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東方 白狐伝  作者: 蛸夜鬼
拾弐章 東風之社の巻
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最終話 桃色の仙人

 ⋯⋯これは、風神異変の解決から少し先の話だ。


雪「紅葉も散り、また新たな冬がやって来る⋯⋯俺にとっては心躍る時だと言うのに⋯⋯」


 両腕に掛かる袋の重さと、目の前に聳え立つ朱色の鳥居を見て辟易とした溜め息を吐く。持っている袋には、外界の酒が詰め込まれている。


雪「どうして今更になって、風神異変の不始末を責められるんだ⋯⋯」


 と言うのも、つい最近になって霊夢が「そう言えばあの異変、雪にも責任があるわよね?」と言い出したのがきっかけだ。その償いとやらで、俺が飲むつもりだった外界の酒を渡す羽目になったんだ。


 まあ渡すのは別に良いんだが、風神異変は既に二、三ヶ月程前の話。今更掘り返されても納得がいかないというものだろう。


?「溜め息を吐くと、幸せが逃げてしまいますよ?」


雪「む?」


 ふと、後ろから声が掛けられる。振り向いてみれば、そこには桃色の髪で、中華風にも見える服装をした娘が立っていた。特徴的なのは、右腕全体を覆う包帯か⋯⋯ふむ、どこか覚えのある力を感じ取れるが、何だったか?


雪「お前は?」


?「名前を聞くときは、自分からというのが礼儀では?」


雪「⋯⋯それもそうだな。狐塚 雪だ。好きに呼んでくれ」


?「ああ、貴方が噂の白狐ですか。雪と言うのですね。私は『(いばら) 華仙(かせん)』。ただの仙人です」


 ⋯⋯茨 華仙。どこかで聞いた事のある名だ。しかし華仙とは初めて会った筈だが⋯⋯。


華仙「それにしても、今日も誰もいないんですね」


 華仙の言葉に境内を見渡せば、落ち葉の山の横に雑に投げ捨てられた箒や、縁側には食べかけの菓子や茶が置かれている。


雪「ん、ああ、そうだな⋯⋯今日も?」


華仙「はい。以前も様子を見に来たんですが誰も居なくて。ところで雪さんは何故ここに?」


雪「霊夢に頼まれてた酒を持ってきたんだ」


華仙「酒、ですか?」


雪「ああ、外界の酒だ。何でも風神異変の責を取れと言われてな。折角一人で楽しもうとしていたんだが⋯⋯」


華仙「ほう、外界の酒ですか⋯⋯」


 見れば、華仙は興味深そうに俺の持つ酒へと目を向ける。いや、興味深そうと言うよりも⋯⋯まるで上等な酒を前にした鬼のようだ。


雪「⋯⋯ん?」


 鬼と言えば、昔確か勇儀達から聞いた話に⋯⋯。


華仙「あれは⋯⋯」


 すると、華仙が縁側から茶の間へと上がる。そして、卓袱台の上でフヨフヨと浮いていたそれを素早く右手で掴んだ。まるで魂のようなそれだが、少し違うな。


雪「怨霊か?」


華仙「そのようですね。それも地獄の⋯⋯確か以前も、霊夢が留守の時に同じく地獄の怨霊がいたのですが⋯⋯」


 そう言いながら華仙は怨霊を潰し、消し去ってしまう。映姫が見たらまた怒りそうな場面だ。輪廻の輪から勝手に消し去るな、とな。


雪「ふむ、神社に怨霊とは珍しい⋯⋯」


華仙「そう、ですね⋯⋯恐らく何か引き付けるような物が⋯⋯これですかね?」


 そう言って、卓袱台に置かれているキラキラと光る何かを手に取った。大きさは豆粒ほど。金色に煌めくそれは、この貧乏神社に似付かわしく無い物で⋯⋯。


華仙「こ、これは⋯⋯金塊!?」


雪「何?」


華仙「何で金塊がこんな貧相な神社に!?」


 ⋯⋯違うぞ華仙、そうじゃない。そんな視線を向ければ、彼女はコホンと咳払いを一つする。


華仙「なっ、何で怨霊がこの金塊に群がっていたのかしら!?」


 ⋯⋯わざわざ言い直すのか。そんな事を考えていると華仙の手から金塊を奪い取る影が一つ。


霊夢「ちょっと、なに人の金塊を奪おうとしてるのよ!」


華仙「霊夢!?」


雪「おい霊夢。人に酒を頼んでおいて留守にするとは何事だ」


霊夢「ああ、来てたのね雪。そんな事よりも華仙、あんた私の金塊弄って何してたのよ」


 ⋯⋯折角持ってきてやったのに“そんな事”呼ばわりか。まあこれでニコニコしながら礼を言ってきたら本物の霊夢か疑ってたところだが。まあ平常運転で何よりだ。


 そんな事を考えつつ、二人が話しているのを他所に金塊へと目を向ける。


雪「ふむ⋯⋯」


 一粒、手に取って見てみる。見た目は見事なもので、中々大粒だが⋯⋯怨霊が纏わり付いてたからだろうか。どうにも不穏なものを感じる。


霊夢「あ、ちょっと雪。そんなまじまじと見てたってあげないわよ」


雪「元から欲しいとも思わん⋯⋯なあ華仙、これどう思う?」


華仙「何か不穏なものは感じますね。取ってきた場所が気になるところですが⋯⋯」


霊夢「ど、どうしたのよ二人して⋯⋯」


雪「⋯⋯霊夢」


華仙「この金塊を手に入れた場所まで案内しなさい」



─────数時間後



雪「⋯⋯お前たちには心底呆れた」


華仙「ええ、全くです⋯⋯」


霊夢「な、何よ⋯⋯別に人様に迷惑掛けてないじゃない」


魔理沙「折角金脈を見つけて大富豪になれるって思ったのになー」


 さて、事の顛末を語ろう。霊夢に金塊を手に入れた場所まで案内されたのだが、その場所というのが有毒ガスが充満していた温泉だった。しかも華仙が立てたらしい、『有毒ガス充満につき死にたい奴だけ近寄ってよし』とご丁寧に書かれた看板が立てられていた場所だ。

 それだけでも呆れたがそこには既に魔理沙と、にとりを含めた河童達まで居たんだ。俺は大きく溜め息を吐き、華仙は目眩がしたのか頭に手を当てて天を仰いでいた。

 その後、河童達は妖怪の山へ返し、霊夢と魔理沙を神社まで引き摺って来たわけだ。


雪「あの毒ガスが硫酸とかじゃなかっただけマシだな⋯⋯一応今度、永遠亭に行って診てもらってこい」


魔理沙「えー、面倒だぜ。それに鍛えてるから大丈夫だろ?」


雪「面白くない冗談だな。外界の酒は持ち帰るとしよう」


魔理沙「ちょっ、分かった分かった! 行けば良いんだろ行けば!」


 魔理沙はブツブツと文句を垂れているが、鍛えて毒ガスがどうにかなるなら苦労しない。


華仙「⋯⋯その金はですね。地獄に落ちた者達の欲望が高温で溶け出した物⋯⋯つまりは怨霊から湧いて出た、いわば蝕まれた金なのです」


霊夢「ああ、道理であの辺怨霊が多かった訳ねー」


雪「その怨霊がお前の神社まで憑いてきてたぞ。目先の金塊なんぞより、遠のいてる参拝客をどうにかしたらどうだ?」


魔理沙「⋯⋯なんか今日の雪、随分と辛辣じゃないか?」


雪「楽しみにしてる酒を理不尽にも取られるのに、不機嫌にならない理由があるか⋯⋯?」


 そう言って魔理沙へ顔を向けると、彼女は顔を青ざめながら華仙の方へ向く。


魔理沙「そ、それよりも怨霊から金が湧くなら私達も一儲け出来たりしないのか?」


華仙「⋯⋯怨霊から溶けて出るのは金だけじゃありませんよ。生きたいという欲望からは水銀が出ますし、殺したいという欲望からは砒素が溶け出ます。それこそ、その金塊にも多く含まれてるでしょうね」


 華仙のその言葉に、霊夢と魔理沙は手に持つ金塊を投げ捨てる。当たり前だ。どちらも人体には猛毒なんだからな。それこそ今持っていただけでも、僅かながらに身体を蝕んでいたかもしれないな。


華仙「有毒ガス、怨霊による精神汚染⋯⋯あの辺を立ち入り禁止にしているのはそれ相応の理由があるのです。ましてや二人は人間。あんな場所で金塊なんて掘ってたら遠からず死ぬやもしれませんよ」


霊夢「⋯⋯あーもう! 折角大富豪になれるって思ったのにー!」


魔理沙「⋯⋯取り敢えず河童に掘らせるとするか」


 二人の反省の色が薄いまま、このちょっとした事件は幕を閉じた。霊夢と魔理沙は外界の酒をヤケ酒するように飲み始め、華仙はそんな二人を見ると少し呆れながらも神社を後にしようとする。


雪「⋯⋯なぁ、華仙」


華仙「はい?」


雪「⋯⋯もしやとは思ったが、お前鬼か?」


 俺の言葉に、華仙の動きが止まる。そして有り得ない物を見るかのような目で俺を見つめる。


華仙「何の⋯⋯事で、しょうか⋯⋯」


雪「勇儀達と初めて会った日、四天王について聞かされた。一人は人間に討たれ、もう一人は仙人になると言って姿を消したと。その鬼の名は─────」


華仙「─────茨木 華扇」


 俺の言葉を先読みしたように、華仙⋯⋯いや、華扇は名を口にする。


華扇「何故、分かったのですか?」


雪「一つ目は、お前の力がどこか鬼に似ていた事。二つ目は、お前の酒を見る目に少し違和感を覚えた事。三つ目は⋯⋯その仙人の名だ。確か“号”と言ったか。あまりにも本名に近いものでな」


華扇「そうでしたか⋯⋯それで、私の正体を暴いてどうしようと言うのです?」


雪「⋯⋯どうもしないが?」


華扇「え?」


雪「む?」


華扇「ど、どうもしないって⋯⋯」


雪「いや、ただ単純に気になっただけだと言うのが理由だしな。正体を暴いたところで別に、やはりそうだったかとしか思わんが」


華扇「⋯⋯アハハハハッ!」


 そこまで言うと、華扇は大きく笑う。


華扇「ふふっ、噂と全く違わぬようですね貴方は。ええ、そう言う人だと聞いていましたよ」


雪「⋯⋯一つ聞きたいが、その噂というのは?」


華扇「何も面白いものではありませんよ? ただ、狐塚 雪は馬鹿が付くほどのお人好しっていう噂です」


 ⋯⋯馬鹿が付くとは失礼な噂だ。そんな事を言う奴は⋯⋯思い当たる奴が多すぎるな。紫辺りか?


雪「まあなんにせよ、仙人(華仙)(華扇)であると言うのは心にしまっておくさ。勇儀や萃香達とも会ってないところを見るに、あまり知られたくないんだろう?」


華扇「はい。せめて、私の目的が果たされるまでは」


雪「そうか。何かあったら俺も⋯⋯ああいや、これは

お前だけで解決したいことか」


華扇「察しが良くて助かりますね。まあでも、力を借りたいときは遠慮なく借りますよ」


雪「そうしてくれ。暇だったら手伝おう」


華扇「ありがたいお言葉ですね。それでは私はこれにて。またお会いしましょう」


雪「ああ」


 そう言って、華扇⋯⋯いや、華仙は指笛を吹くと巨大な大鷲に乗って去って行った。動物を従えているのか⋯⋯あれも仙人の為せる技か? それとも、華仙の人柄に寄ってきた獣なのだろうか。


雪「まあなんにせよ、常識人の知り合いが出来たことに喜ぶとするか」


 そう呟いた俺は、博麗神社の階段をゆっくりと降りていった。

 はいどーも、作者の蛸夜鬼です。今回はいかがでしたでしょうか?


 今回は華扇の登場回でした。東方茨歌仙は初めて購入した東方漫画だったので、個人的には印象深い作品ですね。まあ読み返したら地霊殿以降の話っぽい感じでしたが⋯⋯流石に予定変更して書き直してなんてやってたら間に合わなかったのでね⋯⋯はい。


 それでは今回はこの辺で。次回から新たな章に突入します。また今度、お会いしましょう!

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