第一話 二つ目の神社
雪「⋯⋯っと。ここは⋯⋯駅か?」
スキマを通り、降り立った場所は人気の少ない駅近く。周囲に人の姿は見えず、俺がスキマから出てきたのは見られていないようだ。
辺りを見渡すと、コンクリート製の建物が多く建ち並び、植物は道脇の街路樹程度。すっかり、俺の良く知る日本の姿へと変わっていた。
雪「外の雰囲気も、随分と変わったな⋯⋯いや、俺にとっては懐かしの雰囲気なのか」
俺は今、幻想郷を抜けて外界へとやって来ている。というのも紫が「貴方、日本を随分と旅したのでしょう? 誰か幻想郷に誘ってきなさいよ。あ、貴方が外にいたという情報は出来るだけ残さないでね」と言われたからだ。
急にそんな事を言われて、現代人風の格好に変化してから来たわけだが⋯⋯まあ、宛が無いわけではない。
雪「⋯⋯手土産に酒でも買っていくか」
俺は紫から渡された、外界の金が入った財布を手にして近場の酒屋を探すとした。
─────
雪「うぅむ⋯⋯」
酒屋で適当に酒を買い、あとは目的の場所に向かうだけなのだが⋯⋯やはり時が経ちこの辺りの地形も変わっているせいで場所が分からん。ウロウロしている内に、近くに高校らしき建物がある道まで来てしまった。
女子1「ね、あの人かっこ良くない?」
女子2「え? あ、マジじゃん、やっば!」
道が分からず困惑していると、学校の制服を着た女子高生二人組が俺を指差して騒ぎ出す。丁度いい。少々面倒そうだが彼女らに道を聞くとしよう⋯⋯口調も変えた方が良いか。
雪「⋯⋯すまない。少し良いかな」
女子1「わっ、わっ! 声掛けられちゃった!」
女子2「は~い! 何ですかぁ?」
雪「この⋯⋯守矢神社という場所に行きたいんだけど、道が分からなくてね。知っていたら教えてくれないかな?」
女子1「守矢神社ですか? えっと、この道を真っ直ぐ行って─────」
道を聞くと、女子生徒は興奮気味に道を教えてくれる。その際、少し離れた場所から誰かが見ている気がしたが⋯⋯一体誰だろうか。
男性「ふむ⋯⋯ありがとう、助かったよ」
女子2「あのぉ、この後時間あったりしますかぁ? 貴方とお知り合いになりたいなぁ、なんてぇ」
男性「はははっ、悪いけど今は厳しいかな。次に出会った時にでもよろしく頼むよ」
女子1「え~、残念だな~」
女子生徒のナンパらしい誘いを軽く受け流し、俺は帰って行く女子生徒を見送る。はぁ、まったく⋯⋯快く道を教えてくれたのはともかく、すぐに誘うとは⋯⋯。
雪「はぁ⋯⋯今時の娘は随分とチャラチャラしているな⋯⋯時間の流れは早いものだ」
俺は一つため息を吐きそう呟くと、教えてくれた道を進む。すると、少し離れた後ろから俺の後をコソコソとつけてくる者がいることに気付いた。恐らく、先程俺の事を見ていた者だろう。
雪「ここか。昔から変わらないな⋯⋯」
少し警戒しながら道を進み、遂に目的の守矢神社へと辿り着いた。俺の記憶よりも少し古びているが、鳥居や社は全く変わっていない。まるで昔に戻った感覚を覚え、俺は少し感傷に浸ってしまった。
雪「ところで、そこの娘。いつまで隠れてるつもりなんだ?」
?「ひゃっ⋯⋯!?」
一息ついて落ち着いてから、俺は先程からずっとつけている⋯⋯あの女子高生と同じ制服を着た娘へと声を掛ける。娘は驚いたような声を上げ、陰から姿を現した。
?「す、すいません⋯⋯あの、私の行き先もここだったもので⋯⋯」
雪「む、それならしょうがな─────ん? その髪は⋯⋯」
?「あ、この髪ですか?」
俺は彼女の⋯⋯鮮やかな緑色の髪へと視線を向ける。まるで、かつての友人である稲穂と同じ髪色で⋯⋯もしや⋯⋯いや、まさかな。
雪「ああ、ジロジロとすまない。俺の友人に同じ髪色の者がいたからな」
?「そうなんですか⋯⋯」
雪「そういえばお前⋯⋯いや、名前を聞いていなかったな。俺は⋯⋯」
娘に名を名乗ろうとして、ふとそれを止める。先程口調を変えたのもそうだが、俺の情報を残してはならないのなら⋯⋯偽名を使った方が良さそうだ。
雪「⋯⋯狐森 白人という。お前は?」
?「あ、私は東風谷 早苗と言います。この守矢神社の風祝⋯⋯あ、えっと、巫女をしています」
雪「東風谷⋯⋯そうか⋯⋯」
やはり、早苗は東風谷の血筋の子孫だろう。だから髪色はかつて友人だった稲穂と同じ緑色だったし、守矢神社の風祝をやっているのだろうな。
かつてこの守矢神社で風祝をしていた稲穂は、ずっと前に亡くなっていた。俺が旅をしている間に老衰で亡くなったと、過去に守矢神社に訪れた時に聞かされた。愛する者に囲まれ、安らかな最期を迎えたそうだ。それを思い出し、少し複雑な気持ちになりながら俺は境内へと足を踏み入れた。
早苗「えっと⋯⋯拝殿はあちらです。私は着替えてきますので⋯⋯」
雪「ああ、分かった」
早苗の案内で俺は拝殿に向かう。そして賽銭を投げ入れると同時に、社から懐かしい友人が飛び出してきた。
諏訪子「おや、珍しいね。こんな寂れた神社に参拝客なんて」
雪「ああ、すっかり寂れてしまったな。昔はあんなにもお前を信仰する者で溢れていたのに」
諏訪子「っ!? ⋯⋯お前、私の声が聞こえるの?」
雪「声は聞こえるし、姿だって見えているさ。ここ数百年振りに出会った⋯⋯友人なんだからな。なあ、諏訪子」
そう言うと、最初は訝しんでいた諏訪子だったが、俺の正体が分かったと思うとパァッと顔を明るくする。
諏訪子「もしかして、ゆk⋯⋯」
雪「すまない、今俺は白人という名前でここに来ているのでな。本名は出さないでくれ。積もる話もあるが⋯⋯」
諏訪子「⋯⋯ん、そっか。それで、今日は何の用?」
俺は一枚の手紙を取り出すと、それを諏訪子に渡す。中には幻想郷についての事が記されている。そう、俺が幻想郷へ誘おうとしているのは諏訪子達、守矢神社の者たちだ。
雪「詳しいことはここに書いてあるから説明は省略するが⋯⋯俺はお前達を幻想郷という場所に連れて行こうと思っている。神奈子にも話したいのだが⋯⋯あいつは?」
諏訪子「奥で寝てるよ。最近は信仰の力も少なくなっちゃったからね。力が発揮出来なくて、調子が出ないみたい」
雪「⋯⋯そうか」
よく見れば、諏訪子の体も時々透けているように見える。彼女も言ったが、信仰の力が少なくなり力が発揮出来ていないのか。それと同時に存在の維持も難しくなっているのだろう。
雪「なら、後で二人でそれを読んでおいてくれ」
諏訪子「うん、分かった。また今度返事を聞きにまた来るのかな?」
雪「ああ⋯⋯三日後に答えを聞きに来る。それまでに決めておいてくれ。あの早苗という娘をどうするのかもな」
諏訪子「⋯⋯うん」
早苗「参拝は終わりましたか?」
丁度話が終わったところで、巫女服に着替えた早苗がやって来る。話は⋯⋯聞かれてはいないようだ。諏訪子の姿が見える事も隠しておいたほうが良いだろう。
雪「ん、ああ。今終わったところだ⋯⋯ああそうだ」
俺は大量の酒が入った袋を早苗に渡す。諏訪子と神奈子への手土産だ。
雪「ここの神様への奉納品として貰っておいてくれ」
早苗「わ、分かりました」
諏訪子「わっ、お酒! 太っ腹だね~」
雪「それじゃあ俺はこれで」
早苗「あ、はい。ありがとうございました」
俺は守矢神社の境内から出ると、一度幻想郷に戻ろうとして手を止める。折角だ、またこっちに戻ってくるのも面倒だしこっちに留まって、外界の様子を見ていくのも悪くないかもしれない。
雪「⋯⋯金だけなら大量に渡されたからな」
⋯⋯紫は、数日間じゃ使い切れない程のこの大金をどこから持ってきたのだろうか。お陰でこういった選択も出来る訳だが⋯⋯変なところから出した金じゃないだろうな。
雪「⋯⋯まあ良いか」
まあ紫がそんな馬鹿な事をするわけがないか。俺はそう結論づけ、ひとまずは宿泊する場所を見つけようと足を進めた。
はいどーも、作者の蛸夜鬼です。昨日は投稿出来ずに申し訳ありませんでした。投稿日だった事をすっかり忘れていて⋯⋯ユルシテ⋯⋯。
さ、さて、今回は前話の雪視点になった訳ですが⋯⋯次回から本格的に風神録編へ入っていこうと思います。
それと、もしかしたら投稿頻度が二週間ごとになるかもしれません。最近、中々筆が進まない事と、進路関係で執筆出来ないからです。もしそうなっても、暖かい目で応援してくれたら幸いです。
それでは今回はこの辺で。また今度、お会いしましょう!