯それしか方法がないなら、やるしかない。もしアイツを野放しにしとけば、更に被害が出る。幽々子もそれは願わない筈だ」


 そう言うと紫は目元を拭って強く頷く。妖忌も刀を抜くと西行妖へと向かいあった。


紫「⋯⋯そうね。やらなきゃ、いけないのよね」


妖忌「儂は幽々子様の従者。ならば、主人の仇は取らねばなりませぬ」


雪「よし、やるぞ⋯⋯幽々子の弔い合戦だ」


 西行妖を封印するに至って重要なものは紫の術式だ。


 西行妖への術式は強大なもので、式を完成させるのにかなり時間が掛かる。その間、俺と妖忌で紫を守る事に専念する。


 守る、というのは何があるか分からないからだ。妖気に当てられて異常が起き、紫に害が及ぶ可能性がある。用心に越したことはない。


 それを伝えると、二人も同じ考えだったのかすぐに理解してくれた。考えが纏まった所で俺と妖忌は前に進み、紫は早速幽々子の遺体に術式を組み始めた。


 それを察知したかの様に、今まで一切動きを見せていなかった西行妖が動き出す。


 桜咲く巨大な枝をまるで触腕の様に動かす。そして鋭い枝先を俺目掛けて高速で伸ばしてきた。


雪「うおっ!?」


 予想外の攻撃に反応が遅れた俺は、枝先を頬に掠めながらも避ける事に成功する。しかし枝先が掠めた瞬間、身体になんとも言えない脱力感を感じ取った。


 これは⋯⋯生命力を吸い取っているのか?


雪「妖忌、コイツの枝に触れるな。生命力が吸い取られるぞ」


妖忌「なんと⋯⋯今まで数多の命を吸い取り、まだ力を得ようとするのか」


 ⋯⋯もし名称を付けるとするならば『生命力を吸い取る程度の能力』、といったところか。しかも触れるだけで能力が発動するときた。


雪「これは、骨が折れそうだな」


 冷や汗を垂らす俺達を他所に、西行妖は更に枝を伸ばしてくる。


雪「来るぞ!」


妖忌「っ!」


 俺は氷の籠手を創ると片っ端から枝を折っていく。手の届かない位置にある枝は氷の弾丸を飛ばして破壊していく。


 妖忌は二本の刀で枝を斬り飛ばし、遠くの枝は斬った時に起きる斬撃を飛ばして破壊していた。妖忌の実力はあまり分からないが、相当な手練れの様だ。


 しかし受ける事が出来ない攻撃、というのは予想以上に神経を削る。四方から飛んでくる攻撃はいつも以上に俺達を消耗させていった。


雪「クソッ、キリが無いな!」


 西行妖は折られた枝を引っ込めると周りに浮かぶ魂を吸収し、無理矢理再生している。周りの魂は言うなればコイツの栄養剤だろう。


紫「二人とも、もう少しよ! もう少しだけ頑張って!」


 西行妖の枝を防いで十分程が経過した頃、背後から紫の声が聞こえてきた。どうやら術式がもう少しで完成する様だ。


雪「ああ分かった!」


妖忌「承知!」


 終わりが見えてきた俺と妖忌は、消耗している身体を無理矢理動かして枝を破壊していく。


 ⋯⋯刹那、西行妖の動きが変わった。


 植物故に感情があるのかは分からないが、自分の脅威を感じ取ったのだろう。今まで俺達全員に攻撃していた枝を、術式で動けない紫目掛けて伸ばし始めたのだ。


雪「クッ、姑息な手を!」


妖忌「っ! 雪殿!」


 妖忌の言葉で前を向くと、西行妖が枝を大量に絡めて作ったハンマー状の塊を俺目掛けて伸ばしてきていた。


雪「ぐっ⋯⋯!」


 咄嗟に籠手でガードしたが、あまりの衝撃で後ろへ大きく吹き飛ぶ。


紫「雪っ!?」


妖忌「雪殿っ!」


雪「く⋯⋯そっ⋯⋯!」


 吹き飛ばされた衝撃で予想以上に背後まで飛んでしまった。すぐさま起き上がり西行妖を見ると、紫のすぐ近くまで大量の枝を伸ばしていた。


雪「紫ぃいいい!!」


紫「っ!」


 紫はようやく枝の存在に気付き避けられないと悟ったのか、衝撃に備えて目を瞑る。


 そのすぐ後にドスッ、という鈍い音と共に生暖かい液体が紫の顔に掛かった。


紫「⋯⋯?」


 ⋯⋯結論から言えば、紫に西行妖の枝が刺さる事は無かった。術式も無事だ。


雪「ぐっ⋯⋯」


 理由は、俺が紫を庇って枝を受け止めたからだ。大量の枝は俺の腕や肩、腹等の籠手で防げていない部分に突き刺さっている。


紫「っ!? 雪っ!?」


雪「紫、俺ごとコイツを封印しろ⋯⋯!」


紫「っ!? そ、そんな事したら!」


雪「構わん! 早くしろ!」


 生命力を吸われ続けている俺は、声を出す事すら辛く感じる。しかし駆け寄ろうとする紫を止めると、紫は頷いて今までよりも早く術式を組んでいく。


 俺は突き刺さった枝を引き抜こうとするが、大量に生命力を吸われたせいか、枝を引き抜く力すら入らなかった。


雪「チッ⋯⋯妖忌、悪いが俺は動けない。完成まで粘ってくれ!」


妖忌「承った!」


 そして、遂に術式が完成したのか紫が一度その手を止める。


紫「雪、完成したわ。これから西行妖を封印する⋯⋯」


雪「ああ、早くしてくれ。これ以上はもう耐えられそうにない」


 今も身体の力が失われていくのが分かる。ここまで耐えられたのは、半分不死であるこの身体のお陰だろう。


紫「⋯⋯雪、一つだけ約束して。絶対に死なないって⋯⋯!」


雪「フッ⋯⋯ああ分かった。約束だ」


紫「っ⋯⋯ええ!」


 紫が術式を発動させる。すると媒体となった幽々子に組まれた術式が光り、西行妖を包み込む。


 その光に触れた西行妖は悶え苦しむかの様に枝を暴れさせた。


 俺は暖かいその光に包まれながら、意識を落としていった⋯⋯。



─────???



雪「っ⋯⋯」


 気絶から目が覚める。起き上がって辺りを見渡すと、白玉楼の一室ではなく真っ白な空間が広がっていた。


雪「⋯⋯傷が消えてる」


 身体を見ると胸の杭や、西行妖に付けられた傷が綺麗に消えていた。これは一体どういう事だろうか。


雪「⋯⋯まさか、ここは死後の世界というものか?」


 あの傷の量だ。それに西行妖に大量の生命力を吸われていたし、あり得ない事ではない。そう推理していると


?「いんや? お前は死んでねえよ。白玉楼の一室でスヤスヤぐっすりさ」


 背後から、そんな言葉が聞こえてくる。その声色(・ ・)に驚いた俺は咄嗟にその場から飛び退く。


雪「なっ⋯⋯!?」


 その声の主を見た俺は、今までのどんな事よりも驚いた。


 真っ黒な髪。深い青色の瞳に褐色の肌。服装は黒い着物に灰色の袴。そして赤色の羽織、といったところか。頭からは狐の耳。腰からは尻尾が生えている。そしてその顔は⋯⋯


雪「⋯⋯俺?」


 この俺に瓜二つだった。まるで目や髪、服の色を反転させたかの様な“俺”がそこに立っている。


雪?「半分正解で半分外れだ。俺は確かにお前だが、俺はお前じゃない」


雪「どういう事だ⋯⋯?」


 “俺”は俺の言葉を聞くとフッと馬鹿にするように笑う。


雪?「光と闇。日向と日陰。太陽と月。お前が陽とするならば、俺は陰。それは真逆な存在ながらも確かに隣にいる存在⋯⋯それが俺だ。そうだな⋯⋯」


 その“俺”は、俺が決して好きになれない邪な笑顔を向けてくると


雪?「⋯⋯『狐塚(こづか) (ほむら)』。そう呼んでくれ」


 楽しそうな声でそう言ってきた。

 はいどーも、久々の連続投稿で浮かれている作者の蛸夜鬼です。


 今回は新キャラ、雪であって雪ではない。狐塚 焔の登場です。


 え? 今までの謎の声で何となく予想出来てた? あっ、そうなんですかそうですか。


 さて次回は、遂に伍章の最終回に入ります。西行妖の封印に巻き込まれた雪は一体どうなっているのか。次回をお楽しみに!


 それでは今回はこの辺で。また来週、お会いしましょう!

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