『僕とフルールが一つになった後』
僕の家には音楽がかかっていた。猫の家のあの曲だ。なぜか家にいると、かけていたくなる。あまりに普段からそうしているせいで、もう目をつむっていても出来そうだ。今日なんか、流していたのに後から気付いた程だ。
躰が燃えるように熱い。声が漏れる。全身をぞわぞわする感覚が走っていく。ベッドの柔らかな感触を背中に感じて、指先に温かい柔らかな感触を――。
ノックの音だ。
無視しようと思った。というより、心に決めて、無視しようとした。でも、できなかった。ノックの音が激しくなり、ドクの声が聞こえたからだ。
良いところだったのに。すごく、すごく良いところだったのに。僕は息を、細く、長く吐き出し、躰を起こした。
「今行くよ! 待ってて!」
扉に向かってそう言って、僕はシャツのボタンを留めて、カーゴパンツのファスナーを閉める。ロッカーを開き、一応、鏡を見る。ちょっと顔が赤いけど、これは仕方がないだろう。突然来た、ドクが悪い。
念のため、僕はキャロラインを抜いて、扉を開ける。
額に汗した、ドクがいた。他には誰もいなそうだ。
「やぁフルール。調子はどうだい?」
「調子はまぁまぁ。気分はあんまり良くないけど」
キャロラインをホルスターに戻し扉を開くと、ドクが家に入ってくる。そのまま、疲れたような様子で机の椅子に腰をかけ、足を投げ出す。街から出るのが少ない人だから、ここまで歩くだけでヘトヘトなんだろう。もっと躰を鍛えておかないと、いざというとき困るのに。
僕はポットを取って、冷めたハーブティをコップに注ぎ、ドクの座る机に置いた。
ドクはすぐにそれを取って、一口飲んだ。
「うん。まさか本当にお前がハーブティを淹れるようになるとはね」
僕はベッドに座って、言葉を投げ返す。
「ドクがそうしたらどうかって言ったんじゃないか。フローレンスの様子はどう? 元気にしてる?」
「まだまだ。お前がタフすぎるんだ。あれだけのケガをしてたってのに、もう傷もなく、歩き出してる。流石の彼も、そこまでは無理だ」
「もう歳だしね。引退すればいいのに」
ドクは大きな声で笑った。ひとしきり笑った後、また一口、紅茶を飲んだ。よっぽど喉が渇いていたんだろう。
「彼も、引退できるなら、もうしてるさ。タイラーが育つまでは無理なんだろうよ」
ビビり屋タイラー。彼が育つなんてあるのだろうか。あれから何度か街にも足を運びはしたけど、彼は僕を見ると、逃げるように姿を隠す。
「それで、今日は何の用?」
ドクは身を乗り出し、覗きこむように僕に目を合わせた。
「ただの経過観察さ。足の傷と、お前のストレスのな。まぁ足の方は大丈夫そうだ。部屋の中に物が増えてるしな。問題は、こっちだ」
ドクは大真面目な顔で、自分の胸を指さしていた。多分、心の方は大丈夫か、と言いたいのだろう。たまにドクは、こうして演技がかった事をする。
「心の方に問題があるのは、ドクの方じゃない? いくら仕事が嫌だからって、こう何度も来られると、僕も困るよ」
肩をすくめたドクが、机の上の日記を手に取り、勝手に開く
「何だ? またバトルログが増えたのか? どれだけ殺せば気が済むんだ?」
知りもしないのに、なんでそんなことを言われなきゃいけないのか。
それにここ何日も人を殺したりなんかしていない。大体、それはただの日記だ。
「言ったでしょ? それはただの日記帳。そんな名前なのは、生きることは――」
そこで気付いた。また言わされた。僕はうなだれ、膝に肘をついて、両手で顔を覆う。ニヤついているであろうドクの顔を見たくなかったからだ。
ドクは僕の言葉の先を継いだ。
「生きることは、戦いだから?」
ドクは笑いながら続ける。
「お前は詩人になったらどうだ?」
とうとう大声で笑い出した。お腹を抱えて笑っていそうだ。僕は顔が熱くなるのを感じていた。だから家に来てほしくないんだ。
ドクが笑うのを止めて、気遣うような、低い声を出す。
「それで、お前、街には住まないのか? 他に何か予定は作ったか?」
僕は顔を覆うのをやめて、ドクを見る。窓から入った光を背にしていて、表情までは分からなかった。
「いままで通り、ここで暮らすよ。ただ、ドクの言った通り、しばらくここを離れて、猫の家に帰ってみようと思ってる。まだ猫の家の記憶は曖昧だからね。まぁ、そのときは、家の扉に『お出かけ中』のプレートでもかけておくよ」
ドクは顎に手を当てて、ゆっくり息を吐いて、立ち上がった。
「それもいいかもしれないな。故郷に帰ってみるってのは、記憶を戻すのにはいいことだ。もう行くよ。俺も仕事と戦わないとな」
ドクは笑いながら席を立つ。ちょっと腹立たしい。いったい、あと何回僕をからかえば、彼の気は済むのだろうか。
扉の外に出たところで、ドクは窓下のカモミールの細長い鉢に目を向け、振り返った。
「ここは日差しが強いから、そろそろしまった方がいいぞ?」
僕は黙って、窓下に付けられているトグルスイッチを下ろす。バシャン、と小気味いい音を立てて、カモミールの鉢植えに小さな庇が降りた。ちゃんと影の下に入ってる。自分で作っておいてなんだけど、いい出来だ。
ドクは苦笑いを浮かべて言った。
「よくやるよ」
彼は手を上げ、少しさびしそうに言った。
「またな」
僕は腕を組んで扉の外枠に寄り掛かり、小さく手を挙げて、出来るだけ優しく聞こえるように、気を張った。
「もう来なくていいよ」
僕は笑っていた。
僕の中の『僕とフルール』も、きっと笑っている。
まずはここまでお読み頂き、誠にありがとうございます。
書いているうちにジャンルが良く分からなくなってしまった拙作ですが、ネタ自体はかなり気に入っていたりします。僕の一人称で喋らないヒロインの躰の中にいる、とか私的にはライトノベルな設定なのですが、どうでしょうか。
一応SFとついている通り、可能な限り出てくる設定には説明がついていたりします。でも作中ではそれを書いていないのでファンタジー、みたいな。
そして、誠に申し訳ありません。
あんまり自作について言い訳したくない、とは思うのですが、一つだけ。
文章を見直すと、すごく、すごく稚拙。
最初はちょこちょこ修正かけながら投稿していたのです。けれど、もう修正するくらいなら書き直した方が早い、というレベルで文章がふわふわしています。もうネタに対して執筆当時の私の筆力が追いついていないのが丸わかりという。書いたのが拙作『秘密結社~』よりも前なので、致し方なし。
さすがに今ならもう少しマトモに書ける……ハズ。
ともあれ、お読みいただきありがとうございました。
次は……落ち着いたら『死にたい人たち』の残りを書きたいなぁ。




