プロローグ
兵士の腰や肩で武器がぶつかり合う音、ぬかるむ不安定な地面をはねる音、木々を掻き分ける音から兵士たちの怒号まで。
僕は何も考えられなくて。
さっきまでの状況を受け入れることができなくて。
耳に入る不快な音をひたすらに追いかけるしかなかった。
ただでさえ重いからだに縫い付けられたような両足は、モタモタと前進することしかできない。
いちいち木の根に引っかかり、ついには、べちゃ、と音を立てて全身を地面に預ける形になった。
頬が泥についてから初めて、雨が降っていることに気がついた。
山の中で、本来のびのび広がる木の両手の葉に阻まれるはずなのに、雨は地面を叩きつけるように降り続いていた。
いつの間にか自分の息があがっていることに気が付き、なぜか右腕に激痛が走っていることにも気が付き、なぜか、視界が少しずつ暗くなっていることにも気がついた。
僕と全身同じ格好の仲間たちの足は迷うことなく離れていった。
アイツ、ずっと僕の隣で走ってたのにな……
自分の命の方が大事なのかよ。声くらいかけてくれてもよかっただろ。
「後衛兵急げー!追いつかれるぞ!」
遠い前方から兵団長の叫びが聞こえ、僕はやっと自分の意思で振り返った。
なんとか持ち上がったのは泥々の顔だけだったが、現状を確認するには十分だった。
僕の後ろには、誰もいなかった。
さっきまで必死について行っていた音は僕の後ろにある気配はない。
後衛兵を案じたつもりで振り返ったはずが、仲間に見捨てられた新米兵の孤独を確認しただけとなってしまった。
涙も、ため息さえも出なかった。
言えば絶望もない。
自分はこのまま死ぬのかなということばかり考えて、ボロボロのからだをなんとか起き上がらせ、近くの木に寄りかかった。
立つ気力は微塵もない。
死ぬって意外と簡単なんだな。
死ぬって意外と怖くもないんだな。
悲しくもないし、走馬燈もみえないし、なんだ、やっぱり人間って死ぬために生まれてきてたんじゃん。
死ぬのにこんなに抵抗もないなんて、知らなかった。
せめて仲間が敵兵に殺されなきゃいいな、なんて建て前の兵士魂を言葉にしてつぶやいてから、僕の視界は暗闇に混ざった。