贋作の魂
―――――9年前 ドイツ―――――――
豪雪の中ただ孤独にたたずむ城
――白色の城とは似合わない豪炎が城という世界を崩壊させていく
――何もかもが燃えている
この城も、この精神も、この肉体も
炎が肉体を溶かしていく、まるで「お前の命はここまでだ」と説くように
炎が精神を蝕んでいく、まるで「お前は何物にもなれない」と問うように
城は瓦解をはじめ、この体に数多の礫が降り注ぐ
自分はここで死ぬのだろう、自己という存在はここで消滅するのだろう
死は怖くない、死を実感できないからだ
自己という存在の消滅は怖くない、私には自己など無かったからだ
最期の望みなどない。まるでこの世界のシステムのように、ゲームのNPCのように
私はこの世界にただ存在し続けるだけなのだから
あぁ、少し眠い―――
そろそろ目を閉じるとしよう―――
もう目を醒ますことはないと知っていても、この眠気にはあらがえない―――
じゃあ死ぬとしよう―――――――――――――――
さよなら世界―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
目を閉じた、自分はここで死んだのだ。
一切の救い無く、ご都合主義など存在しない。
誰も自分を助けない、世界はそういう風にできている
炎は体を灰に変え、風に運ばれ、土に還る。
そうして私はこの世界から完全に消えた―――
――――――――――――――――アルキュール王国 教会――――――――――――――――――
地球のドイツの時間にして夜2時
アルキュール王国の最奥の森、またその奥にある静まった教会
もう今日は誰も来ることがないだろうと蝋燭の灯が消え、暗く静まった教会の中央でで
白色の髪をした人間種は懐かしい夢を見ていた
自己の最期、炎が自らを飲み込むその瞬間の記憶が回帰する
そしてこの夢を見たときはいつもここで目が覚める
目を醒ます、目線が示す先は暗闇の天井。
またここで目が醒めるのか、といつも思考してしまう
教会の奥の部屋から声が聞こえる。
ボクがこの世界で目を醒ましたとき、ボクを助け今まで養ってくれた青年くらいの男の声だ
教会には三つの部屋があり最奥の部屋を彼が、右方の部屋を私が使っている
男の声が少し遠く聞こえるな。と思い寝起きの頭を働かせてみる
今は教会の中央の椅子で寝落ちていたので声が遠く聞こえたのだろう
ふと男に出会ったときのことを思い出す
この世界で目を醒まして感じるところがあった
この世界はボクのいた世界とは決定的に何かが違うとボクの脳がそう冷静に判断した
あの小さな箱庭から出たこともないボクが
外の世界を見たこともない僕ですらそれだけは判った
ボクの姿は自分が死んだ時のまま童子の姿だった
何故生きているのか、灰に帰したこの肉体がなぜここに存在しているのか
理解できないことは沢山あった。だがボクは思考を止めた
無駄だからだ、何故死んだボクが肉体を失ったボクがこの世界に存在しているのか
例えここで思考を続けようが解決できないだろう
ならば時間の無駄だ
今は生きているのだ。ならばそれでいいだろう
何を考えることがある
さて、どうするか
肉体年齢は変わらない
体は生まれたての小鹿のように動かない
ボクはまたここで死ぬのだろうか
飢え果てていくのだろう
そう思考した
それならばそれもいい
それが運命なのであればそう受け入れよう
足音が聞こえる
体は動かないが、聴覚や触覚が働いていることから五感は機能しているようだ。
足音が自身に近づいてくる、どんどんどんどん音が大きくなっていく
そうしてボクの前で足音が止む
膝を地に接しボクにこう問うてきた
「迷い人か、捨てられたかまたまた孤児か。君大丈夫か? 呼吸運動はできているか?」
返答を行おうとするがいかんせん口を動かすことができないために
言語の呂律が回らない。これではまるで獣の呻き声だ
これでは通じているのかすら分からない
「生命活動を確認、生きてはいるようだ。
君、ここで死ぬことを選ぶか?それならば私が頸動脈を切ろう
生きる事を望むなら呻き声を約三秒間隔で三回あげろ
一度や二度なら間違いの可能性もあるからな」
青年の声は優しく愛情の含蓄が込められていたが、
それとは真反対に無機質なようにも感じることができた。
三度目の思考だ
ここで生きるか、ここで死ぬか
今なら生きるという選択を選ぶことができる。
ボクとしてはどちらでもいいが、ふと死ぬ前の最後の光景を思い浮かべる
その時に胸の内側がちくりと傷んだ。
この感情はなんだ
ボクは生存を望んでいるのか? ––––いや違う
ボクは死を恐怖しているのか? ––––いや違う
この感情がなんなのかボクは分かっている。
そうだボクは■■■■■■■■■■■––––
そうしてボクは生存を望む合図を彼に送る
青年はまるでこの結末がわかっていたかのように笑みをあげ
ボクを抱え、森の奥の教会に連れて行ってくれた
青年は教会の奥の部屋に入りボクに水を与えてくれた
肉体が動かない状態だったので飲むという行為は辛かったが
内側の機能はなんとか働いており、体に入った直後は拒否反応が発生し噎せ返したが
少しもすれば慣れ、水分補給することができた。
そのあとはボクをベットに寝かせ、暖かい布団をかけてくれた。
ボクも肉体が限界状態まで疲れている事を感じ
休息を選び、安眠に入るーーー
目が醒める。窓からは朝日が光が射しボクを照らす
今は六時くらいか
昨日眠りに入った時刻は多分時間的には三時くらいだとすれば半日以上睡眠していることになる。
目の前には青年が朝食を用意しており、ボクの起床を確認した後、
木製のスプーンのようなもので朝食を口元まで運んでくれた
朝食の見た目は液状であり色は緑、木の実を潰したのか少し粒状の固形物が入っていた
普通の食べ物なら今の自分に食す事は難しいが、
青年はそれを考慮し、食べやすいように調理してくれていた
初めて食べた料理の味は見た目通り苦く、けど何処か愛情を感じた
「味には期待するな。今のお前に必要なのは栄養だ」
あぁ、やはりこの青年は優しいのだろうな。ボクはそう認識した
そうして朝食を食べ終わった後はまた私をベッドに寝かせどこかに出かける
昼頃になればまた帰ってきて、ボクに料理食べさせてくれる
夜にも食事を与えてもらい、ベッドの前の木製の椅子で眠りに就く
教会に連れ込まれた時に確認した他の二つの部屋
その部屋に寝台はないのかと、非効率なことをする青年だと思い、眠りに就く
そんな日々が3週間ほど続き、少しとはいえ、肉体を自由に動かせるまでになった
喋ることもできるようになったが声をずっと出していなかったためなかなかうまく声に出せなかった
「そこまで体が動けば、自ら食事を行う事はできるな?
であれば体を動かすリハビリをしろ。
もう少し動くようになれば、私の仕事を手伝ってもらう
言語を使う仕事であるから喋れるように発声練習もしておけ」
ボクとは上手く発声できない声で
「・・・ありがと・・・う・・」 と掠れた声で告げ
「生存をのぞんだのは君だ。ならば君は生きる努力をしろ、私に感謝をするな」
感謝を言われる謂れはない。と言いたげに告げる
そのままボクはここに住み込み、九年の刻が経った
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教会中央の椅子から片手間に本を持ったまま立ち青年の呼び声に応える
「何か呼びましたか?アデル。もう今日の仕事は終わったはずですが?
睡眠は大事です。ボクの睡眠時間を奪うほどの急用ですか?」
青年の名前はアデル。
ボクも名前を知ったのは教会に来て一ヶ月と十三日
仕事を行う際の情報共有として名前を交換した際に教えてもらった
アデルという名前はこの世界では直訳で土を意味する名前らしい
ボクは何故か彼を表す言葉にこれ以上の名前はないと感じることが出来た。
「哀絡。眠るのならば布団で寝ろ、硬い椅子に寝転んでは仕事に支障をきたす場合がある」
アデルは面白くも無い正論を吐く
「正論ですね、確かに効率の悪いことをしました。書物に熱中するあまり寝落ちしてしまいました」
本を机に置き自らの部屋に戻るため歩き出す
「街まで行って本を買ったのか、君にしては珍しい
しかも、寝落ちした事ない君が寝落ちするまで熱中するという事はよほど面白かったのか
どんな本を読んでいたんだ?」
彼は机の上にある本に向かって歩き出しボクと交差する
ボクはドアの前まで立ち、内容について語る
「ただの神話みたいなものでした、どこの世界のどこの国にもあるような普通的で普遍的な伝承話。
話としては神によって作られた原初の人間の話って感じですね」
そう応えるとアデルは本に手をかける
普段仕事人間の彼が興味を惹かれるとは珍しいと思い邪魔をするべきでは無いと判断し
ドアの取っ手に手をかけ青年に小さな声で「おやすみ」と告げ開けたドアの中に入り
静かにドアは閉まっていった。
その音が教会内に静かに響き渡った
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