(一条籐哉③)
「黒装束?」
レイリアと呼ばれたその黒装束の女性はTVの時代劇で見たことのある忍者のような格好をしていた。
正直、アリーシャがレイリアと呼ばなければ、この状態では男なのか、女なのか、見分けが付かない。
「アリーシャさま、この者を生かしておくつもりですか?」
黒装束の女性は瞬時に籐哉の背後に立ち、籐哉の耳もとに直に聞こえるような距離でその言葉を囁いた。
「レイリア、止めるのだ。一部始終を見ていたのなら分かるであろう」
「しかし・・・」
「もう決めた事なのだ。いやなら、お前は本国へ帰っていい」
「それは出来ません。納得は出来ませんが私も残ります」
無抵抗の籐哉を相手に知らず知らずのうちに密着するような状態になり、レイリア自身はいつでもこの男を殺せる状態を作り出し、籐哉を威圧していたはずだった。
「す、すいません。離れてもらえないでしょうか?」
「駄目だ」
その言葉には苛立ちと苛立ちと苛立ちが込められていた。
「女性に後から抱きしめられた事が無いので緊張するのですが」
籐哉の顔が赤面していることにアリーシャが気付く。
「レイリア、籐哉から離れなさい!」
「いえ、この者が王になるなど許されることではありません」
「そうじゃなくて、私が捕まえた男から離れなさい。あっ!」
口を付いて出た言葉にアリーシャ自身が驚いているようだった。
「そうか、俺、捕まったのか」
「そうだ、お前はアリーシャさまの奴隷だ」
「確かにそういう立場になっていたとしてもおかしくないよな」
後からレイリアに抱きしめられたまま、妙に納得している籐哉。
「動けまい」
「いや、動こうと思えば動けるんだけどなあ」
レイリアはまだ気付いていない。
「強がりはいい。アリーシャさまの下僕としてお使えするというのなら命は見逃してやろう」
「アリーシャ、そろそろいいかな?」
「どういうこと?」
「こういうこと」
そういうと籐哉はレイリアの拘束からスルッと抜け出し、一歩前に出る。
「おのれ」
「レイリアさんだっけ。君、警護する人間じゃなくて、メイドだよね?」
「メイドで何が悪い。アリーシャさまをお守りするのは私1人で十分だ」
黒装束の格好に怯えていた自分に後悔している籐哉。
「二人の話はちゃんと聞いていたんだよね?」
「もちろん」
「それで俺をどうしようと?」
「姫様には身分が合わない。よって、私と結婚して、姫様をお守りするのだ」
「レイリア?」
アリーシャはまだ状況が掴めていない様子だ。
「アリーシャ、ちょっといいか。この人は勘違いしてる。俺は向こうの世界に帰る為にこれから行動を起こそうとしている。アリーシャは本国に帰れば、城内での永遠の軟監禁状態になる。レイリアは俺とお前がこの国を乗っ取って、二人の国を作ろうとしていると思っているんだ」
「ええ、その通りだけど」
平然と答えるアリーシャ。
「確かに約束はしたし、アリーシャの為に出来る事はやる。だけど、俺が元の世界に戻るのか分からない以上、いつ、どうなるか分からないんだ」
「ええ、それも分かってる」
「出会って、まだ何時間も経ってないぞ」
「何時間?それって何かの単位?」
この世界は時間を計測しながら生活していないのか。
そういえば、この世界の外の光源も太陽の光とは違うような。
「アリーシャ、これ、やるよ」
籐哉は寝ているときでも腕時計を嵌めている。
腕に付けて使っていると自動的にゼンマイが巻かれる仕組みになっている自動巻きといわれる時計だ。
「カチカチ言ってるね。これ生きてるの?」
籐哉から差し出された(レイリア的にw)時計にアリーシャは興味津々。
「生きているのかもな」
「数字はこの世界にも存在するんだけど、これはどうして12までの文字が書いてあるの?」
「俺の世界では一日は24時間、12は0時も意味していて、その時計だと12の部分は0時と12時を意味する。もちろん、24時間で表示するものもある」
「一日って何?」
「いやいやいや、お前、18才って言ったよな?日付がない世界で年齢は分からないよな?」
「あっ、あれ適当に言ってみた」
「適当に言われた事を信じていた俺がここにいますよ」
「でも、嘘でも無いと思う。頭に浮かんできた数字だから」
「なるほど、こっちがそういう感覚を理解しなきゃいけない世界なんだな。幼いとか、大人とかの区別は?」
「数字と同じで感覚。もちろん、見た目でもある程度は判断できるし」
「そうきたか。それでこの城の外の光の源は?」
「気になるなら外に出てみれば」
もう考えるのはやめよう。
ここは夢でもなければ、現実でもない。
今までの常識に捉われては駄目だ。
別の惑星に来ているようだ。
そうだ、それでいい。
俺、負けるな。
俺、頑張れ。
いや、頑張りすぎるな?
頑張りすぎると壊れるぞ?
まあ、そういうことだ。
どういうことだ?
いや、自分で自分にツッコミを入れている場合でもない。
さあ、ベランダに行ってみるか。
「よし、外に出てみるか」
ベランダのドアを開けたその先に待っていたものは数え切れない数の星ぼし達の輝きだった。
「籐哉の想像していた光だった?」
「違う、でも、それ以上だな」
神秘的な星空の世界に全身が包まれる。
こんな世界もあるんだな。
俺が夢で見る世界とはまた違う、いやそれ以上か。
あっちの世界では高1の俺じゃ、こんな景色は経験できないだろうな。
高1とか関係ないか。
優等生を演じて、良い息子を演じて、良い彼氏を演じて、好かれる人間を演じて、自分を守って、自分を隠して、自分に期待せず
この世界に住んでいる人間達だと人によってはこういう俺の想いや行動さえ、自由に感じるのかもしれないな。
いや、俺の世界でも国によってはそうだろうな。
こんな綺麗な星空を目にしながら俺、何を考えているんだ。
「籐哉、大丈夫?」
自然と目からあふれ出していたものを籐哉には止める術がなかった。
「ああ、すげぇー世界だな」
溜まっていた感情が零れ落ちていくように籐哉はその涙が枯れるまで流し続けよう。
そう心の中で思った。