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 城内をひっくり返す勢いで地図を探した結果、古ぼけたものが一枚だけあった。ちょっと力を入れたらボロボロ崩れてしまいそうな古さだが少女の目がないうちに魔法で修復する。ついでに最新化する魔法もかけたらまったく違う地図になった。もしかしたら、文化財レベルの地図だったのかもしれない。


 もとの部屋に戻ると、少女は大人しくベッドの端に座って待っていた。相変わらず何を考えているのかまったく読めない無の表情である。


「地図があったよ。俺の金を分けてあげるから、一人で行ってくれないかな」

「無理です」


 即答である。

 魔王の周りにいた女性は一癖も二癖もある個性派揃いであったが、この少女もなかなかな予感がした。


「俺、さ、もうしばらくここの調査をしないといけないんだ。だから……」

「では、それが終わってからで構いません。むしろ私もお手伝いします」

「専門的なものだから……。時間もかかるし、ここには何もないし」

「仕方ありません、私の我儘なのですから。そのあたりの草でも探して食べておきますので」

「それはちょっと……」

「貴方様が、私が視界に入ることすら嫌と言うのならば外で待っています。それでもだめ、ですか」


 本気でやってしまいそうな少女に、もともとノーと言えない魔人である魔王が折れることは当然と言えた。

 むしろいつもより粘れた方である。


「わかった、わかったよ。君を王都まで連れて行くよ」

「ありがとうございます」


 少女はまったく嬉しくなさそうだったが、まあそれなりに喜んでいるのだろう。もう一度、手伝いますか、と尋ねてきた。

 魔王は少女に、旅をしながら遺跡などを調査している者だと言った。魔王の幼い頃のささやかな夢である。今となっては叶うはずもない夢なので、口にしたときは内心ちょっと悲しくなった。

 少しも疑わない少女に罪悪感を覚えたりもしたが、正体がばれるよりましだ。魔王だとか勇者だとか、この大陸に暮らす者なら幼子でも知っていることすら知らないのだから、この廃墟、もとい城が魔王城だなんて思いもしないだろうし、こんな廃墟に住もうとしている者がいるだなんて普通の人間なら頭をかすめたりすらしない。騙していることは心苦しいが、魔王だからと己に言い聞かせる。

 一個人としての魔王は気の弱いヘタレでしかない。よく兄に、もっと男らしくなれと叱られていたくらいだ。


 そもそも魔王と勇者(仮)である少女とが一緒にいていいはずがない。

 ちょっと違う気もするが、善は急げということで、持ってきた荷物と地図をまとめた。


「こんな夜ではあるけど、もうすぐ朝も来るし、とりあえず近くの町まで行こうか。ここには食べるものも飲むものもないし。あ、眠くはない?」


 急にやる気を出した魔王に少女も喜んだ。と、思う。声が少し高くなって、「大丈夫です。こんな状況で眠れるほど、図太くもありませんから」と言いながら立ち上がった。

 トラップをかいくぐり、外に出る。空は少し色を薄めていた。靄は変わりないが。


「っくしゅ」


 さて行くかと荒れた庭を歩いているとき、少女が可愛らしいくしゃみをした。

 思い起こせば今は冬である。雪の季節にはまだ早いが、それでもなかなかに冷える。

 魔王は魔人の中でも特に身体能力の高い種族である。故に、あまり寒さ暑さに弱くはない。だが、見たところ少女はただの人間であるらしい。これは出身によれば相当寒いのだろう。


 しかし、女の子。上着を貸そうにも、女の子である。

 果たして齢百三十を数える魔王が上着を貸したとして、嫌がりはしないだろうか。

 実年齢はともかく、魔王の見た目はせいぜい二十代前半だ。きっと大丈夫だと信じて、上着を脱いだ。


「寒いでしょ、よかったらこれ、使って」

「……貴方様は大丈夫なのですか」

「俺は……雪国出身だから。寒さには強いんだ」


 少女の黒い瞳は魔王の嘘を見抜いてしまいそうで恐ろしい。

 いつか魔王と勇者として対峙するというのに、これほどに嘘を吐き続けたら、そのとききっと少しの情けもなく容赦もなく殺されてしまいそうだ。


 魔王と上着とを見比べて、恐る恐る手に取った。魔王も何故かドキドキしてしまっている。

 じっと上着を見つめた後、少女の目は再度魔王を映した。なんだか、自分は浅ましい変態だと思った。


「……ありがとうございます。使わせていただきます」


 ぎゅっと上着を抱きしめて、少女は魔王の前で初めて、ほんの微かに笑った。


 ――かわいい。


 と思ったところでハッと我に返る。これだから変態じみているのだ。こんな若い、むしろ幼い少女にこれはない。というかこれは純粋に、素直にそう思っただけで、犬猫を可愛がるのと同じものだ。


「冬服でよかったとは思いますが、今はとても寒いのですね、この世界は」


 小柄な少女が魔王の上着を羽織ると、予想通りぶかぶかだった。

 けれど満足そうにしているのでこれでよかったのだろう。ホッと胸を撫で下ろし、前を向きなおす。


 実のところ、魔王も王都には行ったことがなかったりする。

 生まれて今になるまでずっと魔界に引きこもっていたのだ。人間界のことは無知に近い。そも、魔界でもここ五十年ほど自室で寝続けていたのだから、魔界のことすら何も知らない。

 そんな魔王だが、その生まれ持った光属性の魔力のおかげで、世間知らずを晒さずに済んでいる。


 魔王の扱う光魔法は、希望、未来、智慧など明るいものを司る。

 単純に光を操って目くらましもできるし、地図を新しくしたように未来を反映させることもできるし、世間一般の常識くらいなら己自身に魔法をかけることで知ることができる。闇魔法はその逆で、新しい物を古くし、賢者を愚者に変えてしまう悪趣味なものだ。個人的には、魔王は光属性でよかったなと思っている。

 なんといってもメリットが多いのだ。魔法の実力的にはごく普通、並でしかないが、光魔法は扱える者が少ない。魔人では皆無だ。本来、魔王の遅静葉全員闇属性のはずである。しかしこの現実、不思議なことばかりだ。

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