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1-1 ヒカリの魔王と呼ばれた勇者

 歴代魔王は闇の支配者であった。

 人間どもは圧倒的で絶望的なまでの力を持つ魔王を恐れ、百年に一度、神により選ばれし勇者にすべての希望を託していた。


 歴代勇者は光の支配者であった。

 魔王に唯一対抗しうる力を持つ、人々の唯一の希望。百年に一度、人々に救いを与えられる者。


 魔王と勇者は常に対立関係にある。

 闇と光がぶつかり合い、魔が世を総べるか人間が世を総べるかが決せられる。


 それは、この大陸が神によって創られたときから定められたこと。

 魔王が闇を、勇者が光を、そして闇にも光にも転じる人間が、どちらかを選ぶ。


 人間にとって神がもたらした一種の試練であった。

 故に魔王は闇以外のものにはなれず、勇者も光以外のものにはなれない。






 ――なれない、はずなのに。






 現魔王は心底疲弊しきった顔で城を見上げた。霧のような黒い靄がかかっていて上の方など特によく見えないが、両手に大量の荷物を抱えて、城を見上げていた。

 その城は大層立派なものではあるのだが、如何せん人の手が入っていない感がありありと伝わってくる。壁なんかは蔦が這っているし、しかもその蔦は枯れていて無残だし、門についた錠はかろうじて引っかかっているだけで役目を果たしきれていない。見上げてみれば屋根が吹っ飛んだ塔が放置されているし、見下ろしてみれば城に繋がる石畳の道に草が生えまくっていて人もろくに通れない。

 今すぐ振り向いて道なき道を草かき分けてでも走って逃げたい――。そうは思うものの、一目で「あ、これ魔王いそう」と思えるこの城こそ、現魔王の今晩からの家である。

 なんだか惨めな気持ちになってきて、空を見上げる。星も月も、分厚い雲に覆われていた。泣きたくなるのも仕方のないことだった。


 溜め息を連続で二回ほど吐いてから、意を決して門に手をかける。と、門はぎぃいっがっしゃと耳の痛い音を立てて向こう側に倒れ、魔王に溜め息をもう一度吐かせた。

 庭も凄まじいものである。木々も花も枯れ切って、噴水だったものは水もなく爆破されたのだろう、半分砕け散っていた。そして、こんな状態なのに無駄に広い。

 予想を裏切ることなく、玄関も酷い有様だった。まず当然のように扉がない。足元に散らばった木屑と金具は、きっと扉の残骸だ。真っ直ぐに敷かれた赤いカーペットは焼け焦げて幅が均一でなく、その先の大階段には手すりがない。シャンデリアはもちろん落ちて悲惨だ。


 いちいち溜め息を吐きながら、魔王はトラップにも思える瓦礫たちを避け、なんとか歴代魔王の私室まで辿り着いた。

 これは、理性ある生き物の住む場所ではない。

 魔王は己の両親を恨んだ。元はと言えば先代魔王たる父と先代勇者との戦いでこの城はこんなことになったのである。そして直しもせずに子に譲り渡したのは、親として、いや理性ある魔族として最低ではないのか。ふつふつと湧き上がる怒りを呑み込みながら、たぶん父が使っていたであろう埃まみれのベッドに腰掛けた。ぽふん、と座ったはずなのに、ぼふっと予想以上の埃が舞い上がった。


 異変が起きたのは、その時である。

 何度目かわかりもしない溜め息を吐こうとしながら視線を上げると、天井がキラキラ光っているではないか。心なしか、その光は細く円を描いている。


 ――待て、待て待て待て待て!


 溜め息を吐いている場合ではない。魔王はその光がか細さに反して多すぎかつ密度高すぎな魔力を含んでいることに気が付いた。こんなところでそんな魔法を使われてしまっては、なんかもう色々まずい。まず場所が場所である。魔王城である。廃墟じみてはいるが、未だこの城自体に染みついた闇属性の魔力は薄まることを知らない。もしこの魔法が探査系のもので、人間たちがかけたものだとしたら――想像しただけで胃が痛くなる。

 かくなる上は、と光に向けて右手をかざす。しかし魔王は魔法を使うことはできなかった。最後の最後に躊躇ってしまったのだ。


 そうこうしているうちに、光は魔法陣を描ききってしまった。


「ああ、終わった――……」


 魔王就任、初日で死亡。

 この魔力の感じからして、魔王はそんな魔界新聞の一面を思い浮かべた。

 ブォンッと魔法陣から強烈な風と眩い光が発せられ、埃が視界を覆うほどに舞う。ベッドから少し離れた魔王は、腕で目を庇い、収まって来たころに恐る恐る見てみると――


「……終わった」


 明らかに異国、明らかに異界からやってきたと思しき少女が、ベッドの上で呆けていた。

 薄々そんな気はしていたのだ。魔法陣の一部に有名な勇者召喚の呪文が書かれていたあたり、たぶんこうなるだろうとは思っていた。

 わかっていてもがっくりくるものはがっくりくる。少女は呆けていたものの、すぐ険しい表情になり、辺りを見回して、当然魔王を見つける。


「失礼ですが、ここはどこですか」


 魔王城でーす、とは言えるはずもなかった。

 黒い髪に黒い瞳の少女は、服についた埃を払いながらベッドを降り、こちらに声をかけた。魔王はというと、あまりに感情の滲まない少女の言葉に、動揺丸出しで答える。


「ま、街外れの、なんか不気味な廃墟です……」


 今晩からここに住むと言うのに、自分で廃墟と言うことのなんと惨めなことか。魔王は己の、周囲の不運を全力で吸収していく体質をよく理解していた。溜め息はすんでのところで飲み込む。


「廃墟、ですか。見たところ日本ではないようですが、一体何故、私がこんなところにいるのか、知っていたりはしませんか」

「も、もし、もしかしたら、きっ君は異界の方かな? そうだとしたら、たた、たぶん、間違って王宮じゃなくてここ、ここに落ちちゃったんだろうね」

「落ち着いてください。異界とはどういうことですか、異なる世界、という認識で正解でしょうか」

「そう! ことこなるせかい!」

「異なる世界、です。落ち着いてください」


 自分らしくなく戸惑いが前面に出ている。冷や汗が体中を伝って気持ちが悪い。今の自分の喋り方も気持ち悪い。

 少女は拍子抜けするほど冷静であった。傍から見れば魔王こそ召喚された人間に思えるだろう。姿だけを見れば、魔王は人間と全く同じ姿に見える。


「本来は、私は王宮というところにいるはず、ということでしょうか。間違ってこの、貴方様の言葉を借りれば、この街外れの廃墟に落ちた、と」

「……そうなるね。たぶん君は、王宮で、国から正式に迎えられる存在だ」

「ようやく落ち着かれたようですね。大丈夫ですか」

「うん、なんかごめん、滅多に見れない魔法だったもんだから」


 滅多に見れないどころか百年に一度の大魔法である。

 召喚されたばかりだというのに、少女はあまりに冷静で、正確に状況を把握していった。歳は十代前半だろうか、幼さの残る顔をしている。笑ったら可愛いだろうに、無表情を極めすぎていて冷たさと鋭さがある。


「では、とにかく私は王宮へ向かえばいいのですね。そこへ行けば、私が何故この世界にいるのかもわかると」

「ここから王宮のある王都へは、すぐ近くの街で馬車に乗れば二日くらいで着くよ」

「ご親切に、ありがとうございます。ですが、私はこちらの世界の通貨を持っていないどころか知りもしないので、馬車に乗せていただけるかどうかすら」

「ああ……」

「……初対面の方に、このようなことを頼むのは、大変申し訳ないのですが」


 大変申し訳なさそうではない虚無の顔のまま、少女は頭を下げた。


「私を、王宮まで、送ってはいただけないでしょうか」

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