10話 『強大な魔力』
「⋯⋯フェミリーさんから?」
エーベルトは頬に汗を垂らしながら聞いた。
「そう。エーベルトがマギアビーストの話をしたとき、感じた」
「マギアビーストの話⋯⋯ああ! あの時か」
そう。エーベルトが何の調査をフェミリーから聞かれたとき、マギアビーストと言ったら突然歩みを止めて険しい空気を纏っていたのだ。その時の不穏な空気をフュールは感じ取っていた。
「それで、お前は何が言いたいんだ?」
「そんなの決まってる。フェミリーが――」
そう言おうとした時だった。
「コソコソと何の話をしているのかしら? 私が何だって?」
突然、後からフュールの肩をポンと叩き、フェミリーが割り込んできた。それを見てエーベルトとフュールは驚いた様子を見せた。
「あ、いや、さっきのご飯美味しかったなって⋯⋯」
言って後頭部をぽりぽりとかくエーベルト。苦し紛れの言い分だった。しかし。
「あらそう! それは嬉しいわね! さ、お風呂が出来てるわよ! 誰が先に入る?」
エーベルトの言い分をそのまま飲み込み、フェミリーは鼻歌を歌いながらどこかへ行ってしまった。
「⋯⋯ふぅ、危なかったな」
「⋯⋯」
エーベルトが言うも、フュールはじっとフェミリーの方を見たまま答えなかった。
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「あー⋯⋯疲れが取れるー」
風呂の湯船に浸かりながらエーベルトはそんなことを呟いた。あの後、どっちが先に風呂に入るかエーベルトとフュールで相談し、エーベルトが先に入ることになった。今ごろ女子同士でガールズトークしている所だろう。
「にしてもフュールのあの言葉の意味⋯⋯」
そう。先ほどフュールがフェミリーから強力な魔力が感じられると言っていた。その後、フュールは、エーベルトとフュールが話していた時も少し感じたと言っていた。
「まさかな⋯⋯」
そう言ったとき、風呂のドアがガラガラと音を立てて開かれた。
「エーベルト。体洗ってあげる」
「ちょフュールさん!? お前なにやってんだ!?」
いきなりフュールがタオルを巻いて現れて、椅子に座れと合図してくる。タオルを巻いてるといえ、白いきれいな太ももも出ているし、胸もタオル1枚でしか巻いていない、目のやり場に困る。
「だから体を洗ってあげる。いや、洗いっこしよ」
「だから何言ってんだお前は!? いいから出てけ!」
「せっかくエーベルトと洗いっこできると思ったのに」
そう言ってフュールは風呂から出ていった。その顔は無表情だったが、どこか残念そうだった。
エーベルトは風呂から上がりリビングでくつろいでいた。ちなみにフュールもエーベルトが上がったあと入浴し、今は上がってエーベルトに腕を絡ませている。
「そういえば! 勢いであなたたちを連れてきちゃっだけど、名前聞いてなかったわ!」
「確かにそうでしたね。俺の名前はエーベルトです」
「私はフュール」
エーベルトに続き、フュールも自己紹介すると、フェミリーは満足そうに頷いた。
「エーベルト君と、フュールちゃんね! よく覚えておくわ!」
「ちなみに私とエーベルトはこういう関係」
そう言ってフュールはエーベルトの頬にキスをした。
「ちょっと!? いきなり何すんの!?」
いきなりキスをされたエーベルトは声を裏返し、悲鳴を上げた。それを見たフェミリーはくすくすと笑った。
「いいわねぇ2人とも! 私もエーベルト君とそういう関係になりたいわ〜」
「じ、冗談はよしてください!」
エーベルトが恥ずかしそうに頬を赤く染め、視線を逸らすと、フェミリーは「冗談よ」と言っておかしそうに笑っていた。
フェミリーは冗談で言っていても、思春期真っ只中のエーベルトにとってはかなりドキッとするものだ。
「さてと⋯⋯そろそろ寝ようかな」
そう言ってエーベルトは立ち上がった。それと同じようにフュールも立ち上がる。
「ん? どうしたフュール」
「別に」
そう言って無表情を貫くフュール。そこでエーベルトは半目を作った。
「⋯⋯お前まさか一緒に寝ようだなんて考えてないよな?」
「考えてない」
「本当か?」
「⋯⋯」
「だからなんでそこ黙る!?」
本日2度目のやりとりをしたところで、フェミリーから声が上がった。
「あなたたちの寝所は2階の部屋よ。それと部屋が1つしかないから2人一緒の部屋で――」
「無理です!!」
フェミリーの言葉を遮ってまでエーベルトは断った。それも当然。フュールという生粋の変態と一緒に寝るなんて自殺行為ほかならない。
「あら? そういう関係じゃなかったの?」
フェミリーが首を傾げる。
「いや、違いま――」
「フェミリー、おやすみなさい。また明日」
「ちょっ!? 何すんだよ!?」
フュールはエーベルトの言葉を遮り、エーベルトに腕を絡ませながら2階へ上がっていった。
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「それは本当なのか?」
フェミリー家2階。扉を締め切り、エーベルトとフュールは敷布団の上で座りながら下に聞こえないように話していた。
「本当。昔に会ったことがあるはず」
「会ったことがあるって⋯⋯マギアゲールが起こったのは100年以上前だぞ?」
エーベルトが強調した言い方をすると、フュールはこくんと頷いた。
「実際私は100年以上前に戦争に参加していた。そこで何人か猛威を奮っている者がいたはず」
「それがマギアビーストで――フェミリーさんだと言いたいのか?」
エーベルトが言うと、フュールは首肯した。
「確かに。それも無くはないかもしれないな。でも、まさかな⋯⋯」
「そのまさか。フェミリーはマギアビースト」
フュールが強い口調で断定した。エーベルトとしてはまだフェミリーがマギアビーストという確証を得られていなかった。しかし、マギアビースト本人のフュールが言うのであれば一気に信用度は上がる。
「⋯⋯まぁ今日は寝よう。明日また考えよう」
そう言ってエーベルトは部屋の電気をパチンと消した。
「⋯⋯?」
電気を消してから数十分後。エーベルトはしっかり眠りについたはずだったが、体の周りを何かがもぞもぞと動いていて目が覚めてしまった。エーベルトは気になって電気をつけた。
「⋯⋯ん? なんだ?って!」
「エーベルト寝てなきゃダメ。私の時間が有効に使えない」
エーベルトが布団をめくると寝巻きの胸元を解き、エーベルトの体に寄り添うフュールがそこにはいた。
「なんだよ私の時間て!? いいからどけ! お前はそっちだろ、う、が!」
そう言ってリズムよく、隣の布団へフュールを押し返す。すると、フュールはそのまま転がっていき、動かなくなった。――多分寝たのだろう。
「まったく⋯⋯。油断も隙もないやつだな⋯⋯」
そう言って再び電気を消し、エーベルトは眠りに入った。




