第四話 お面作り
ゴォオオオオン⋯⋯ゴォオオオオン⋯⋯。
雪「ん⋯⋯朝、か⋯⋯」
俺は大きな鐘の音で目を覚ました。この時代にはまだ時計という物が無いので朝6時と夕方の6時に鳴らしているらしい。どうやって正確な時間に鳴らしているのか知らないが⋯⋯。
さて、俺が都に住み始めてから約1週間が経とうとしていた。神子に宿屋を紹介され、そのコネで格安で部屋に泊めてもらい、さらに日払いの仕事を紹介してもらいながら生活している。
布都「雪ー、起きておるかー?」
ボーッとしていると部屋の外から布都の声が聞こえる。何だ朝っぱらから⋯⋯。
雪「どうしたんだ布都⋯⋯まだ日が昇ったばかりだろう?」
布都「うむ、朝早くに悪いな。太子様からの伝言⋯⋯って、うわぁああ!?」
雪「どうした、大声上げて?」
布都「馬鹿者っ、上の服くらい着ないか!」
雪「⋯⋯ああ、悪い」
先程起きたばかりで着替えてなかったな。しかし、諏訪子もそうだったが男の、それも上半身だけで赤面する理由が分からん。これが男女の違いというものか?
雪「すぐに着替える」
布都「早くしろ!」
~白狐着替え中~
着替え終わった俺は、布都を取り敢えず部屋に入れる。
雪「で、用件は?」
布都「太子様がとある仕事を手伝ってほしいそうだ。何かを作ると言っておったが⋯⋯」
雪「聞かされてないのか?」
布都「いや、忘れた!」
雪「⋯⋯そんな胸を張って言う事でもないだろう」
しかし重要な所を忘れるとは⋯⋯まあ、これが布都らしくもあるのか?
雪「まあ良い。分かった、引き受けよう。いつ頃そっちへ向かえば良い?」
布都「日が真上に昇ったらだ。よろしく頼むぞ?」
雪「分かった」
手伝いか⋯⋯一体何をするのだろうか?
~数時間後~
雪「神子、入るぞ」
俺は約束した時間に神子の部屋へやって来た。中に入ると机等の家具が端に寄せられ、部屋中に大量の紙が散らばっていた。そんな部屋の中心に神子が座り込んでいる。
神子「あ、雪さん。すいません、散らかってて」
雪「いや、別に気にしてないが⋯⋯これはどういう状況だ?」
まさか手伝いって⋯⋯部屋の片付けの事じゃないだろうな?
神子「実は昨日、私の知人が『感情を表す面』を作ってほしいと頼んできて⋯⋯ずっと考えていたのですが中々良い案が浮かばないので何か助言をと⋯⋯」
雪「成る程⋯⋯分かった、手伝おう。まずは⋯⋯そうだな、今まで思い付いた案を書き記したものは無いか?」
神子「それなら、そこの机に纏めてあります」
神子が指差した方には数枚の紙が纏めてある。俺はその内の何枚かを手に取ったが⋯⋯
雪「神子⋯⋯お前、あまり画力無いな」
神子「お恥ずかしながら⋯⋯」
神子が書いた面は全て似たか寄ったかで、感情を表す面なのに無表情の面が多かった。
俺も絵はそこまで上手くはないが、流石にここまで下手ではないぞ?
雪「しょうがないな⋯⋯俺が面を描くから、どんな感じにしたいのか言ってくれ」
神子「分かりました。では──────」
~白狐会話中~
雪「ふう⋯⋯少し休憩するか」
神子「そうですね」
あれから数時間が経過した⋯⋯が、全く進展が無い。神子が出した案を俺が描く、という行為を数十回繰り返したが、全部が全部しっくりこなかった。
雪「喜び、怒り、哀しみ、楽しみ⋯⋯思い付く感情は全て描いてみたが、微妙だな」
神子「そうですね⋯⋯」
布都「失礼しますぞー!」
二人で溜め息を吐いていると布都が入ってくる。
神子「布都、どうしました?」
布都「お食事の時間ですぞ、神子様」
雪「もうそんな時間か。神子、悪いがそろそろお暇するぞ」
神子「あ、分かりました」
俺は神子に挨拶して部屋を出ようとする。すると布都が足下に落ちていた紙を手に取った。
布都「ん? なんだこの絵は⋯⋯雪、お主太子様の手伝いをしながら落書きをしていたのではあるまいな!?」
雪「急にどうした?」
布都「この紙に描いてある下手な絵! どう見ても落書きだろう! 太子様の手伝いをしながら遊ぶとは、何ともけしからん!」
そう勘違いした布都が突き付けたのは、神子が描いた絵だった。チラと神子を見ると、少しショックを受けた表情をしている。
雪「⋯⋯布都」
布都「なんだ?」
雪「今回神子に頼まれた手伝いはな、仮面作りの案を描く事だったんだ。だからこれは落書きじゃない」
布都「む、そうだったのか。なら早く言えば良いものを⋯⋯しかしお主、画力無さすぎではないか?」
雪「それとな布都」
布都「む、まだ何かあるのか?」
雪「これは神子が描いたものだ」
布都「⋯⋯へ?」
布都は俺の言葉を聞くと間抜けな顔をしながら硬直する。暫くして顔を青くすると、ギギッと音がしそうな動きで神子の方へ首を向けた。
神子は顔を真っ赤にしながら、プルプルと震えている。おお、まるで漫画だな。本当にあんな表情が出来るとは。
布都「えと⋯⋯お、おお! よく見れば中々に上手いではないですか! なあ雪!?」
雪「⋯⋯もう遅いぞ」
神子「⋯⋯」
布都「⋯⋯太子様、すみませぬ」
神子「いえ、別に良いんですよ、気にしてませんから⋯⋯」
⋯⋯気まずいな。
雪「ところで、布都は何か案があったりしないか?」
布都「わ、我か!? う~む⋯⋯」
布都は暫く考えると、ポンと手を叩く。
布都「寧ろ喜怒哀楽全てを表すのはどうだろうか!」
雪「喜怒哀楽全て⋯⋯」
神子「布都、その様な仮面が出来る訳がないですか」
布都「む、むう⋯⋯すみませぬ」
喜怒哀楽全て、か⋯⋯そんな面が⋯⋯。
雪「⋯⋯あるな」
二人「「えっ!?」」
俺は二人が驚いているのをよそに記憶にある面を描く。
雪「描けたぞ」
俺が描いたのは能楽と呼ばれる日本の娯楽に使われる面だ。目尻や口角を僅かに曲げ、喜怒哀楽全てを表している面⋯⋯そう、能面だ。
雪「これでどうだ?」
神子「これは⋯⋯目や口を曲げて様々な表情を表しているんですね?」
雪「正確には喜怒哀楽だがな。布都の言葉で思い出した」
布都「我か?」
雪「ああ。お前の言葉がきっかけでこれが描けたんだ。お前のお手柄だな」
布都は最初キョトンとしたが、すぐに嬉しそうな表情になると
布都「ふふんっ!」
と、無い胸を張りながら『ドヤァ』と擬音が付きそうな顔で俺を見てきた。
神子「雪さん。今女性を敵に回す様な失礼な事を考えませんでしたか?」
雪「知らん」
で、最終的には能面の案に決定した。この後この絵を元に神子が作るという。どうやらこういう物作りは上手らしい。
その後食事を一緒にさせてもらって帰ったんだが、たびたび布都がドヤ顔を向けてきたので帰り際にアイアンクローをキメてやったのは良い思い出になった。