1-とりあえず出よう。話はそれからだ
この世界にきてからというもの、かなりの時間がたったと思うんだが。なかなか日の光を浴びることができない。
一概にかなりの時間がたったといっても何が何だかわからないと思うので色々あったことを
整頓していこうとおもう。
まず1つ、本当にびっくりしたんだが・・・
俺は空を飛べるようになっているみたいだ。
先程、自分が本当に生きているのかの実感が湧かず、とりあえず体を動かしてみようとおもった。
ストレッチをしつつ…その一環として肩甲骨付近に力を入れたらふいに体が浮かび上がったのだ。
焦りに焦ったし、2メートルくらい一気にフワッと浮いたりしたので怖かった。普通に落下して足捻挫しかけたし…痛みは全く感じなかったけど。
背中のあたりをさすってみるとなにやら羽が生えているみたいだった。異物が体についている感覚。まったく今まで味わったことのない違和感に身を震わせながらも、俺の心の中には火が付いた。
(この羽があれば空を飛べるかもしれない!)
そんな風に考えてしまったら、空を飛びたくなるのが男のサガといったものだろう。
移動するのも忘れて飛ぶ練習を始めようとしたのだが…
飛行には異常なほどまでに体力を用いるらしく、全然体力がもたない。
それもその筈俺は決して体力のある人物ではない。俺の体力は運動部所属、すなわち体育会系の人間どころか、普通に運動のできる一般的な高校生男子にすら劣る。
寮生活なんてものしてたからバイト三昧で、その上多趣味であったが故に部活なんかにも全くもって参加せず、そもそもそのバイトとやらも体を動かさない事務作業のアルバイトであったので全然体力がつかない。
しかもまともに飯も食ってなかったから周囲の人間からは「食事行為を必要としないゾンビだ」なんだとひどい言われようだった。体育も保健室に逃げてたようなタイプだ。
とりあえずこんなんじゃ生きていけないだろう。俺は羽の存在を通じて初めて己に体力をつけようとおもった。
2つ、どうやら俺がいたところは森ではなく洞窟であったという事。
もうどう見ても神秘的極まりないというか、森みたいな見た目してたくせに全然森じゃなかった。 先ほど行っていた飛行練習の一環としてとりあえず「どこまで飛べるのかなー」みたいな感じで飛んだら5メートルくらい浮いたとこで頭が岩にぶち当たった。
空を飛んでいた時の興奮のせいか頭を打ってもそこまで痛みを感じなかったのが幸いだった…。
ちなみに…今まで自分が葉だと思っていた自分の上を覆っていた「ソレ」は緑色をした大量のコウモリだったらしく、俺が天井にぶつかった瞬間大量に飛び立っていった。
あんな葉っぱに似てるコウモリなんて見たことないし、てか純粋に気持ち悪かったので腰が抜けそうになった。抜けなかったんだけど。
そんでわずかに漏れてきていた光のようなものは光るキノコだった。綺麗な空色に光っていたからマジで外だと思った。悪質。実に悪質。
かなりの時間がたったといっても基本歩いてただけだからわかったのはこんなもんだった。
いまだここがどこなのかもわからない。のだが恐怖心はなぜかない。自分でも不思議だ。
恐怖心がないゆえかなんか…それでまあなんというか…お腹が空いてしまった。
近場にある食べ物なんてほんとに特に何もない。いや上を見上げたら葉に擬態しているかのようなあの生き物がいるのだが、さすがにそれを食べる気にはならない。
しかも不思議にもお腹はこんなに空くにもかかわらず、のどは全く乾かない。
とりあえず洞窟の外にでも出たら何か食べられるものがあるだろう、いまは乾いてなくても喉がそのうち乾いたとき、何か飲めるものがあると良いなと思ってとりあえず歩を進めることにした。
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歩き続けて。二時間位たっただろうか。いま時計なんて持ってないし、
体内時計なんてものも持ちあわせていないから完全に感覚なのだが。
かなり歩いたような気がする、というか本当に凄く歩いた。
体力が回復した次第に空を飛ぶ練習とかしてたのもあったけどかなりの距離進んだはずなのに。
「…全然出口ねえじゃねえか!!!ふざけやがってええ!このクソ洞窟が!!!!」
思わず叫んでしまった。
この洞窟に悪態をつきながら。クソ洞窟ってなんだ、自分で思い返しても意味の分からないことを言ったなと思う。
ただ…精神的にも身体的にも割と参ってきているのは確かだ。どこかに休める場所はないだろうか…
と、ふと前を見ると、切り株がぽつんとたたずんでた。
割と大きめで、なんというか座り心地がよさそうな…
ラッキー!!と休もうとして腰を掛けた。それがすべての間違いだった。
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俺は今バカみたいにでかいクマに襲われている。
なんでかっていうと、まあ、でかい切り株だと思っていたソレは、{寝てたら切り株にしか見えない謎の見た目をしたクマ}だった。
何とかしてその巨体から逃げようと足を動かし続ける。
何とか引き離せるか?と希望を持ったのもつかの間…
ヤツはとても早く、到底逃げ切れなかった。
眼前にそいつが立ちふさがり、鋭い牙を見せた
ーーーああ…俺、まさか、ここで死ぬのかな…?
なんでまた死ぬんだよ、俺さっき死んだばっかりだろ。
おかしいだろ?
牙が俺の肩に食い込む。
ーーー終わった
そう確信した。
ーーーーー確信したはずだった。
俺の体には傷一つつかなかった。痛みも感じない。
「…?」
自分でもびっくりした。なんだ、この耐久力?あのサイズのクマにかまれたら普通即死のはず…とか思っていた。
それに気づいたヤツは狼狽える素振りを見せた。
「…もしかして、この体、俺が思っている以上に丈夫なのか…?」
そんなことをのんきに考えてる間に奴は逃げ去って行く。
逃げたのだろうか。
生物の本能として俺に敵わないと思って逃げたのか?
それともなにか別の理由があってこの場から離れただけなのか?
よくわからないが命を失うことはなかった。
クマは逃げたものの逃亡中にかなり走っていた俺は見知らぬ風景の中に取り残されていた
…回りくどく書いたが、つまり迷子だ。
とはいえ自分がどこにいるのかなんて全く、ずーっと知らなかったわけだし。
最初から迷子だったようなものだし、とりあえずまた歩き続けようか。
そしてその後すぐ1時間くらい歩き続けていたら、獣道のような道が洞窟の中にできていた。
「生物が通った跡…?」
獣道とは、まあ、そのまま。地上に生息している生物が通ることによってできる道なのだが…
「この道、結構長い間いろんな生物が通っていたのか…?特定の足跡じゃない、完全に色んなヤツに踏み続けられて道ができてる…」
この洞窟内部では、基本生物はコウモリしか見ていない。切り株に擬態していた熊もいたのはいたが、結構長い間ずっと歩き続けてきて地上の生物はそいつ一体しか見ていない。
となると…
「…この洞窟の外から何かしらの生物が、長い間入ってきていたのか…?
出口はもしかしてこの道の先にあるんじゃないか?」
高らかに胸が鳴った。出口の予感。それはこの世界に来て初めて感じた{希望}だった。
道に沿って歩いていくとすぐ、目に入ってきたのはその希望が形になったものだった。
光
それは今まで見てきた光とは一線を画していた。
キノコとかが光って発しているものではないとわかる、懐かしの、暖かい光。
そこからはもう一心不乱に走り続けて、気づけば光に俺の体は包まれていた。
「ここが…外か!」
まぶしさで目がやられる。洞窟の中も光はあったとはいえど基本的に薄暗かったので、やっぱりこんなふうにまばゆい陽の光を浴びると眼前が真っ暗になるものである。
何とか目を慣らし、周囲を見渡す…
そこは一面の野原だった。目の前には草が一切生えていないが、整備こそされている雰囲気のない道が一本あるだけ。先ほどまでいた洞窟をかこう岩がなんともこの風景にミスマッチである。
ただ、外に出られただけでこんなにもうれしいなんて。一種の達成感を覚えながら、俺は声高に叫んだ。
「俺の冒険は、ここからだー!!!!!!!」
それと同時に腹の音がぐぅと鳴く。
とりあえず早く、腹ごしらえしないとな…。