第十一話 月から地上へ
雪「⋯⋯で、今に至る訳だ」
俺は今、三人に今まで何をしていたのかを話していた。
諏訪大戦に始まり、飛鳥時代、鎌倉時代、妖怪の山、そして現在⋯⋯その旅で何を見てきたのかを事細かく話した。
勇也「ほえ~。流石隊長、普通の旅じゃなかったっスね」
雪「おい、何だその俺が普通じゃないみたいな言い方は」
依姫「でも凄いですよ。天照大神様や健御名方様とご友人だったなんて」
明理「しかも妖怪達と友達って⋯⋯想像の斜め上をいってましたね」
雪「想像外といえば勇也と明理、お前ら結婚してるんだってな」
そう言うと二人は顔を赤らめてそっぽを向く。
依姫「はい。数年前にお二人が式を挙げたんですよ。私やご友人の方々はお二人が交際しているのを知らなかったので、とても驚いたのを覚えています」
雪「だろうな。俺も最初聞いたときは驚いた」
この二人、俺の部隊に入りたての頃は喧嘩ばっかしていたからな。依姫が入る頃はマシになっていたが、俺が目を離すとすぐ口喧嘩を始めていた。
そんな二人が結婚するなんて想像すらしなかったぞ。一体俺がいなかった間に何があったというんだ。
雪「それに子供までいるんだったか」
依姫「ええ。まだ三歳の女の子で、悠里っていうお名前なんですがとても可愛いんですよ」
勇也「依姫! 勝手にベラベラ喋んなって!」
雪「ほう、一度見てみたいな。写真みたいのはないのか?」
明理「た、隊長!?」
依姫「ありますよ。ですよね、二人とも」
依姫にそう言われた二人はため息を吐く。そして勇也がポケットからスマホを取り出して写真を表示する。
勇也「どうぞ⋯⋯」
勇也からスマホを受け取り、表示された写真を見る。写真には笑顔を浮かべている二人と、二人の面影を持った少女が満面の笑みで写っていた。この少女が悠里という子か。
雪「なるほど、可愛らしい女の子だ」
依姫「でしょう?」
勇也「むがー!! いい加減この話はいいでしょ! 小っ恥ずかしいんスよこっちは!」
明理「そ、そうですよ! この話は終了です終了! 別の話をしましょう!」
二人が顔を真っ赤にしてそう言うので、しょうがなく別の話をすることにした。全く、何が恥ずかしいんだろうか。結婚を祝福され、自分達の娘が可愛らしいと褒められているんだから恥ずかしがる事もないだろうに。
雪「だが別の話と言っても何を話す?」
明理「そ、それは⋯⋯う~ん」
月読「残念だが、そんな時間は無い」
するといつの間にか月読が後ろに立っている。その手には⋯⋯何も握られていなかった。
月読「すまない雪。お前の言う媒体となる物は見つからなかった」
雪「そうか⋯⋯まあ良い。探してくれただけありがたい」
媒体は無し、か。まあそんな都合良く見つかる訳もないが⋯⋯。
雪「さて、名残惜しいが俺は帰るぞ。アイツに色々と言うこともあるからな」
依姫「⋯⋯分かりました」
勇也「な、なあ隊長。このまま月に住むって事は出来ねえんスか?」
明理「そうですよ。月なら不便も無いでしょうし⋯⋯」
雪「⋯⋯悪いな。俺はあっちが良いんだ」
それに、生まれ故郷を捨てる訳にもいかない。幽々子についての問題もまだ終わっていないんだ。逃げる訳には、いかない。
雪「またいつか機会があったら遊びに来るさ。それまで、な」
月読「雪、準備出来たぞ」
振り向くと、月読がいつの間にか謎の空間を作り出していた。あの空間に入れば地上へと戻れるらしい。
雪「ああ、分かった。じゃあなお前ら、また会おう」
依姫「はい、またお会い出来るのを楽しみにしてます」
雪「ああ。それと勇也、明理」
勇也「何スか?」
雪「子供、大事にしろよ。特に勇也は一人の父親なんだ。何があっても守り切れ。明理も、妻として勇也を支えてやれ」
勇也「⋯⋯分かってるっスよ。隊長に言われなくても守ってみせるっス!」
明理「はい。隊長、またいつか!」
四人に見送られながら俺は空間へと足を踏み入れる。フワリとした変な感覚と共に歩き、出口へと出ると俺は白玉楼の前に立っていた。
雪「⋯⋯帰ってきたか」
さて、紫と一度じっくり話をしないといけないな。
─────
雪「⋯⋯」
紫「⋯⋯」
白玉楼にもどってきてから数時間後。俺は机を挟んで紫と向き合っていた。
俺が戻ってきた時は紫は気絶しており、しょうがなくコイツが起きるまで待っていた。そして気が付いたので別室で話し合う事になったんだ。
雪「⋯⋯おい、お前は何を仕出かしたのか分かっているのか?」
紫「⋯⋯」
雪「俺は、月の前では妖怪など無力だから行くなと忠告した筈だが? お前は、悪行を積んだ奴等だったとはいえ、多数の妖怪の命を無駄にしたんだぞ?」
紫「⋯⋯」
紫は俯いたまま黙っている。反省する気が無いのか、それとも何か反抗心があるのか。
雪「⋯⋯何も言わないんだったらどうしようもないんだが? お前は立場が悪くなると黙り込む子供だったのか?」
紫「⋯⋯さい⋯⋯」
雪「ん?」
紫「⋯⋯うるさい! 雪に何が分かるっていうのよ!」
すると今まで黙っていた紫がバンッと机を叩いて立ち上がる。その目には涙を浮かべていた。
紫「私はもう弱くない! 貴方にとやかく言われる程の弱者じゃないの! なのに貴方は私を守ってばっかりで⋯⋯過保護なのよ!」
プチッ⋯⋯。
紫の言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中で何かが切れた。机を強く叩くとそこから氷が広がり、辺りに冷気が漂い始める。
紫「っ⋯⋯!?」
雪「⋯⋯なら、あの月でお前は何をしていた!!」
紫「ひっ⋯⋯!」
雪「自分は弱くない? ならお前は何故あの三人の前で死にかけていた!? 俺が助けに入らなければどうなっていた!?」
俺がそう叫ぶ度に氷の浸食が激しくなる。既に氷は机だけでなく、畳にすら届いている。
雪「お前は死んでいたんだぞ!? 自分の実力を見誤ってな!」
紫「っ!」
雪「俺が過保護? そうでもしなければお前が死に急ぐからだろう! お前は、自分が死んだときの周りすら考えられないのか!」
そう怒鳴ったところでドタドタと足音が聞こえ、障子が開く。そこには幽々子と妖忌が驚いた表情で立っていた。
幽々子「二人ともっ!? これは一体⋯⋯」
妖忌「雪殿、一度冷静になりなされ。紫殿が怯えてらっしゃる」
妖忌にそう言われて紫を見ると、紫は顔を真っ青にして体を震わせている。
俺はため息を吐いて怒りを下げると部屋に広がっていた氷と冷気を消す。
雪「⋯⋯すまん紫、言い過ぎた。少し時間を置こう」
そう言った俺は部屋から去り、一度冷静になろうと白玉楼を出た。
─────紫side
幽々子「紫、大丈夫?」
幽々子が近付き、私に声を掛ける。しかし私はそれに答える程の気力が残っていなかった。
あんなに怒鳴る雪なんて初めて見た。今までは怒ると言っても、少し不機嫌そうな顔で何か言うくらいだったのに。
⋯⋯机が凍り付き、辺りの空気が冷気へと変わり、氷が畳にまで広がったのを見た私は初めて⋯⋯雪を恐ろしいと思った。
幽々子「紫、少し落ち着きましょ? 気分転換でもして、ね?」
紫「⋯⋯ええ」
私が幽々子の言葉に答える事が出来たのは、たったそれだけの言葉だった。
その後、私は少し早めの夕食とお風呂に入り、幽々子と一緒に月が昇る空を縁側で眺めていた。
幽々子「どう紫、落ち着いた?」
紫「ええ、ありがとう幽々子。手間掛けさせたわね」
優しく微笑む幽々子に、私は少し弱々しく答える。
幽々子「でも、あの雪の怒り方は凄かったわね。あんな感情的になるなんて、いつもの姿からじゃ想像出来ないわ」
紫「ええ、そうね。私も初めて見たわ、あんな雪」
幽々子「⋯⋯紫は、雪の最後の言葉の意味が分かる?」
紫「えっ?」
雪の最後の言葉⋯⋯『お前は、自分が死んだときの周りすら考えられないのか!』だったかしら。
紫「⋯⋯私が死んだときの、周り?」
幽々子「ええ、そうよ。雪は私達が想像出来ない程の年月を生きてきたんでしょう? 沢山の出会いがあったのかもしれないわ。そして、沢山の人との別れもあったでしょうね」
紫「っ⋯⋯!」
別れ⋯⋯それはきっと死別も含まれているのかもしれない。近しい人との死別はとても辛く、悲しいもの。特にそれが、大事な人であったなら尚更⋯⋯。
紫「雪は、私に死んでほしくなかったから⋯⋯」
幽々子「そういう事よ。私だって、貴女が死んだら悲しいわ。死んだ時、貴女に近しい人がどう思うか考えてほしかったんでしょうね」
きっとそれは、雪が多くの死を見届けてきたから故の言葉だろう。それなのに私は、ただ我が儘を言って⋯⋯。
紫「⋯⋯これじゃ、雪が怒るのも無理ないわね」
幽々子「大丈夫、分かったならきっと許してくれる筈よ。後でまたちゃんと話し合えば良いわ」
紫「ええ。そうするわ。ありがとう幽々子」
幽々子「ええ。どういたしまして」
そして雪が帰ってきた深夜。私は雪と話し合って、私は無謀な事をしたと謝った。雪は「いや、俺もお前の気持ちを考えずにいてすまなかった」と言っていた。
まあ、結論としてはどっちも悪くって、今後はそれなりにそれぞれの気持ちを尊重しようって事になったわ。
心のモヤモヤが晴れた私は、その夜気分良く寝ることが出来た。
⋯⋯この次の日、まさかあんな事が起きるなんて知ることも出来ずに。
はいどーも、長かったテストが終わって解放された作者の蛸夜鬼です。
実はテストが終わった解放感で筆が進みまして、もう一話あるのでそれも投稿しちゃおうかなと思います。どうぞ楽しみにしててください。
それでは今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう!