第三話 あれから十年
雪「む、う⋯⋯朝か⋯⋯」
俺が都市に住み始めてから十年が経った。俺はこの間に永琳に手伝ってもらいながら生活の基盤を建て、仕事はこの都市の防衛軍に入った。俺の能力を十分に発揮出来るのは軍くらいしかなかったからな。現在では第一班隊長を務めている。
そうそう、流石に耳と尻尾を晒すのは問題があると永琳に言われたので、変化の術で隠す事にした。現在では本当の姿を知ってるいるのは永琳と最初に出会った門番(事情を話して黙って貰っている)だな。実はもう一人知ってる奴がいるんだが⋯⋯。
prrrr⋯⋯
俺がベッドでボーっとしていると、横に置いてあった携帯が鳴る。電話主は⋯⋯永琳か。
永琳『もしもし、雪?』
雪「どうした永琳、こんな朝から電話を掛けるなんて珍しい⋯⋯」
永琳『今日は軍の会議でしょう? いい加減支度しないと遅れるって事を伝えようと電話したのよ』
雪「分かった⋯⋯すぐに行く」
永琳『ええ。昼食のお弁当は持ってきてあるから。朝食はちゃんと食べるのよ? それじゃ、また後でね』
ピッ、と音が聞こえ、その後はツー、ツーと
言った機械音が聞こえる。
⋯⋯切ったな。
俺は携帯を閉じると寝室からリビングへと移動した。
─────
永琳「あら、やっと終わったのね。はい、お弁当」
雪「いつも悪いな」
会議を終えた今、俺は永琳と共に軍本部の食堂にいる。俺は適当な席に座ると永琳から弁当を受け取り、机に広げた。
永琳「それで? 会議はどうだったの?」
雪「いつもと変わらんな。あの上層部の爺共、自分の保身しか考えてないからロクな意見しか出てこない」
十年前は妖怪の襲撃は少なく平和だったが最近は妖怪の襲撃が増え、その対策を会議で考える事になったのだが⋯⋯。
雪「くだらない意見しか出さない会議なんて行う必要がない。時間の無駄だろう?」
永琳「まあまあ、気持ちは分かるわよ」
俺が永琳に上層部の愚痴りながら弁当を食っていると
?「チーッスお二人とも! 今日も奥さんと弁当ッスか?」
?「こんにちは隊長、八意様」
弁当を持った男女二人が近づいてくる。片方は茶髪を逆立てているパッと見不良っぽい男で、もう一人は黒髪ボブの真面目そうな少女だ。
コイツらは俺の部隊の隊員である『赤城 勇也』と『黒沢明理』だ。どちらも優秀な隊員で良く昼食を共にしている。
永琳「奥さんって⋯⋯そんな関係じゃないわよ」
勇也「だけど毎日弁当作ってやるって相当だと思うっスよ?」
明理「わぁ! 今日も美味しそうですね!」
雪「一つ食うか?」
俺と永琳は勇也と明理を交えて昼食を楽しむ。暫くすると、俺達は任務の壁外の巡回警備を行う事になった。
永琳「それじゃあ三人共、気を付けてね」
雪「ああ、分かっている」
勇也「ウッス! 行って来るっス!」
明理「はい! 行ってきます!」
─────壁外
俺達は南方ゲートから東方、北方、西方ゲートと巡回した。しかし時たま風の音が聞こえるだけで何も起きない。何か引っかかるな⋯⋯。
勇也「後はもう一回南方ゲートに戻れば終わりっスね! さっさと行きますか!」
明理「⋯⋯おかしいですよ」
勇也が意気揚々と先を歩こうとすると、明理が、そう呟いた。
勇也「は? どうしてだよ」
明理「だって、妖怪が一度も、しかも気配すら感じないんですよ?」
勇也「それで良いんじゃねえか?」
勇也の言葉に明理は首を振る。ふむ明理も違和感を感じていたか⋯⋯最近は妖怪が活発化しており、比例して目撃例が多発。今では巡回警備に必ず一匹確認される程、この近くに出没する。つまり⋯⋯
雪「一匹も確認出来ないのが、寧ろ違和感ということか」
明理「はい⋯⋯」
雪「⋯⋯お前ら、警戒を強めろ。武器は常に構えておけ」
二人「「了解」」
~白狐警戒中~
明理「⋯⋯何もありませんでしたね」
勇也「二人の思い過ごしだっ「総員、戦闘準備」⋯⋯あ?」
俺達は南方ゲートまで巡回したが何も起こらなかった為、思い過ごしかと思った⋯⋯が、戻って来た瞬間、独特な重い空気が漂ってくる。
そして次の瞬間
妖怪「キシャアアアアア!」
長く、鋭い爪を持った妖怪が飛び出してきた。妖怪は高速で勇也に向かい、攻撃しようとする。
勇也「うおっ─────」
雪「フンッ!」
俺は妖怪が攻撃する前に飛び出し、妖怪の顔面を掴んで能力を発動。凍らせて地面に叩き付けた。それと同時に周りから大量の殺気を感じ取る。
勇也「す、すんません隊長⋯⋯」
雪「別に良い。早く戦闘準備だ」
俺は両手に氷の篭手を装着し、勇也は散弾銃を、明理はライフルを構えた。そして前方の森から大量の妖怪が押し寄せてくる。
雪「来るぞ、応戦しろ!」
俺はそう叫んで妖怪の群れに突っ込み、殴る蹴る、投げ飛ばす。更に能力で氷塊や氷柱、水圧カッターを飛ばして妖怪を駆除していった。
妖怪「グァアアアアア!」
雪「甘いっ!」
後ろから攻撃してくる妖怪は尻尾に鋭い氷を纏わせて一気に突き刺した。良し、俺の周りは粗方片付けたな。二人は⋯⋯
勇也「オラオラオラァ! くたばりやがれぇ!」
勇也は両手に持った散弾銃(自身の霊力を弾丸にする特別製)を乱射する。その弾丸に当たった妖怪はバンッと音を立てて弾け飛んだ。これは勇也の能力によるものだ。
『爆発させる程度の能力』。自分の霊力を強烈に爆発させる。単純な能力だが強力だ。欠点と言えば霊力を消費するので持久戦に向いていない。
勇也は大丈夫そうだな。明理は⋯⋯
明理「フ~⋯⋯」
妖怪「グルァアアア!」
明理の様子を見ると、ライフルを座って構えている明理に妖怪が襲い掛かっている場面だった。
そして次の瞬間
ギィンッ!
妖怪「ガアッ!?」
明理から半径数メートルの所で何かに弾かれて地面に落ちる。そのがら空きの眉間に明理は容赦なくライフルを撃ち込んだ。先程の妖怪が最後の様で、ライフルを下ろして立ち上がった。
明理の能力は『障壁を張る程度の能力』だ。自身から半径数メートル程のドーム型の強固な障壁を張る。任意で通過可能なものを決める事ができるとの事だ。欠点は使ってる間その場から動けない事だな。
明理「あ、隊長! こっちは終わりましたよ!」
勇也「隊長! 俺も終わったっス!」
雪「よし、他に妖怪はいないな? しっかりトドメを刺したか? さもないと⋯⋯」
すると勇也の後ろで倒れていた妖怪がカッと目を見開き、飛び掛かってきた。しかし俺の氷で頭に風穴を空けられてすぐに動かなくなる。
雪「こうやって隙を突かれるからな」
勇也「ま、まだ生きてたのか⋯⋯」
明理「勇也は詰めが甘いんですよ。ちゃんと脳を潰さないと」
勇也「い、言うじゃねえか⋯⋯」
俺は後ろで口喧嘩している二人を余所に妖怪の死体を集めて狐火で燃やし尽くした。放っておくと腐って悪臭が漂うからこうやって排除するに限るな。
しかしまさか、本能でしか動かない妖怪が奇襲を仕掛けてくるとは。奴らも凄まじい速度で進化しているのか。
雪「お前ら、いつまで喧嘩してるつもりだ。帰還するぞ」
勇也「うーい」
明理「はい、分かりました!」
俺は二人に声を掛けて南方ゲートに向かう。しかし、ふと脚を止めて二人の方に振り向いた。
雪「⋯⋯今日はお前ら頑張ったから、俺の奢りで飲みにでも行くか」
最近は飲みに行ってないからな。偶には良いだろう。俺の言葉を聞いた二人はパァッと顔を明るくした。
勇也「よっしゃあ! 隊長太っ腹~!」
明理「ありがとうございます! ご馳走になります!」
俺は二人の嬉しそうな顔を見て少し微笑み、永琳も飲みに誘う電話を掛け、任務の報告の為に本部へと戻っていった。