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指輪の選んだ婚約者  作者: 茉雪ゆえ
番外編:○○は見た!

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とある魔法騎士は見た!

コメディ色くだらなさ強火でお送りしています。



 

 ウェルバム王国軍騎士団近衛隊第一小隊第四班。それが、私の正式な所属である。少々名称が長いため、『王立騎士団近衛第一・四班』と称する事が多い。あまり略できていないのは承知である。


 我が国の近衛隊は、王宮警護と王族の護衛をする騎士隊だ。編成は他の隊に比べればさほど大きくなく、第一小隊から第三小隊までの三つの隊から成る。第三小隊は王族の住まう奥宮の警護が主な任務であり、第二小隊は王子や王女を始めとする、王族の護衛を担っている。

 そして我らが第一小隊は、国王陛下と王太子殿下のお二方を中心に護衛任務を行う部隊である。昨年から国王陛下が譲位をご検討なさっているので、最近では王太子殿下直属と認識されている。近衛隊の中では最も所属人数が少ない、いわば精鋭部隊である。


 その中で第四班といえば、魔法騎士のみが所属する、全班で最も人数の少ない班だ。魔術を行使する騎士は少なくはないのだが、『魔法騎士』の称号を得るためには、まず入団時の魔術試験に合格し、更には三年に一度の魔術試験において一定の水準以上の成績を修めなければならない。

 そういった壁がある上に、そもそも、戦闘に活かせるほどに魔術を使いこなす騎士は希であるため、どうしても人員は増えない。――自惚れだと思われるかもしれないが、『魔法騎士』は騎士の中でも精鋭中の精鋭、と言わせてもらっても、言い過ぎではないだろう。


 さて、そんな我らが第四班は近衛隊内にて、『クラヴィス班』と呼ばれている。班長の名を、フェリクス・イル=レ・クラヴィス、というためだ。

 彼は班内で最年少、隊全体で見ても若い二十一歳の青年なのだが、第一小隊でも一二を争う魔術の使い手である。士官学校の卒業時には主席であり、剣技にも優れ、家柄もよく(侯爵家の嫡男だというから驚きである)、その上顔も旧き森の民(エルフ)めいた極上の造作であるという、この世の理から外れたような存在だ。

 しかし、彼にはそういった数多の利点をかき消すほどの欠点があった。これほどまでに何もかもに恵まれているというのに(いやむしろ、だからこそなのかもしれないが)、驚くほどの、無口、無表情なのである。

 整った顔立ちは凍りついたかのように動かず、言葉も最低限しか発しない。美しい顔や所作を褒めそやす女性たちに囲まれようが、震えるような美女に絡みつかれようが、敵愾心を抱くものが徒党を組んで牙を剥こうが、お偉方に囲まれようが、殿下にいじられようが、常に淡々と事にあたり、いつも何事もなかったかのように凪いでいるのだ。まあ、ある意味見た目通りの、旧き森の民(エルフ)的な姿ではある。


 そんな年下の上司の姿は、私を始めとする一回り以上も上の班員たちにとって、少々心配の種だった。なにしろ、騎士という職種につく者は、血の気の多い者が多いのである。実際、同僚たちを含め、自分たちがその年頃だった時を思い返せば、まだまだ遊びたい盛りだった。自分を律することに苦労し、やんちゃをしては叱られていた頃である。酒で失敗するくらいならまだましで、女に騙された阿呆もいたし、賭け事で情けない事態に陥ったり、喧嘩で罰則を食らったりと、若さ故の過ちを誰もが少なからず経験している(いい歳をして、未だにやらかす者もいるが)。


 これほどの美貌や地位を持ち、周囲に絡まれれば、恋人をとっかえひっかえしたり、女遊びをしたりしても何も不思議はない。そうでなくても、普通はいくらか調子に乗るだろう。しかし、班長にそんな気配は皆無なのだ。これでウチの上司は本当に大丈夫なのか。いつか爆発しやしないか。って言うかこの人こんなんで恋とかできるのか。大丈夫か。


 ……みんな、そんな風に内心で、面白……いや、ハラハラしていたのである。

 無論、あの場面に遭遇するまでは、だが。





「せせせ先輩! た、大変であります! 班長が! 女性連れです!!」

「はあ?!」


 それは、隔月恒例の『模擬戦』が開催される日のことだった。

 模擬戦というのは文字通りで、近衛騎士隊の面子が模造剣で試合を行い優勝を目指すという、トーナメント式の男臭い試合である。二ヶ月に一度行われ、報奨金こそ出ないものの、優勝者は軍の上層部への覚えが大変にめでたくなるという、若手騎士にとっては非常に腕の鳴る、血気盛んな一日だ。

 ところがこの日、三十歳以下の部において幾度か優勝している我らが上司、フェリクス・イル・レ=クラヴィスは午後休を取っており、不参戦であった。

 ベテランクラスになると不参戦の者もままいるのだが(おそらくは実力を隠すためだろうとは思うのだが、小隊長殿は腰が痛いだの首を攣ったのだのと、模擬戦サボりの常習犯である)、非常に真面目な班長が不参戦なのはおそらく初めてだ。日頃であれば、この日が非番に当っていても参戦する彼なので、我ら部下一同は、家庭の事情で何事かあったのだろうと思っていた。


 しかしである。

 模擬戦まであとしばらくという時刻。駆け込んできた見習い(士官学校の最上級生の希望者の内、試験を通ったものが放課後に騎士隊の中で雑用などに従事している。近衛隊はもっとも受入数が少ないが、全体で十名ほど在籍している)の叫びに、我ら第四班は騒然となった。


「幻覚だろそれ!!」

「姉君じゃないのか? ラエトゥス公爵夫人。すっごい美人の」


 何しろ女っ気どころか、女性には非常につれない班長である。最上の美姫を姉に持つせいか、どんな美女にもなびかないし、花街に遊びに行くこともない。女性陣の差し入れは断り、数多の女性に想いを寄せられても、巨乳を押し付けられようとも腕に絡みつかれようとも、反応さえしないあの班長である。


「いいえ、普通にかわいいご令嬢でした。第三班の見習いと一緒に目撃しました! この目で! しかと!!」

「ふつうにかわいい?!」

「馬鹿を言うな、そんな事があるわけあるか! 任務だろどうせ!」

「僕もそう思ったのですが! クラヴィス班長の午後は間違いなく非番表示になっていましたし、門番も、たしかに女性連れのクラヴィス班長をお通ししたと言うので! 幻覚魔術ではなさそうです!! 目撃証言によれば、クラヴィス班長は詰め所の門でご令嬢と待ち合わせており、その後、その方を案内して歩いているようで」

「姉君さえ放っておく班長が……?」

「まさか……現実なのか……?!」

「それに……聞いて下さい」


 深刻な面差しになった見習いに、一同ごくりと喉を鳴らす。彼は決死の表情で、ぐっと顎を上げ前を向いた。


「班長と一緒にいたのは、ピンク色のドレスの、若いご令嬢でした。すれ違うときに騎士の礼をしたところ、微笑んで礼をしてくださったのですが……」

「ですが……?」

「………………直後、班長に、ものすごい空気で、睨まれたのです」


 近衛隊に配属される見習いは、士官学校でも優秀な生徒ばかりである。見たままの情報をきっちりと報告することに長けた、未来のエリート候補だ。彼の話を聞けば聞くほど、班のざわめきは大きくなった。もはや模擬戦など二の次である。


「……班長の表情が、変わったって、ことか?」

「…………はい」

「嘘だろ……誰だその令嬢!」

「おい誰か、斥候出ろ!」

「気配消す魔術一番得意なの誰だよ?!」

「班長です!」

「そうだった! おい、二番手誰だ! フォンスか!?」

「は! 謹んでその任務拝命いたしましょう!」

「それじゃあ俺は情報を集めに!」

「……あっ!! ほらあそこ、班長では?!」


 有事の際のごとくに活気づいた四班の動きをピタリと止めたのは、またしても見習いの叫びだった。

 四班の詰め所にいた全ての人数が、大きな窓に寄り集まる。いくら大きい窓であっても、しっかりと筋肉の付いたガタイの良い男どもがひしめけば、狭苦しいしむさ苦しい。これが、比較的細身の騎士が多い魔法騎士班でなく、鍛え抜かれた者の多い剣士班であれば、そのむさ苦しさは精神にダメージを与えるレベルであっただろう。

 しかし、私を含めたメンバーは皆、石のようになって気配を消し、ぴったりとくっついて、窓の向こうを眺めやった。


 夏の青葉が目に眩しい中庭を挟んだ向こうは、黄色がかった石造りの渡り廊下だ。そこで、覚えのある氷のような気配の後から、ひらひらとピンク色の何かが追いかけている。目を凝らせばそれは若い娘の訪問用のドレスであり、背ではクリーム色の巻き毛が踊っていた。背格好は班長よりも頭一つ分ほど小さい。顔はよく見えない。


「本当だった……」

「……これは夢か?」


 この距離では魔術でも使わなければ、はっきりとは見えない。それでも、分かることはある。班長の少し後ろを歩いているのは、ぱっと見る限り、ごく普通の令嬢のようだった。ドレスの雰囲気からして、まだ十代だろう。しかし、上半身……まあ要するに乳房は豊かな方と見える。腰は貴族の娘らしくキュッと細い。レースの袖口から手袋までの間の白い肌は、華奢というより健康的である。


「……声までは聞こえないっすね」

「集音の魔術なんか使ったら即座に気づかれるだろうしなあ」


 固唾を呑んで見守る我ら第四班には気が付かず、彼らは班長を先頭に、廊下の向こうへ消えていった。


「あちらは訓練場だな……模擬戦の見学でもするのか?」

「……よし、行くぞ!」

「は!」


 私達は互いに目配せし合い、頷くと気配を絶って後を追う。模擬戦など最早どうでもいいと、今や、我らの心は一つであった。


 ……いや、断じて出歯亀ではない。それは断じて違う。違うったら違う。

 我ら第四班には、班長と連れの女性の行き着く先を見守る任務……義務……宿命があるのだ!





 私の喉の奥は震え、眼球は乾き、全身が硬直して筋肉はブルブルと震えていた。なんとか首を動かして隣を見れば、同僚も似たような事態に陥っている。よくよく目をこらせば、第四班の我らだけではなく、周りに佇む他班や他小隊の者たちも、同様の反応を見せているのが分かった。

 班長を追い、結果として模擬戦に参加することになってしまった我らの目の前には今、衝撃の光景が広がっていたのだ。


「み、見たか……」

「み、見ました……」


 訓練場の乾いた土の上に座り込むご令嬢と、その向かいで片膝をつく班長の姿である。しかし、真の意味で我らを凍りつかせたのは、班長の魔術でも、ひざまずく班長の姿でもなかった。


「班長、が、笑った……」


 これである。


 たおやかな令嬢の指先が、傷を負った班長の頬に触れ。

 彼女が何事か、班長をなじるような表情を見せたその直後。


 瞬きをすれば消えてしまったかもしれないというほどの一瞬。

 ほんのわずか、班長の両の口角が、上がったのである。


 それだけかよと言うなかれ。なにしろ、かすかな微笑みでさえ、幻獣のごとく貴重な班長である。それがご令嬢相手となれば、最早滅んで久しいと言われるドラゴンよりも、希少価値が高いのだ。

 その上、無口無表情な我らの班長は、旧き森の民(エルフ)級の美貌なのである。


 遠い時代の吟遊詩人が残した詩によると、かの種族が微笑めば、咲かぬ季節の花が今こそ春よと咲き誇り、木々は豊かに熟れきった実をつけ、小鳥は我が身の幸運よと至上の鳴き声で歌い、人は男女を問わず心底見惚れて近寄ることさえできずに魂を飛ばし、雲は朝露を帯びて咲くバラの色に染まり、空は極光のごとくに鮮やかに輝くと言われている。


 子供の頃に古代魔術史の授業で暗唱させられた、古代詩である。美々しいにも程のある表現として、若き我らガキ共は笑い、遊びの罰則として、情感たっぷりに暗唱させあったりしたものだった。

 しかし、驚いたことにこれらは、過ぎた表現と言うわけでもなかったらしい。班長が笑んだ途端、その詩が脳裏にあざやかに蘇るような、そんな雰囲気が漂ったのである。

 正直おののいた。


「しんじ、られ、ない……」

「俺は今、あの世に来ちまったのか……?」

「美しさに性別は関係ないっていうけどよ……」

「俺は男だ俺は男だ俺は男だ」

「つらい」


 呆然と呟く班員たちの気持ちもよく分かる。

 男の笑みに男が凍りついているのである。今は皆、ギリギリ陶然としているからいいが、我に返ればぞっとするばかりの現実ではないか。いや、徐々に我に返りつつある者が、渋い顔をして呆然としているのが目に入る。我ら四班の面子にも、やらかした記憶が飛んでいない、残念極まりない泥酔明けの朝のような瞬間が、すぐそこに迫っている。


 我らの中央ではご令嬢がキョトンと、凍りつく周囲を不思議そうに眺めている。彼女は知るまい。自分がどれだけのことをしでかしたのか。

 私は決意した。我らは出来得る限り密やかに班長の背を押さねばならぬ、と。そして、できるだけ速やかに収まるところに収まっていただいて、班長の振りまく『そういう笑み』から起きる、班員、いや小隊、むしろ近衛隊における『被害』を極力抑えねばならない。

 だから出歯亀ではない。断じてない。これは必要な措置なのだ。


 私は隣で立ちすくむ副班長(我らが四班の最年長である)に目配せした。彼は深く頷く。


「……副班長、我らが今すべきことは」

「……ああ。『クラヴィス班長を見守り隊』の結成だな……」


 至極真面目な副班長の重々しい声に、我ら一同、一斉に、深く頷いたのだった。


「班長にこんな顔させるとかやるな嬢ちゃんこの恋路見守らぬわけには行かねェ」と出歯亀する気満々の部下がつらつらと一見真面目風に言い訳しているだけのお話。

後に彼らは、魔術を駆使して気配を絶ち、両手に木の枝とか持って藪に隠れたり壁に同化したりし始め、第四班の隠密スキルが急上昇したと話題になるのはこの直後のことであった。


……お前は一体何を書いているんだ、と書き終わるまでに100回くらい思いました。むさい。


本日……というかもう昨日ですね、2016/10/30の0時から、『指輪の選んだ婚約者』の電子書籍版の発売が開始となりました。よろしかったらどうぞー。

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