最終話 暫しの別れ
今、都にはとある噂が広がっている。それは『神子が重い病に倒れた』というものだ。
実際は神子の事情を知る者が流したデマだが、人間達は鵜呑みにして毎日の様に屋敷に押し掛けていた。
そして俺は今、神子の屋敷に向かっている。屋敷が見えると、今日も同じように人間達が兵士と争っている。
男「太子様に会わせろ! 一度だけで良いんだ!」
兵士「駄目だ! 騒がしくしてはお身体に障るだろう!」
これも神子の努力の賜物か⋯⋯こんなにも心配してくれる人間達がいるとはな。
そんな事を考えながら、人混みを掻き分けて兵士の前に出る。
雪「通してくれ⋯⋯」
兵士「雪様ですね? どうぞ、お通りください」
雪「すまないな⋯⋯」
俺は兵士に軽く頭を下げると屋敷に入っていく。後ろの人間達がギャーギャーと騒いでいるが、生憎相手をする気分じゃない。
石の様に重く感じる足取りで神子の部屋に来ると、軽くノックした。
雪「神子、俺だ」
神子「どうぞ」
中に入ると、白装束に着替えて布団に座っている神子、屠自子、布都⋯⋯そしてすぐ側に立っている青娥がいた。
雪「⋯⋯青娥、本当に成功するのか?」
どうやら青娥が行う儀式は、長い眠りについて後の時代に尺解仙として復活する。というものらしい。
尺解仙というのは良く分からないが、恐らく仙人と同じものだと考えて良いだろう。
青娥「ええ。何度も確認した完璧な術式です。万が一にも失敗は致しません」
雪「そうか⋯⋯」
青娥から視線を外し、三人を見る。
雪「お前ら、気分は?」
神子「落ち着いています。少しだけ、怖いですけど」
布都「我は絶好調だ! さあ雪、そんな暗い顔してないで笑え! 我らは尺解仙になるんだぞ!」
屠自子「⋯⋯笑えって言われて笑えないのは分かる。だけどお前がそんなに思い詰めなくても良いんだ。だから、そんな暗い顔しないでくれ」
布都と屠自子の言葉を聞いて俺は自分の顔を触る。
雪「⋯⋯駄目だな、俺も」
せめて暗い顔はしないで、コイツらを送り出そうとしたんだがな。
神子「⋯⋯雪さん」
内心苦笑していると、神子が話し掛けてくる。
雪「どうした?」
神子「その⋯⋯手を握っててもらえますか?」
雪「⋯⋯分かった」
少し驚いたが、すぐに微笑んで優しく手を握る。
雪「⋯⋯何十年、何百年、何千年経とうがお前らの事は忘れない。きっと⋯⋯いや、絶対に会いに行く。だから、信じて待っててくれ」
神子「はい! お待ちしています」
青娥「挨拶は済みましたか? では、術式を発動します」
そう言われた俺は神子の手を解くと、少し離れる。神子達は布団に寝ると目を瞑った。
次の瞬間、三人の胸元に太極印が現れて吸い込まれていく。暫くすると太極印は消えてなくなり、穏やかな顔で眠っている神子達が残った。
青娥「術式は成功しましたわ。雪様は外に出ていてくださいな」
雪「⋯⋯ああ」
俺は立ち上がると部屋を出て、壁にもたれ掛かる。
雪「⋯⋯覚悟は、していたんだがな」
友人と別れた時に何度も感じた、心にポッカリと穴が空いた様なこの感覚は、未だに慣れない。
まだ、いつかまた会えるから良い。だが、彼女たちが目の前で亡くなった時に、俺の心は耐えられるのだろうか。
そうぼんやりと考えていると青娥が部屋から出てくる。
青娥「術式の仕上げ、復活する際の媒体と共に寝かせてきましたわ。これで術は終わりです」
雪「そうか⋯⋯ありがとう青娥。またいずれ⋯⋯神子達が目覚める時にでも会おう」
俺は青娥から術の終わりを告げられると、フラフラとした足取りで出口へと向かう。
青娥「待って。何処へ行くつもりで?」
雪「旅を再開する。もう、この都に留まる意味は無い」
そう答えてその場を去る。暫くは誰とも口を利きたくない。そんな考えが届いたのか、青娥はそれ以上何も聞かなかった。
そして俺は、借りていた宿で必要最低限の物だけを纏め、それ以外は売って資金にすると静かに奈良の都を後にした。
はいどーも、作者の蛸夜鬼です。
今回は少しシリアスっぽく、それでいて雪の思う別れの辛さを書いてみました。
さて、次回から新たな章に入ります。その章では、東方一の困ったちゃんとの出会いや、雪の友人との再開を書いていきます。
まあ、東方ファンの方はすぐに察せると思いますが。
それでは今回はこのへんで。また次回、お会いしましょう!