第四話 大和の国
諏訪子「大変だ大変だ大変だー!」
雪「ふぁ~⋯⋯どうした諏訪子、そんな慌てて」
俺が洩矢神社に居候してから約一年が経った。傷も治ったし、そろそろお暇しようかと思ったのだが、大戦が終わるまでは居てほしいと言われたのでそのまま住んでいる。
そして今は布団に包まっていたが、諏訪子が部屋に入ってきて叩き起こされた所だ。
諏訪子「って、雪! 上くらい着てよ!」
諏訪子は顔を赤らめて俺を指差す。俺は寝る時上の服は脱いでで寝ている。暑いのは苦手だしこの方が楽なんだ。
雪「ああ、すまん。着替えるから待っててくれ」
未だに寝惚けている頭で着替えを済ませると部屋を出る。障子を開けた先には諏訪子が立っており、その手には矢文が握られている。
雪「⋯⋯その矢文は?」
諏訪子「大和の国からだよ!」
大和の国⋯⋯今ある国の中で最も力を持っている天津神の国だったか。戦に長けている戦神もいると言われ、挑んだ、または挑まれた国は例外なく信仰を奪われたという話だ。
雪「見せてくれ」
諏訪子「うん⋯⋯」
矢文を受け取ると先に付いている手紙を取り、開くと内容に目を通す。それはこんな内容だった。
『諏訪の神へ
我々は天照大神様率いる大和の国だ。貴殿、諏訪の国の信仰を譲渡して頂きたい。そうすれば貴殿の民は傷付けない。
要求を飲まなければ国に攻め込む。戦力差は明白の筈だ。明日の日入りまでに良い返事が来ることを待っている』
手紙を読み終えるとグシャリと握り潰す。
何だコレは⋯⋯選択肢などあって無いようなものじゃないか。
雪「諏訪子、返事は出したのか?」
諏訪子「ううん、まだだよ⋯⋯」
諏訪子の顔を見ると、いつの間にか涙目になっていた。
諏訪子「雪ぃ⋯⋯私、まだ消えたくないよぉ⋯⋯」
⋯⋯神は信仰によって力、存在を維持している。逆に言えば信仰が無ければ力を維持出来ず、存在は消滅する。もし信仰が無くなる様な事があれば、諏訪子は⋯⋯。
そう考えた瞬間、こんな手紙を渡してきた大和の国に沸々と怒りが沸いてきた。
雪「⋯⋯やがって」
諏訪子「雪⋯⋯?」
俺は不安そうにしている諏訪子の頭をポンポンと優しく叩く。
諏訪子「わっ、雪? どうしたの?」
雪「⋯⋯大丈夫だ、俺がお前を助けてやる。こんなふざけた手紙を出した大和に行ってくる。きっと、お前が助かる方法を探してくる」
そう言うと、諏訪子は俺に抱き付き、無言で何度も頷いた。
稲穂「お二人とも、朝食の準備が─────」
二人「「あっ」」
すると台所の方から稲穂がやって来た。稲穂は俺達を見ると一瞬硬直、すぐに顔を赤くして
稲穂「お、お邪魔しました~!」
驚くぐらいの速さでその場を離れていった。
雪「おい待て、誤解だ!」
諏訪子「⋯⋯フフッ♪」
~数時間後~
雪「それじゃあ、行ってくる」
諏訪子「き、気を付けてね?」
稲穂「危なくなったら、すぐに帰ってきてくださいよ?」
雪「大丈夫だ。もし俺達の要求を飲まなければ潰してくる」
諏訪子「いやいや、物騒だよ!」
今回大和に要求する内容は、諏訪子と大和の代表が一対一で戦い、諏訪子が負ければ信仰を譲渡、大和が負ければ信仰を奪わない代わりに二度と干渉しない事を約束してもらうという至ってシンプルなものだ。
というのも諏訪子が一対一ならチャンスはあると言ったし、俺も鍛えてやるから不利になることはないだろう。
雪「じゃあ行ってくる。期待してて待っててくれ」
諏訪子「うん! 行ってらっしゃい!」
居れば手足に氷を纏わせると宙に浮く。これは数ヶ月前に思い付いた飛行方法だ。氷を操れるのなら手足に纏わせて飛べるんじゃないかと思って練習した。今では自由自在に飛ぶ事が出来る。
そして俺は二人に手を振ってから大和へ飛んでいった。
~大和の国~
今俺は大和の国、その神がいるであろう巨大な社の前に来ていた。ああ、勿論耳と尻尾は隠している。
雪「さて、諏訪の者だと言って通れるかな?」
長い階段を上りきると社に入ろうとする、しかし
門番「待てっ、ここは天照大神様が居られる神聖な社だ! 一体何の様だ!」
やはりと言うか、門番に止められた。
雪「諏訪の者だ。大和の神と話をしたい」
そう言うと門番は一瞬キョトンとしたが、すぐにニヤリと笑う。そして中に入るように促すと
門番「これはこれは失礼しました。どうぞお通りください。きっと、降伏宣言でもしに来たのでしょう? ハッハッハッ!」
と言って豪快に笑い始めた。はぁ⋯⋯少しイラッときてしまった。
俺は笑っている門番を無視して社に入る。その際に
門番「ハッハッ⋯⋯ん? 暑っ、熱い!? 熱いぃいいいい!」
門番の来ている鎧の中に狐火を入れてやった。小さい炎だし、別に死なないだろう。
~白狐移動中~
俺は社の最奥にある、無駄に豪華な襖の前に立っている。中には大きな神力が二つ、小さいのが一つ、か。
雪「俺に気付いてるのは大きな神力の二人だな。小さいのは気付いてないし、雑魚と仮定して良いか」
そう呟くと襖を開く。中には白い着物を着た黒髪ロングの女、青髪でしめ縄と御柱を背負った女、小者臭漂う男がいた。
男神「な、何者だ!」
男神は狼狽えているが、黒髪はニコニコと微笑み、青髪は俺をジッと見つめている。この中のリーダー格は⋯⋯
雪「諏訪の使いで来た狐塚 雪だ。そこの⋯⋯黒髪のお前と話をしたい」
黒髪「おや、何故私なのですか?」
雪「この中で一番余裕を持ってるからな。青髪も余裕はあるがお前程じゃない。男は論外だろう」
すると黒髪は楽しそうに微笑みを強くする。青髪は少し微妙な表情を浮かべている。男? 知らんな。
黒髪「改めまして、私は天照と申します。そして彼女は建御名方。彼は⋯⋯」
雪「自己紹介は良い。俺の要件を話す」
天照の話を遮ると今日渡された手紙を突きつける。
雪「これは今朝届いた手紙だ。内容に目を通したが、まるで脅迫じゃないか?」
天照は手紙を受け取ると内容に目を通す。建御名方と男神も横から手紙を覗き込んだ。
まあ、今の会話でなんとなく分かったが天照はこんな手紙を出す性格じゃないだろう。恐らく出したのは⋯⋯
男神「なんだ、何事かと思えば私が出した手紙じゃないか」
この男神だ。二人は知らなかったのか分からないが驚いた表情をしている。
天照「⋯⋯どういう事でしょうか?」
男神「諏訪の国など我々の足下にも及ばない小国。無駄な労力をかけるよりも脅して信仰を得た方が楽だと思いましてな。現に、この様な異色な男を使いに出してくるではありませんか」
男神はそこまで言うと俺を蔑む様な目で見てくる。俺を馬鹿にするのは良い。気にしないからな。だが⋯⋯
雪「諏訪子を脅し、泣かし、更には雑魚と馬鹿にする、か⋯⋯」
三人「「「っ!?」」」
友人を馬鹿にするなら、話は別だ。俺は怒りによって変化の術を解いてしまい、更に冷気を出して俺の周りを凍らせてしまった。
男神「ヒ、ヒィイイイイ!」
天照「お、落ち着いてください!」
天照が慌てた様子で話し掛けて来た所で我に帰り、怒りを下げる。
雪「すまない、少し熱くなった様だ」
天照「いえ、大丈夫ですよ。さて⋯⋯」
天照は男神の方を向いて静かに威圧する。ほう、大和の最高神と言われるだけあって凄い威圧感だ。
天照「相手国に礼儀の無い矢文、他人の威を利用する傲慢な心⋯⋯大和の神として風上にも置けない方ですね」
男神「あ、天照大神様?」
天照「⋯⋯貴方を今日この時から、大和を永久的に追放します」
天照の言葉に男神は顔色を青ざめる。そして何かを言おうとしたが、天照に命令された建御名方に連れて行かれた。
天照「さて、諏訪の使い⋯⋯雪様でしたか? お見苦しい所をお見せして申し訳ありません」
雪「いや、別に良い。邪魔者も居なくなった事だし本題に移ろう」
俺は天照に勧められたので座り込むと、懐から俺達の要求を書いた紙を差し出した。
天照「これは?」
雪「大和はどの道、諏訪と戦をするつもりだろう?」
天照「⋯⋯気付いていたのですか」
雪「そりゃあ、町中でこの事を大騒ぎしてればな」
ここに来る前に少しだけ町を回ったが、諏訪と戦をする事を民が噂していた。あの男神が先走っただけで、遅かれ早かれ戦は申し込まれていただろう。
雪「俺達の国には、諏訪の神しかいない。しかし、ただ負ける訳にもいかない。そこでこの要求を飲んでもらいたい。大和の不都合になることはない筈だ」
天照は俺の言葉を聞きながら紙に目を通す。そして紙を置くと優しく微笑んだ。
天照「こちらは諏訪に迷惑を掛けた身ですし、それに良い条件でした。断る理由もありません。要求を飲みましょう」
雪「⋯⋯感謝する」
天照「しかし良いのですか? 先程の事があるのですから、戦を止めさせる事も出来ましたのに」
要求が飲まれた事に安堵しているとそんな事を聞いてくる。
雪「⋯⋯もし戦を止めたら、お前たちの信仰が薄れるかもしれないじゃないか」
天照「っ! ⋯⋯フフッ、お優しいのですね」
もしも戦を止めさせたら、確かに俺達には被害が出ないが、天照達には民からの疑問が突きつけられるだろう。そんな事で大和が壊滅しても、俺も諏訪子も喜ばない。
雪「それに、もし諏訪子が負けても俺には切り札があるんでな」
天照「あら、気になりますね。教えてはくれませんか?」
雪「切り札をバラしたら意味がないだろう」
そんな事を話していると、男神を処分し終えたのか建御名方が戻ってきた。
建御名方「戻りました、天照様」
天照「ご苦労さまです。ああ、そうだ」
天照は先程の紙を建御名方に渡す。
天照「建御名方、貴女に諏訪の神との一騎打ちを命じます」
建御名方「⋯⋯えっ?」
コイツか⋯⋯まあ、諏訪子に修行させれば勝てない事はないだろう。程よい相手だ。
建御名方「あの、急過ぎて話が⋯⋯」
雪「勝負の日は追々伝える。今日は有意義な話が出来た。失礼する」
天照「はい。本日はありがとうございました。建御名方、彼をお見送りしてあげてください」
建御名方「⋯⋯分かりました」
俺は天照と握手をすると部屋を出て行く。その際、諏訪子の嬉しそうな顔を想像すると自然と顔が緩んでしまった。
~白狐移動中~
建御名方「先程はすまなかったな」
雪「ん?」
社を出ると建御名方がそんな事を言い出した。振り向くと彼女は複雑な表情をしている。
建御名方「あの男が裏で何かをしているのは薄々気付いていたのだがな⋯⋯大和の国を代表して謝罪する。すまない」
雪「いや、もう気にしてないさ。それに、どの道戦は行われるんだ。それが変な方向で早まっただけでな」
すると建御名方はポカンとした表情を浮かべ、すぐ苦笑した。
建御名方「⋯⋯優しいんだな、お前は」
雪「そうか?」
そして俺は手足に氷を纏わせると宙に浮く。
雪「それではまた会おう、建御名方」
建御名方「⋯⋯『八坂 神奈子』だ」
雪「ん?」
神奈子「建御名方は神名。本名は八坂 神奈子だ。神奈子で良い」
雪「⋯⋯そうか。既に言ったが俺は狐塚 雪だ。次に会うときを楽しみにしている」
神奈子「ああ、気を付けて帰ってくれ」
神奈子に別れを告げると、諏訪の国へと飛んでいく。まさか、本名を教えてもらえるとは思わなかったな。
その後、要求を受け入れられた事を諏訪子達に言うと、嬉しそうな表情をした諏訪子が抱き付いてきた。稲穂はその様子を見てニヤニヤしていたが、この誤解をどうにかしないとな。
そして数週間後、遂に諏訪子と神奈子の一騎打ちの日が訪れた。
元号・令和、おめでとうございます! 作者の蛸夜鬼です!
さて、残りゴールデンウィークの投稿ですが、予定では3日と6日に投稿しようと考えています。どうか楽しみにしててください!
では、次回にお会いしましょう! それでは!