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Episode 5 落日

    5


 薄暗うすぐらい店内で、天野あまの大御だいごはぼうっとしていた。窓からは青空が見えているものの、日当たりが悪いせいもあり店内はまるで曇天どんてんのような暗さだ。心なしか天野の呆けた表情が暗さを際立たせているようにも見える。


 現在も予定通り潔斎けっさい者が一人訪れているが、天野は特別何をすることもなく、思案しあんにふけっていた。

 この客も、天野が判を押した段階で下界に帰還する。それ以外に他に行うことはない。コーヒーを提供しようとも、決して手に取ることは無いのだからそれすら行わない。天野にできるのは押印だけだと、彼の中の月神の権能が語っている。もはやこの空間は喫茶店きっさてんの役割を成していなかった。


日神にちがみだけではない。月神つきがみも裁くのだ』


 あの日掟神おきてのかみから言われた言葉が幾度いくどとなく頭をよぎる。

 あれからすでに数日経過していた。天野は彼の言いつけ通り月神として神務を行い過ごしている。しかし、これと言って事態に進展があったわけでもなく、いつものように神務を遂行しただけだった。月代の行動の真意を探れ、と命令されたものの、殆ど手についていなかった。天野の顔に疲労の色が見て取れる。

 天野はため息をこぼしつつ、目頭を抑えた。神故ゆえに本来は肉体的な疲労も精神的な摩耗まもうもないはずだが、ここ数日の激動は彼の人間の部分に少なくない影響を及ぼしていた。


『キミと月代つきよちゃんはまさしく、異端いたんだ』


 日神日和(ひより)から投げられた言葉。天野はそれを反芻した。

 確かに、月神に師事しじしていた天野は紛れもなく異端だろう。月神の権限を継ぎ彼女の異質さを知った今、それは揺るぎようのない事実だと理解している。だが、おそらく本質はそこでは無い。

 過去の、それも人だった頃の記憶を、天野は間違いなく保持している。先の問答もんどう以降意識して思い返してみたが、やはりそれは覆らなかった。神となってからの鮮明で確実な記憶に比べれば多少混濁こんだくが見られるものの、人間の記憶が彼の中には存在したし、それを自身の辿った歴史だと認識していた。

 しかし、日神にはその自身の記憶が無いと言う。天野にとっての常識とは根本から異なっている。そもそもの問題として、天野は以前の記憶が丸々抜け落ちている状況そのものが理解できていなかった。つまるところ、天野大御はその段階で既に異端であった。

 もしも日神が全てを語ってくれたらどんなに楽だろうか、と天野は思う。彼女は間違いなく真実を知っている。しかし、それが叶わないことは察していた。


「日神は一体、何を躊躇ためらっているのか……」


 彼女が何か――とりわけこの厄介な問題について――を語ろうとする時、必ずと言っていいほど、言葉をにごす。何が彼女を静止するのか、彼女は核心の一歩手前で必ず二の足を踏んでしまうのだ。それが、天野は気に入らない。

 なぜ話してくれないのか。なにゆえ、語ることが許されないのか。知っているのに、わかっているのにどうして教えてくれないのか。天野には何もわからなかった。


「…………ダメだ」


 内心で沸々と肥大ひだいする黒い感情を押し殺し、天野は潔斎の判を押した。店内の潔斎者がやおら席を立ち、そのまま店を後にした。

 天野はその人を見ることすらしない。今の天野には潔斎に訪れた人を見ることが難しかった。

 月代が居なくなってから数日。人々が天野を認識できなくなるのと同様に、天野はしだいに訪れる人間のことを認識できなくなってきた。今しがた店を出た人間も、天野には男か女かもわからない。人間が訪れ、罪を救済し、現世へ返した。天野が認識しているのはそれだけだ。

 天野は、それが神になるという事なのだ、と理解していた。与えられた月神の知識がその理解を裏付うらづける。だからこそ、これは受け入れるべきことなのだと自身を律してこの数日を過ごしてきた。人と接することはないし、人を意識することもやめてしまった。

 人は慣れる生き物だ。そう言った月神の笑顔が頭に浮かんだ。


 ふと、天野は窓際まどぎわまでゆったりと歩いて行く。この空間は地上に限りなく近い場所に存在する。故に、窓から外を見れば地上と変りない空が見れる。そこには晴天の中、薄っすらと存在を主張する真昼の白月はくげつが浮かんでいた。


「あなたは一体、どこに行かれたのですか、月神……」


 天野の言葉が溶けて消える。

 彼女のいた日々が遠い。天とは行き来自由なはずなのに、月までの距離は異様に遠く感じた。

 ふと店内を見ると、いつの間にか次の潔斎者が訪れていた。いつからそこに居たのかすらわからないが、天野はそちらを見ながら判を押す。

 


 ――そして、異常が起こった。

 


「なんだ、急に暗く……?」


 店内に先程までとは比べ物にならないほどの闇が降りる。神である天野は暗闇だろうと世界を見通せる。店内では潔斎者が特に何事も無いかのように立ち上がり、店を出ていくのが確認できた。あまりに疑問を感じさせないその動きに忘れそうになるが、今は昼間だったはずだ。

 だというのに、店内はまるで夜中のように暗い。悪寒が全身を駆けたような気がした。


 直感的に窓の外を見ると、その異質な光景に天野は目を見開いて空を凝視した。

 先ほどまで太陽のあった場所。そこに、明るさが感じられない太陽大の天体が浮かんでいた。

 日蝕にっしょくという現象がある。月が太陽を覆い隠し、一時的に夜陰やいんが訪れる現象だ。今の状況はその日蝕に限りなく似通っていた。


「ありえない、日蝕なわけがない……!」


 しかし、これは違う。そもそもそんな予定がないことは、現在の月の神である天野自身が把握している。少なくとも、今日このタイミングで日蝕が起こるなどという予定は存在しない。

 では目の前のあれは何か。天野の中の権能が静かに告げる。

 天に浮かぶ暗い天体は太陽そのものである、と。


 天野の視界には黒く変化した太陽とは別に浮かぶ月が見えている。日蝕とはまるで原理の異なる現象が目の前で起こっているのだ。太陽が消えるはずはない。太陽は確かにそこにあるのだ。だとすれば、これは天変地異に他ならない。

 天野が慌てふためいていると、扉が乱雑らんざつに開かれた。風圧でドアベルがいつもよりも大きな音を上げ、天野は釣られるようにそちらを向いた。

 扉の前では女性が息を荒らげあたりを見渡している。


農耕神のうこうしん!」

「……月神様!」


 農耕神は天野を認識すると小走りで駆け寄る。


「どうされました。この空と、関係が……?」


 わざわざ問いただすまでもなかった。農耕神の表情を見れば、事態は一刻を争うことは想像に難くない。

 そして農耕神は、おおよそ天野が予想した通りの事を告げた。


「日神様が、お倒れになりました」



    ◇


「初めは掟神おきてのかみの元へ向かったのです。ですが、そちらは反応がありませんでした。ですので、月神様のおられるこちらに出向いた次第です」


 日神の神殿を移動しながら、農耕神は仔細しさいを語りだした。


「私は作物の生育を司る神です。日神様の異常をいち早く察知しました。最近の日神様はどこか不安定でいらしたので、気にはしていたのですが……」


 カツカツと二人分の靴が石畳を叩く音が響く。その音は小紫こむらさきの空に溶けていく。

 日神神殿の外側。中心部に三メートルほどの噴水ふんすいを備えた芝生しばふの広場があり、その周りを二人が歩く石畳の外廊下が広場を取り囲うような形で敷設されている。左右数メートル起きに並んでいる石柱の間から、満天まんてんが覗いていた。


 神殿の外側を経由しているのは、日神から招かれたわけではないためだ。如何に天野が日神と同じ天空神だからとは言っても、いきなり彼女のいる神殿内に飛ぶことはできない。

 それができるのはその空間の主が招いた時か、自身より下位の神の元に出向く際に限られる。


「月神様は、なにか日神様の異変に心当たりなどはありますか?」


 言われて逡巡する。ここ最近の日神は、何かを思いつめたような感じだったことは否めない。それに、月神の消失直前は彼女の元を訪れる回数も急増していた。


「どうでしょう。確かにここ数日様子が違ったことは認識していますが……」


 しかしそれが日神が倒れたことと関係しているのか天野には答えが出せず、眉をひそめた。


「ともかく、聞いてみる他ありませんね……」


 高さ十メートルはあろうかと言う巨大なアーチ状の扉にたどり着く。天野が手を触れると鈍い音を上げながらひとりでに開き始めた。

 隙間から徐々に差し込む光を感じ天野はとっさに目を細めたが、覚悟したほどの眩しさはなかった。恐る恐る目を開けると、日神の神殿とは思えないほどの薄暗さに包まれていた。

 神殿の最奥、僅かな採光さいこうのみに照らされた玉座には、ぐったりと肘掛ひじかけに身体を横たえる日神がいた。その顔は何かを耐えているのか、きつく歪んでいるように見える。扉が開き明かりが差し込むが、こちらに気づいた様子はなかった。


「日神!」

「日神様!」


 天野が思わず駆け出すと、横でいつの間にやら跪いていた農耕神も小走りでついてくる。ようやく気がついたのか、気だるげに頭を持ち上げた。


「あぁ、月神と……農耕神か」


 日神の様子に一瞬、違和感を感じた。日神は未だ辛そうな様子だが軽く居住まいを正すと、真っ直ぐ天野と農耕神を見た。


「何があったのですか、日神」

「……失態だったな。まさか倒れるとは思ってなかったんだ」


 申し訳無さそうに日神が言った。天野は内心でまたかと思った。倒れたことは確かに失態だ。神が倒れるなど、少なくとも天野が知り得る範囲ではあったことが無い。

 しかし、今はそれを責めているわけではないことくらい、日神は知っているはずだ。日神がまたしても質問の真意を知りながら話をはぐらかそうとしている。その態度が天野の心を逆撫でする。


「日神。もう一度だけ言います。何があったのですか」


 天野は苛立ちを隠そうとはしなかった。語調を強めて再び問う。

 日神は一瞬面を食らったように目を見開いたが、すぐにいつもの表情に戻る。


「流石に、誤魔化ごまかされてはくれないか」


 彼女のため息が神殿内に小さくこだました。


「でも、ごめんよ。全てを話すことはできない。そういう約束で――」

「日神!」


 幾度も繰り返した問答に、天野は言葉尻を遮る形で身を乗り出し怒鳴どなった。今にも掴みかかりそうな勢いの天野を横に控えていた農耕神が制止する。


「月神様、少し落ち着いてください。日神様は病床の身でございます」


 天野が日神を見る。日神は確かに衰弱して見えた。今も上体を肘掛けから起こすことができず、足も所在なく空に垂れている。天野は込み上がる怒りを無理やり抑えこむと、一拍置いて口を開く。


「日神。神が倒れるなど、異常事態に他ならない。原因もそれ相応のものになるはずだ。あなたは、全てご存知なのではないですか」

「…………」

「どうなんですか、日神」


 言い逃れはさせない。天野は今ここで日神に全てを語らせるつもりで対峙していた。

 そんな天野の様子に日神はため息を吐いた。


「ああ、原因は知っている。そして、私ではなんともできないことも、わかっている」


 日神の表情には諦観が感じ取れた。何もかもを諦めて眺めるだけのその瞳。視線が合う。

 途端、目つきが変わった。


「この問題を打破できるのはキミだけだ」

「――日神?」


 天野は背中に冷たいものを感じ、身震いした。


「キミはこの天界に渦巻く禍根の中心に身を投じる覚悟があるかい?」


 全てを投げ出したかのように見えたその瞳は決して、冷えてはいない。諦めたなど勘違いも甚だしいと天野は直感した。彼女の内にはむしろ、ぐつぐつと煮えるような想いがあった。それが、瞳の奥からこちらを眺めている。


「それは……」

「覚悟はあるかい。全てを知ったらもう、戻ることはできないんだ。今ここで、決めるしかない」


 思わず後退りたくなるのを抑えつつ、天野は思索する。

 ここで引き下がれば、恐らく何も解決しない。それどころか、そのまま「今」が続いていく。月神月代が帰ってくることはなく、やがて変わりの天神が空席を埋め、自身は完全に月神になるのだ。

 はたと、天野は思い至った。今、日神が提示していることは自身が喉から手が出るほど欲した真実だ。

 ならば。

 迷うことはない。


「教えてください、日神。俺に、何ができるのかを」


 天野の力強い返答に、日神は嬉しいような悲しいような、複雑な顔をした。目を瞑り、そして静かに呟いた。


「――飴」


 日神の口から紡がれた小さな一言。それは異様な空気が漂う神殿内に響いた。


「あの日キミに残した飴を食べるんだ」

「飴を食べることで、これらの問題が解決するのですか」

「それはキミ次第。けど、私は、キミがなんとかしてくれる、なんとかできると信じている」


 静かな応酬だった。

 未だに天野と日神の視線は交わったままだ。日神の瞳から目を逸らすことができなかった。

 日神が小さく息を吐いた。それと同時に異質で張り詰めた空気感は急速に薄れ、元の、静寂に包まれた閑散としたものへと戻っていく。


「すまない、もう限界みたいだ。少しの間休むことにするよ。私が臥している間の太陽の運行は、申し訳ないが農耕神、君に頼めるかな?」

「滞りなく。今は御自愛ください、日神様」


 下位の農耕神が上位の神の願いを断ることはない。日神もそれを理解しての申し出のはずだが、返答に安堵の息を零した。


「良かった。すぐに――そうだな、数日で戻る。それまでの間だ。すまないが、頼む。月神もそれで――」

「……日神」


 日神の言葉尻に被せる形で、不意に天野が割り込んだ。


「俺にとっての月神は、未だに月代さんだけです」


 その言葉を聞いた途端、日神は目を見開いた。日神はしばらく逡巡したのち、困ったような顔で笑いながら答えた。


「……ああ。ああ、そうだ、そのとおり。キミは、あくまで月神代理だとも」


 天野は日神の返答に満足気に頷くと、姿勢を正した。 


「では戻ります。お大事になさってください」


 柏手の乾いた音が神殿内に響き、天野の姿が消える。緊張の糸が途切れたように、日神は椅子に乱雑に寄りかかった。


「月代……月代ちゃん、か。ふふ、そんなことすら忘れてしまうなんて、情けない友人だ、私は」


 横に侍る農耕神には聞こえないように、自嘲気味に呟いた。



    ◇


 喫茶店内で天野大御は、手元にある飴玉を見つめていた。日神に言われたことを実行するためだ。

 正直なところ、天野は月神が度々生産するこの飴のことはよく理解してなかった。人だった頃の経験から、ただの甘味、嗜好品の類としか思っていなかった。


 左右で捻るように包装された飴玉を取り出す。天野が神となって以降、幾度も食べた飴と変わりはなかった。ここ数日は月神月代の不在により手にすることはなかったそれを、懐かしむように手のひらで転がす。


 この飴を舐めることで、一体何が変わるのだろうか。

 天界に渦巻く禍根とは、一体何なのか。

 天野の中でいくつもの疑問がまるで城壁のように建ち並ぶ。

 サイフォンの中でコーヒーが熱され沸々という唸りが次第に大きくなってきた。日神はいつもブラックコーヒーと共にこの飴を食べていた。なんとなく天野もそれに合わせようと思い至ったのだ。


 慣れた手つきでコーヒーをカップに注いでいく。日神に倣い、砂糖もミルクも入れない。コーヒーを淹れなくなって久しく経つ天野には、どの動作もひどく懐かしく感じられた。

 コーヒーから立ち込める湯気が、ほのかに酸味の効いた香ばしい匂いを拡散させる。

 飴玉を口元に運んでいく。舐める直前、耐え難いほどの甘味を想像して天野の手が止まった。

 天野が月神から貰う飴はどれも酷く甘かった。覚悟をしなければ顔をしかめてしまうほどの甘味を、身体がやんわりと否定していた。


 しかし、舐めなければならない。その為に、中和用のコーヒーを用意したのだ。天野は意を決して飴玉を口の中に放り込む。


 ――途端、途方もないほどの苦味・・が天野の口の中を駆け抜けた。


 否、それは苦味というレベルを遥かに超えていた。天野の顔は歪み、口元に手を当て飴玉を吐き出そうとする。

 しかし、飴玉はどういう理屈か口から出ることはなかった。不快感が強くなり、次第に吐き気に変換される。しかし吐くことはできない。


 咄嗟に用意したコーヒーを啜る。ブラックコーヒーのはずのそれは、この飴と比べれば遙かに甘く、おいしく感じた。

 天野は理解した。現月神の彼は分かってしまった。


後悔と懺悔(・・・・・)免罪の権能(・・・・・)……!」


 それは紛れもなく、罪の制定と救済を司る月神の権能の一部だった。天野の中に燻ぶる後悔の念が音を立て沸き上がる。なぜ月神が消えてしまったのか、本当に自分にはどうすることもできなかったのか。なぜ消失の瞬間に立ち会うことができなかったのか。


 自責の念が絶え間なく押し寄せるのを、月神自身の禊ぎの力で瞬時に打ち消していく。そうしなければ呑まれてしまう。月神である彼でさえ抗いがたいほどの力だった。

 一拍起き、状況を整理する。

 月神月代がどういう仕組みか飴玉に自身の権能を付加し、それを人に与える事で潔斎を行っていた事は知っていた。人によっては贖罪のために罪の側面が強く出ることもある。だから、苦い飴があることは理解できた。しかし、この状況は異質だ。


「どうして、日神に渡された飴が、このような……」


 問題はこの飴が、月代から日和に渡された個人的な贈り物だった、ということだ。

 個人間の贈り物に、わざわざ権能を付与する必要はない。天野が食べていた飴は何も付加されていないただの飴だった。自身よりも遥かに親しい間柄の二人の贈り物には到底似つかわしくない。


「それに……俺や日神はあくまでも神だ。神に影響する罪の権能なんて……」


 彼女たちは共に神の罪を裁けるような立ち位置ではない。それはあくまでも天神の、天野大御の領分だ。神に罪の意識を植え付けることなど、彼女たちには本来不可能なはずだった。


「あの……」

「…………?」


 天野の思考を中断させたのは、思わぬ存在だった。

 天野には最初、それが何の音なのか理解できなかった。低音であることは辛うじて認識できたが、理解が追いついていない。


「……すみません、注文いいですか?」


 それは声だった。男の、第三者の声だ。天野は目をぱちくりさせた。


「これは……一体……」


 しばらく考えこんで、天野はここがどういう空間なのかを思い出した。

 天野に声をかけたのは、紛れもなく喫茶店に来訪した潔斎者だったのだ。

 彼はこの空間で、これまでの客のように胡乱に過ごすのではなく、御品書を眺め注文の意思を示していた。

 それは、人間が天野を、月神のことを認識したということ。そして天野もまた、彼のことをきちんと認識できていた。


「本当に、何が、起こっているんだ……」


 唐突に本来の役割を取り戻した喫茶店の中で、動転した天野の言葉が虚しく消えていった。

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