亡失の魂 Ⅰ
―――――2010年 皐月 中国―――――
誰も通らないような廃屋が連なっている暗い道
その奥の一際草臥れ朽ちている家が一つ
若い男は廃屋のドアの前に立つ
そこで止まると同時に空気が変わり中から声が聞こえてくる
「王は王を殺し平民は平民を殺し奴隷は奴隷を殺す」
魔素が含まれている言葉だ、魔術師であれば聞き取ることはできるだろうが
普通の人間にはノイズにしか聞こえない
そもただの人間が魔素の含まれている言葉を聞けば聞いた途端に体は拒否反応を起こし発狂するだろう
廃屋の中からの声が途切れるのと同時に若い男が繋げて唱える
「奴隷は平民を殺し平民と化す平民は王を殺し王と化す王は奴隷を殺し円環から外れる
故に我らは我らであり彼らは彼らである」
この言葉を唱えることが出来るという事は男もまた魔術師なのであろう。
ドアに仕掛けられていた結界が溶けドアを開け中に入る
入るとすぐ正面には廃屋のイメージにふさわしい小汚くだが荘厳な雰囲気をもつ老人が立っていた
老人は男を見るや否やこちらに音もなく忍び寄って男に説いた
「協会から暗殺の指令だ柳 劉明
今回は協会からお前を名指ししての依頼だ。
ターゲットの名前はエルクス・ティーマン、魔術師としてのランクは灰
ロシア人だが現在は日本に滞在しているとの情報だ
期限は3週間、それ以内に任務を遂行しろ」
男は髪を後ろにまとめゴムで結い返答する
「了解です。ですが私以外に適任は居なかったのでしょうか?
私は魔術師としての才能は平凡、灰を相手どるには私以上の適任が
協会には山ほどいるでしょう。私でなくてはならない理由でもあるのですか?レイル様」
レイルと呼ばれた老人は男の返答に冷淡にこう応えた
「それは仕事の遂行は無理と言い訳しているのか柳
お前は知っている筈だ。どのような仕事であれお前たち暗殺部隊には拒否権はない
もし拒否すればお前は今ここで死ぬだけだがそれでもいいのか?」
老人は仕事が遂行できなければ今ここで殺すとそう言った
「否、違いますレイル様。仕事は遂行します、貴方なれば知っているでしょう。
私はどんな仕事も断らない、たとえ家族や恋人相手、有り得ないで事でしょうが
協会から貴方の暗殺が依頼されれば私はその通りに遂行します。私はそういう人間ですから」
男は続けてこう言った。「単純な疑問なのです。なぜ私が名指しで指名されたのか」と
「それはお前が自分の手で知ることだ。知りたいのならば探せ。他者に解を求めるな」
表情が変わらないのでよく分からないが男はその解に納得したのか
「…分かりました、では今から日本へ向かいます
まだ何か伝え残っていることはありますか」
老人は男の返事に含蓄を込めた笑顔を浮かべ
「いや、なにもないさ。必要なものはこちらで用意しておいている。――――では任務開始だ」
男は合図とともに奥にある荷物を持ち廃屋を出る
老人は廃屋のドアが閉まるのを確認し、小さい声で男に告げた
「―――――君の未来に幸あれ」と
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次の日 早朝 日本に到着した
(ーーー日本という場所に来るのは初めてだな、故郷とは比べると空気が清廉すぎる
さて、潜伏場所は名古屋だったか、ここからならば気配を隠匿し肉体強化で移動した方がはやいな…)
(ーーー我、天に祈りを捧げ給えさすれば世界は幸福に満ち溢れんーーー)
心の中で詠唱を行う
肉体強化、完了ーーー
(今から迎えば約二時間、では行くとするかーーー)
走る、疾る、早く、速く、疾く、捷く
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーー名古屋ーーー
はぁはぁはぁ
男の吐息が聞こえる、ひどく不規則なまるで誰かから逃げているようなそんな喘ぎ声をあげる
「なんだあいつ!?バケモンか! 俺の魔術が全く効かねえっ……」
彼は逃げている彼の命を刈り取る「死神」から
「逃走は不許可だ。許さない、お前はここで死ぬのだ。何も成し遂げる事なく」
死神と例えられた男、柳 劉明が告げる
「協会からの命令かぁ!!俺を殺そうとしているのはっ!理由はなんだ糞野郎ッッ!!!」
柳は冷淡に死神から生者への最後の言葉のように告げる
「理由など俺が知る余地はない、協会から暗殺命令が来るからにはお前自身には心当たりがあるだろう」
男はその返答を聞くと笑みを浮かべる
「へえ!知らねぇんだな、俺が暗殺対象になった理由!!!」
興味無い、そう告げ心臓に向かって強化した拳で
ーーーーーー心臓を貫いた
(さて、任務完了だ。ここで死体を晒しても無駄だ…燃やすとするか)
そうして彼は詠唱を口ずさみ炎を発生させた
死体に引火させ灰に帰るまでには待つ
「さて、任務遂行だ。帰るとするかーーー」
(…初日で終わってしまったな。帰ったらしばし休暇を取るか………)
帰るために元来た道を振り返ると途端に呼吸ができなくなった。
(???な……んだ…これ…は………)
息ができない。まるで体の全機能が停止しているようだ
『ぎゃはははっははっははは!!教えてやるよ暗殺者
俺が暗殺指定を受けたのは禁断魔術の領域に手を出したからだ
俺は生物と生物に糸をつなげることができる。
繋がったモン同士は運命共同体となり糸で繋がっているうちの誰かが死ねば
その瞬間糸で繋がっている奴は全員BANG!って訳さ
てめえに襲われた時は近くに生物がいなかったからなぁ!
虫と繋げることもできたが、ちっこいのは時間が掛かる、って事で
俺と繋げさせてもらったってわけさぁ!
一緒に逝ってもらうぜッ!地獄になぁ!!!」
脳の中で声が暴れる
だがそんなものは関係ない
意識が遠のいていく、最後の声はもう聞こえない
そうして彼は深い眠りに堕ちた
協会…魔術師が所属する組織、さまざまな分野の魔術師が存在している
無所属も稀にいるが基本的に嫌われている
暗殺部隊…意味は「都合のいい」
協会の飼い犬で有り協会からの命令で有ればどんな行為も厭わない
魔術師のランク…協会より与えられた位、上に行けば行くほど魔術師として異常であり
最高ランクの虹は現代では11人しかいない
上から
1.虹
2.黒
3.灰
4.白
5.無色
の五つ
ファーブロスは魔術師でさえいれば必ず与えられる称号
柳はこの位置にいる
暗殺対象さんはグラオ
今回の禁断魔術の発明により、正確にはシュヴァルツレベル
レイル・カーマン …老齢の男性、現代の最高峰の魔術師「虹」の称号の持ち主
白髪であり、だらしないヒゲが生えている
顔をちゃんとしていればイケオジなのだがめんどくさいのかしない
両性愛者であり、柳には少し肩入れしているので柳を殺す事はできるだけしたく無いと
考えている
二重言語…魔術の一つ
本来言葉には言葉通りの意味しか持たないが二重言語は一つの言葉に二つの意味を持つ
例.死ね←言葉通りの意味
死ね←これが二重言語
そのため魔力を持たないものには羅列のおかしいノイズにしか聞こえない