昨日俺は死んだ
昨日俺は死んだ。自ら死を選んだというべきか。大多数の人間は、自殺する人間には理由があると思うだろう。しかし、俺はそうは思わない。人が生きるのに厳密な理由がないのと同様に、人が死ぬのにも理由などないのだ。
季節は小春日和。夕方は日が落ちるのが早く、冷え込んで寒さが身にしみるが、昼間は穏やかで暖かい空気が辺りを包む。太陽の光が厳しい冬の前に見せる最後の陽気。
朝起きて、カーテンを開け、目の中に眩しい日の光が飛びこんできたときに、ある言葉が俺の頭に浮かんだのだった。果たして、それは悪魔の囁きだったのかもしれない。ふと、インディアンの古い言葉が脳裏を過ぎったのだ。あのスー族の有名な言葉が。思わず俺は声に出して呟いてしまった。
「今日は死ぬのにはいい日だ」
そうして、俺は自殺を決行することにした。
まずやったのは、パソコンのハードディスクをぶち壊すことだった。何故か? 想像には難くないだろう。自分の死後、他人に自分のパソコンの中身を見られることほど恥ずかしいことはない。パソコンのハードディスク内に、他人に見られては困るデータが入っていない人間というものが居れば、一度お目にかかってみたいものだ。いや、別に後ろ暗い画像などは何も入っていないのだが。以前ファンの掃除をしたときと同じように、手早く分解した後、ハードディスクを取り出して、思い切り床に叩き付ける。それで万事解決だ。
それから部屋の掃除をする。それはすぐに終わった。本棚を以前占領していた本は少し前に古本屋に売り払って、随分とさっぱりしたものだ。PCゲームがまだ数本残っている(今は店頭でほとんど見かけないので、何となく売り辛かったのだ)。もともと、服は最低限のものしかないため、処分するほどのこともない。
本棚にお守りのように置いてあった遮光瓶を手に取ってから、俺はしばらくの間、臨終の言葉について思考を巡らせてみた。人生の終焉ぐらいは、格好いい言葉で締め括りたいものだと思ったのだ。
俺にはピエール・シモン・ド・ラプラスのように、最期の言葉をあらかじめ用意しておいて、練習しておくという甲斐性は無かったし、死に際に二度死ぬなんてごめんだと言った、リチャード・フィリップス・ファインマンのような卓越したユーモアセンスも持ち合わせちゃいない。遺書でも遺しておくか? けれども、文章力もぐだぐだな俺が、小綺麗な辞世の句を書けるとも思えない。
少し考えた後に、俺は諦めることにした。どう考えても、俺には無理のようだ。
遮光瓶を逆さに振る。その中身は医者から処方された睡眠薬である。もちろん、処方箋通りの服用量では死ねないために、大量の錠剤を口に含む。それから冷蔵庫の前に行って、奥から缶ビールを取り出して蓋を開け、喉に勢い良く流し込んで、錠剤をゆっくりと嚥下する。
しばらくすると、身体中がひどい脱力感に襲われた。凄まじい眠気が俺を苛み、それと同時に呼吸が止まりそうになる。あまりの息苦しさに俺は胸を押さえるが、指には全く力が入らない。視界がぐらぐらと揺れて、世界の輪郭が次第にぼやけてゆく。ついに俺の意識は闇に落ちた。
それから、どのくらいの時間が経ったのだろう。気が付けば俺は無明の空間をふわりふわりと漂っていた。暗所恐怖症ならば気が狂いそうになるほどの深い闇だ。しかし、基本低血圧の俺は朝にすこぶる弱く、光の射さぬ環境のほうが落ち着く体質である。つまりは典型的な夜行性動物という訳だ。
当てもなくその空間内を彷徨い続けるのもどうかと思ったので、俺はその場に止まる努力をすることにした。驚くべきことに、心にそう念じるだけで、俺の身体はぴたりと静止する。もしかすると、立とうと思えば立てるんじゃないのか? そう思っておそるおそる一歩踏み出せば、確かに足の裏には地面の感触がある。一歩。さらにもう一歩。そうやってゆっくりと暗闇の中を歩いていくと、背後に人の気配を感じた。
不審に思って振り向くと、黒ずくめの少女がその場に立っていた。暗闇の中でも何故かその姿ははっきりと見える。俺はその少女に一瞬目を奪われてしまう。夢を見ているのだろうか?
彼女はシンプルな黒いブラウスに同色のスカートを身に纏っており、長い白髪が艶やかに背に流れていた。その整った目鼻立ちに、青灰色の瞳が絶妙な位置で嵌っている。俺の好みよりは幾分若かったが、美人といってもいいだろう。
俺的には、彼女がニーソックスを穿いていたところも、ポイントが高かった。ニーソックスが何かということを理解できない人間のために、あえて説明しておくと、膝上丈まである靴下のことをそう呼ぶのである。正確には、オーバーニーソックスという言い方が正しいのだろうが。スカートとニーソックスの間は犯されざる絶対領域だ。特に美少女の場合は。
目を見開いて少女の細い足をじっと見つめていると、冷たい視線が俺に突き刺さる。
「……お前が新しい塵か。柿谷英里」
開口一番、その少女は風貌に似合わぬ毒舌でそう言った。そいつはどうしてだか分からないが、俺の名前を正確に把握していたようだ。いくら美少女といえども、初対面の相手に罵詈雑言を浴びせられるのは、やはり気分のいいものではない。
「いきなり現れて、人を塵呼ばわりするな」
俺は目尻を吊り上げて、精一杯凄んでみる。少女は俺の視線にも全く動じず、こちらを見返してきた。
「塵を塵と言って何が悪い。死に損ないめが。だいたいお前みたいな莫迦のせいで、私達死を司る天使がどれだけ苦労すると思っている。中途半端に死ぬな、全く。どうせ死ぬのなら、きっちりと死んでくれ」
俺の眼前にいる非常に偉そうな美少女は死の天使らしい。しかし、ここは死後の世界ではないのだろうか?
「死に行くものに、名を名乗ることほど無意味なことはないな」
「その行為に意味があるかどうかは、お前が決めることじゃない。俺が決めることだ」
「ふむ。塵の言うことにしては、一理あるな。私は沈黙の天使デュマーだ」
自分で沈黙の天使とか言ってて恥ずかしくないのか、と内心思った俺だが、口に出せばこの天使に足蹴にされそうなので、止めておくことにする。断じて俺にはそういう趣味はない。代わりに少し首を傾げてこう言ってみた。
「デュマー? 変な名前だな」
途端、デュマーは俺の脳天に踵落としを放った。痛恨の一撃。予想外の展開だ。差し障りのない言葉を選んだつもりだったが、どうやら彼女の気に触ったようだった。まあ、美少女の太腿を拝めたので、よしとするか。
「お前の基準で物事を量るな。お前の英里という名だって、私達にとってはおかしな名だ」
「悪かったよ。確かに天使の思考回路は、俺には理解できそうもない。沈黙の天使と名乗った割には結構喋るようだし」
俺の言葉に、デュマーは気を悪くしたように顔を顰める。その様子を眺めた俺は、再び踵落としが来るのではと身構えたが、彼女はにやりと人の悪い笑みを浮べただけだった。
「教えてやろうか? 私が沈黙と呼ばれる所以を」
そういった直後、白髪の少女は俺の眼前から消えた。瞬きもできないほどの刹那に、彼女は俺の背後に回り込んでいたのだ。俺の首筋に、短刀を突きつけて、小さな声で囁く。
「私は無音暗殺術の達人だ」
両手を挙げて、俺は素直に降参のポーズを取る。
「で、死の天使様が俺に何の用だ。ここは天国じゃないのか?」
デュマーという名の少女は、短刀を収め、口の端を歪めて嘲るように俺のほうを見た。
「お前みたいな塵が天国に行ける訳ないだろう。あのお方もお困りになる」
「待て。あのお方っていうのは神様かよ?」
思わず聞いてしまった。天使が存在するのなら、神が存在してもおかしくはないだろう。だが、人類起源の説明において、知的設計者と盲目の時計職人のどちらを選択するかと聞かれたなら、間違いなく後者を選んでいた俺だ。絶対なる創造主が生命を作ったという説よりも、自然淘汰による進化論のほうが、断然納得がいく。神の存在など今まで微塵も信じちゃいなかった。
「お前達の認識で言えば、そういうことになるか。塵には分からないだろうな。あのお方の偉大さは」
「お前が俺には分からないというのなら、分からないままでいいよ。理解できないのなら、それは俺にとって存在しないことと同義だ」
デュマーは俺の攻撃的発言に、不快そうな表情を隠しもしなかったが、このまま話の相手をするのも面倒だと思ったのだろう、懐から一枚の紙を取り出して、俺に渡した。
「好きな死に方を選べ。私が引導を渡してやる」
俺は視線をその紙に落として、軽く目を通す。急いで走り書きされたような文字。随分ご丁寧なことに日本語で書かれてある。餓死、轢死、圧死、溺死、窒息死、中毒死、失血死、腹上死。その紙に書かれた死に様を表す単語に、俺は眩暈を覚えた。あれ? 最後におかしな選択肢があった気がするが、気にしないことにしよう。
俺はデュマーにその紙を突き返して、きっぱりと言った。
「どれも嫌だ」
デュマーは大きく嘆息して、俺のほうを見た。
「我が儘な奴だな。お前の脳の出来に合わせて、死因を八個に絞ってやったというのに」
これで絞ったのかよ、とうんざりした気分でデュマーを眺めてから、ふと心に浮かんだ疑問をそのまま口に出す。
「なあ。わざわざ俺に死に方を選ばせなくとも、お前が今その短刀で、俺を殺せばいいんじゃないか?」
「やれやれ、これだから屑というのは。ここにいるお前は魂魄だけの存在だ。私達第五天の住人は、直接人の魂魄に手を出すことは許されていない。きちんと地上で殺さなければならないんだ」
言葉の意味はよく分からなかったが、何となく雰囲気で察することができた。すなわち、天使にも身分制度があるということだ。天国も意外と世知辛いところだということか。しかしいつの間にやら塵から屑に格下げされてるな、俺。
「じゃあ、俺はわざわざ生き返って、また死ぬことになるのか」
二度死ぬなんてごめんだ、とつい天を仰いで嘆いてしまう。全く冗談じゃない。こいつが死の天使というのなら、楽に死なせてくれればいいのに。
「その通りだ。さあ、さっさと選べ」
デュマーは青灰色の瞳を鋭く煌かせた。俺は小さく肩を竦めて、それに答える。
「俺としては、お前がここで殺してくれたほうがありがたいんだが。だいたいあの選択肢にはろくなものがなかったぞ」
「自分で死を選んでおきながら、具体的に死因を突き付けられると選べないのか、この臆病者の屑が」
「臆病者で結構。そう詰られるのには慣れてるよ」
へらへらと笑みを見せる俺を、デュマーは射殺しそうな視線で睨み付けた。
「鬱陶しい奴め。あれを適用する気になったのは本当に久々だ」
「おい、あれって何だよ」
訝しげに聞き返す俺に返ってきたのは、あっさりとした短い返答だった。
「起きれば分かる」
そう言ってデュマーは身を翻した。彼女の姿が遠くに消え去った後、再び辺りは闇に閉ざされる。しばらくそうしていると、眩しい光の奔流が俺の周囲を埋め尽くしていく。そして、俺はそれに流されるまま、意識を手放した。
俺はゆっくりと目を開けた。いつの間にか辺りはすっかり真っ暗になっており、開いたままのカーテンからは近所の家々の明かりが見える。
まさか夢オチかよ、これがもし小説ならあまりのくだらなさに読者からクレーム付くぞ、と独り毒づいて自室を見回してみた。何も変わっちゃいない。床の上に転がっている遮光瓶も、ビールの缶も。
ふむ。俺が自殺を図ったことは確かに現実らしい。非常に残念なことに死に損ねてしまったみたいだが。そう考え込んだ俺の目に留まったのは、部屋の真ん中に落ちてある、四つ折りにたたまれた紙切れだ。こんなものあったっけ、と首を捻りながら、俺は紙切れを拾い上げる。それには先程見た筆跡と寸分違わぬ字でこのように書いてあった。
「お前には規則第四十二条が適用された。今後五十年間はお前はどんなに死を望んでも、死ぬことは許されない。自殺を図っても無駄だ。すぐにそっちに叩き返してやる。お前のような鬱陶しい人間はこちらには必要ない」
どうやらあれは夢ではなかったようだ。この手紙に書いてあることが本当なら、俺は当分死にたくても死ねない体質になった、ということか。眠気は完全に吹っ飛んでしまっている。さてどうするか。戸棚の奥に薬局で買った睡眠改善薬があることを思い出して、それを飲む。きつい睡眠薬に慣れてしまっている俺には、全く効かなかったので放置しておいたのだ。まあ、プラシーボ効果に期待することにしよう。その後、布団を手早くひいて、その上に倒れこむようにして寝転んだ。
それから一夜明けた今日、俺は生きている。時刻はまだ朝五時だ。何故だか朝早く目が覚めてしまったのだった。PCゲームでもやって時間を潰すか、と思った俺はふと気付いた。このゲームのセーブデータは全部ぶち壊したハードディスクに入っている。
脳内で鳴り響くのは、呪いがかかった装備品が外せなかったときの、あの忌々しいゲームの効果音だ。俺は自分のやってしまったことを激しく後悔して、盛大に溜め息を吐いた。
<おまけ:ピエール・シモン・ド・ラプラスの最期の言葉に関する考察>
○謎の空間。
デュマー「何だ、ここは」
英里「ああ、例によって作者の気紛れによって生じた空間じゃないのか」
英里を睨み付けるデュマー。
デュマー「屑が。どうしてお前がここにいる。確かに叩き返したはずなのに!」
英里「上のタイトルを見ろ。俺には作者の思考回路が手に取るように分かる」
デュマーは訝しげに首を傾げる。
デュマー「ピエール・シモン・ド・ラプラス? 何だこの長ったらしい名前は」
英里「ラプラスの悪魔でファンタジー読者にもすっかりお馴染みの数学者だ」
デュマー「本当にお馴染みなのか? ラプラスの悪魔なんて私は知らないが」
英里「全ての物質の力学的状態を知り、かつそれを解析可能な知性が存在するならば、その存在は未来すら予見できるだろう、という考え方のことだ。その仮定的存在をラプラスの悪魔と呼ぶ」
デュマー「今いまし、昔いまし、やがて来るべきあのお方すら、そんなことは不可能だ。ましてや悪魔如きにできる訳がない」
憤慨して叫ぶデュマーを呆れたように見やる英里。
英里「だから仮定的存在だって言ってるだろう」
デュマー「要するに思弁的な話だってことか」
英里「……まあ、哲学風に言えばそうなるかな」
デュマー「私はさっさと終わらせて早く帰りたいから、説明は手早く簡潔に頼む、屑」
英里「お前、人にものを頼むときぐらいは呼び方を変えような」
デュマー「嫌だ」
英里は大きく嘆息する。
英里「……こんなことをだらだらやってても仕方ないか。ラプラスは十八世紀から十九世紀初頭を生きたフランス人数学者だ。確率論で有名だな。典型的な啓蒙思想の持ち主で、ナポレオンとの逸話が彼の性格をよく現している」
デュマー「ナポレオン? あの皇帝に喧嘩でも売ったのか」
英里「いや、そう言う訳じゃない。ラプラスがナポレオンに自著を捧げた際、それに目を通したナポレオンがラプラスにこう聞いたんだ。この分厚い本は宇宙の仕組みについて書いてあるが、どこにも創造主について言及されていないのは、どういうことだってな」
デュマー「で、ラプラスはどう答えたんだ」
英里「私にはそのような仮定は必要ありません、だってさ」
無言で短刀を英里に突き付けるデュマー。
英里「ちょい待て、そう言ったのは俺じゃないぞ!」
デュマー「五十年後を楽しみに待っておけ。お前に相応しい愉快な死に様を用意してやる」
英里「……ええと。本題に入っていいか? 話が進まない」
デュマー「まだ本題に入ってなかったのか。本編よりも長くなったらどう責任を取るつもりだ」
デュマーを無視して、英里は喋り始める。
英里「さて本題だ。ラプラスは最期の言葉をあらかじめ用意しておいて、普段練習していたと言われている」
デュマー「変わった人間だな。いつ自分が死ぬのかも予測できないのに」
英里「で、実際死んだときにそれを言ったらしいんだ。本当は違う、という説もあるが」
デュマー「練習していた言葉は何だったんだ?」
懐から何かが書かれた紙を取り出す英里。
英里「Ce que nous connaissons est peu de chose; ce que nous ignorons est immense.」
デュマー「頼むから読者にも分かるように言え」
英里「私達の知っていることはほんの少ししかない。知らないことのほうが無数にある」
デュマー「ごく普通の箴言じゃないか。考察するほどのこともない」
英里「いや。これが結構先達の言葉に似てるんだよな」
デュマー「先達?」
不審気に片眉を上げるデュマー。
英里「ニュートンが晩年に言ったとされる言葉だ。ちょっと長いから、この紙に書いてきたのを見てくれ」
英里は紙に書かれた文字を指し示す。
"I do not know what I may appear to the world,
(私が世間でどう捉えられているのかは分からないが)
but to myself I seem to have been only like a boy playing on the seashore,
(私は自らのことを、浜辺で遊びながら)
and diverting myself in now and then finding a smoother pebble or a prettier shell than ordinary,
(普通のものよりも滑らかな小石や美しい貝を時折探し求めては楽しんでいる少年にすぎない、と感じており)
whilst the great ocean of truth lay all undiscovered before me."
(真理の大海は全く未知のまま、私の眼前に横たわっているのである)
デュマー「似てるか、これ?」
英里「最後の一行がちょっと似てるよ。ド・モルガンはラプラスがこれを意識したんじゃないか、なんて言ってるけど、本当のところはどうなんだろうな。この言葉はニュートンの本に記されている訳じゃないから、当時はあまり有名じゃなかったかもしれない。むしろこれはパスカル風味な気がする。人間は自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない、みたいな。ラプラスがニュートンの言葉を知っていたかどうかは分からないけど、彼の『確率の哲学的試論』ではパスカルについて触れられているから、彼がパスカルの『パンセ』を読んでいたことは確実だろう」
デュマー「……パスカルはともかく、ド・モルガンって一体誰だ」
英里「ほら、記号論理学で出てくるド・モルガンの法則の人だよ」
デュマー「パスカルと同じく数学者ってことか。しかしド・モルガンの法則なんて、大多数の読者が忘れていると思うぞ」
英里「教科書レベルの割に存在感が薄いからなあ。彼によれば、ラプラスが臨終に口にした言葉は、実は練習していた例の言葉ではないらしい」
デュマー「何て言ったんだ」
英里「L'homme ne poursuit que des chimeres.」
デュマーは英里を睨み付ける。
デュマー「だから、読者にも分かるように言え」
英里「人は幻想を追い求めるだけだ」
デュマー「何だそれ。いつも二次元のPCゲームばかりしているお前のことか」
英里「人の趣味くらい放っておいてくれ」
デュマー「……まあいいか。どうせこれで終わりだろう。私は帰る」
その場から立ち去ろうとするデュマー。
英里「あ、これを言うの忘れてた」
デュマー「何をだ」
英里「作中で触れられていたユーモア溢れる物理学者ファインマンさんの最期の言葉は、正確にはこうだ」
紙にすらすらと文字を書く英里。
"I'd hate to die twice. It's so boring."
(二度死ぬなんてごめんだ。ほんと退屈だからね)
デュマー「……どうして彼だけ、さん付けなんだ」
英里「いや、まあ敬意を表して。では、読者の皆々様、ここまで長いお話を聞いてくれてありがとうございました」
デュマー「ふう。何とか本編よりも長くなるという愚行に陥らずに済んだようで、何よりだな。作者の気紛れにわざわざ付き合ってくれたそこの君に感謝を捧げる」
二人が丁寧に頭を下げた後に、閉幕。