13話 『2つの勢力』
「ほーう。こいつが第2のマギアビースト、フェミリー・ローレイラか」
ヴァルエスト大陸に転移し、学院に戻ったエーベルト達はマギアビースト対策本部に集まっていた。今はヴェローザが顎に手を置きながら舐め回すように見ている。それに対しフェミリーは、やけに色気のある仕草をしている。髪は緑色で美しく、すごいプロポーションを持っている。顔は神か悪魔に愛されでもしない限りこんな綺麗な顔には生まれられないだろう。
「よしいいだろう。お前は明日から学院に転入して、授業を受けてもらう」
「えー、授業? 私、勉強できないわよ?」
ヴェローザが言うとフェミリーはめんどくさいとでも言いたそうな顔をした。
「いいんだ。お前も今はエーベルトに封印してもらってる身なんだ。普通の女の子なんだからしっかり勉強しろ」
「はーい。分かりましたー」
ヴェローザが言うと、仕方ないという風にフェミリーは返事をした。
「お前らは寮に戻れよー。私はこのあと会議があるんでな。先に失礼する」
言ってヴェローザは後ろに軽く手を振りながら地下室を出ていった。残された3人――エーベルト、フュール、フェミリーの間に沈黙が流れる。
「あー、俺も寮に戻るわ。じゃあな2人とも」
そう言って2人に背を向けた瞬間、腹の辺りに締めつけ感が訪れた。それもかなりの締めつけだ。
「うっ! き、急に腹がっ⋯⋯」
エーベルトはその腹辺りに触れた。と、そこでエーベルトは気づいた。
「⋯⋯おい、何してんだフュール」
腹の周りをフュールが両腕を絡ませて締めつけていることを。
「今夜は、返さない」
「なに意味深なこと言ってんの!? 俺は寮に戻るだけだし!」
エーベルトが言うと、締めつけは更に強くなる。
「いたたたたっ! ちょ離せフュール! ってフェミリー! 助けてくれ!」
「エーベルト君いつから私にタメ語になったの?」
エーベルトが声を裏返していうと、フェミリーは少し不満そうに答えた。
――今はそんな場合じゃなーい!
「フ、フュール⋯⋯。お、俺もうダメかも⋯⋯」
エーベルトが言うと、フュールは素早い動作でエーベルトから離れた。と思った次の瞬間、エーベルトを押し倒した。
「フュールさん? いったい何をするおつもりで?」
「人工呼吸。絶対に死なせない」
「誰のせいでなったのか分かってるのかお前は!? って顔を近づけるなぁ!」
エーベルトが悲鳴を上げたところでフュールはエーベルトから離れた。もちろん無表情である。
「⋯⋯まったく、ほんとにその性格どうにかならないのか」
「性格は生まれつき。どうにもできない」
淡々とした口調で言うフュールにツッコミたいところはあったが、代わりにため息を吐いて止めた。
「まぁとにかく。俺は寮に戻るからな。フュールはフェミリーに寮について教えてやってくれ」
そう言い残し、エーベルトは背を向け、地下室をあとにした。
エーベルトが地下室から出ていき、フュールとフェミリーの2人になった。
「まったくエーベルト君、なんでいきなりタメ語なのかしら」
そう吐き捨てフェミリーはフュールを無視し、そのまま地下室を出ていく。フュールも一拍遅れてフェミリーのあとを追った。
▲
翌日の朝。エーベルトは教室にいた。朝食を誰よりも素早く食べ終え、今に至る。エーベルトがこんなに早く教室に来るのには理由があった。
「おはようエーベルト。話があるということで来たんだが、どうした?」
教室のドアを開けて入ってきたのは、エーベルトの兄――ライムントだった。
そう。エーベルトが教室に早く来ていた理由は、ライムントと約束をしていたためだ。
「ああ兄貴おはよう。聞きたいことがあるんだ」
「なんだ? なんでも聞くぞ」
エーベルトが言うと、ライムントはエーベルトの隣の席(フュールの席)に座った。
「その聞きたいことなんだけど、前にフュールが現れたときにいきなり現れた人達のことを聞きたいんだ」
エーベルトが言うと、「ふむ」と一度唸ってから話し始めた。
「あいつらは魔法使いの中でも最強と謳われる集団"鬼怒哀楽"だ」
「⋯⋯鬼怒哀楽?」
エーベルトがゴクリと唾を飲み下し、その名をリピートする。ライムントは「ああ」と言って続けた。
「それぞれ5つの大陸から1人の選ばれし者だ。天空城という場所に身を置いている」
「⋯⋯選ばれし者。でもそんな人たちがなぜ俺たちの前に姿を現したんだろう」
「恐らくだが、ヤツらもマギアビーストを狙っている。俺たちが保護しようとしなければ確実にフュールは殺されていた」
――殺されていた
この言葉にエーベルトは肩をビクつかせた。エーベルトはフュールが殺されていたらどうなっていただろうと想像してしまっていた。
「まぁそんなに心配するなエーベルト。フェミリーを保護した時だって来なかっただろう?」
「来なかったけど⋯⋯あ――」
エーベルトはそこで言葉を止めた。フュールとフェミリーの勝負の最中に来た乱入者――ABCを思い出したからだ。
「そうだよ兄貴! その鬼怒哀楽は来なかったけど、ABCという組織が邪魔したんだ!」
エーベルトが興奮した様子で言うと、ライムントは落ち着かせる仕草をしたのち、神妙な顔つきで言った。
「ABCか。やつらも狙いはマギアビーストだろうな」
「なんでみんなそんなにマギアビーストを狙うんだ?」
「マギノステインだ」
「マギノステイン?」
短く言うライムントに対しエーベルトは聞き返した。
「ああ。マギノステイン。マギアビーストを封印、もしくは殺害したときに得られる宝石だ」
「でも、なんでそんなのが必要なの?」
「マギノステインを全マギアビースト分――つまり5個集めると膨大な魔力を得られる。それに――」
「それに?」
「なんでも願いが叶えられるんだ」
ライムントが言うと、エーベルトは驚きの顔を隠せなかった。なんでも願いが叶うというフレーズはおとぎ話などでよくあるが、本当にそんなものが存在するなんて考えられなかったのだ。
「まぁそんな感じだ。そろそろ生徒が来る時間だ。また今度話そう」
そう言ってライムントは教室から出ていった。
「鬼怒哀楽にABC⋯⋯。やっかいなのが出てきたな」
そう独り言を呟き、エーベルトはHRまでの時間を読書で潰したのだった。




