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第七話「げ、現代知識チート(震え声」

 私が異世界に漂着してからの物語の佳境は過ぎたかのように思われるだろう。


 実際、私が最も直接的に死にかけたのは、ダンジョンに遭遇し、そのダンジョンとS級冒険者パーティーが衝突したその時だ。

 というかダンジョンへのトドメの一撃の余波で吹っ飛んだときだろう。


 急激なGを受けても早々気絶しなくなっていた私が気絶するほどの勢いで高く舞い上げられたのだから、その高さたるや、無防備な私がそのまま地面に叩き付けられれば即死だっただろう。一緒に舞い上がったゴーレムの遺骸たちに押しつぶされて平べったくなっていた可能性も高い。


 それが回避されたのは、S級冒険者パーティーの一員にたまたま助けられたからだ。


 よくよく考えればそれは本当に奇跡的な確率だとわかる。

 むしろなんで宙に舞う私を、ゴーレムの遺骸の中から見つけ出すことが出来たのか。


 馬の血で染まりすっかり黒ずんで、無理矢理拘束具を引きちぎったためにズタボロの拘束衣を来た私を人だと一見して見抜くことは少々難しいだろう。


 実際の所、彼女――浮遊魔法を使ったのは女性冒険者だった――は、私が人だと思ったから浮遊魔法で捕獲したのではなかった。

 ダンジョンにトドメを刺した攻撃の余波から自分たちに降り注ぐ瓦礫を除けるために、風を操って瓦礫たちの動きを止めたところ、たまたま私がその中にいたという話なのである。


 因みにこの女性冒険者の得意な魔法は重力操作と空気操作である。複数の系統を同時に使う冒険者がそう多くないことは前述したことがあるように思うが、彼女は自分の魔法が風系統であると認識していて、重力を操作しているという意識がなかった。

 というのも、彼女が瓦礫を留めることができたのは、風を操り、ゴーレムの遺骸によって魔法がキャンセルされても風の運動エネルギーは継続していたからだ。仮に重力操作でそれを行おうとしても、瓦礫は止まらなかっただろう。

 しかし彼女は重力操作も行っている。

 人を浮遊させるほどの風を操れば、その運動エネルギーは周囲を巻き込み、とても『浮遊』することはできないだろう。そもそもそんな暴風を身体に受けては攻撃をされているのと何も変わらない。放出型の魔法を邪魔してしまうし、人に対して用いることが適切ではないことになる。

 従って『浮遊』するためには、対象の重力を無効化させるか逆転させるかをしなければならない。彼女が人を自在に飛ばすことができるのは、重力を弱くした上で、風を推進力としているからだ。


 これが余談であると思われる向きもあろうが、そうでもない。


 こうした私の髙二病知識がなければ、私は多分死んでいただろうからだ。


 大魔術師が私を持ち帰るように提案したとは前述したが、彼はもちろん人道的な見地に従ってそう決めたのではなかった。


 科学、というより学識があまり発達していないこの世界に於いて、自然科学的に現象を操作する大魔術師とは、極めて特異的な存在である。


 有り体に言ってイカれている。


 学識が発達していないということは、とにかく経験的に自然科学的な知識を蓄積しているということだ。大魔術師のそれは、悪い言い方をすれば場当たり的なのである。

 手前味噌になるかもしれないが、私のように基礎的な知識を基に事象や現象を逆算し、あるいは予測する、といったことをしていない。

 

 何をどうすればそうなるのか、ということは知っていても、どうしてそうなるのかは理解していない。

 それが何を意味するかと言えば、大魔術師ほどになると、とにかく実験が大好きだということだ。なんでもかんでもやってみて覚える、という、ある種の原始的研究が、大好きなのだ。


 学識が少ない世界では洞察力こそが見識の浅深を分ける。彼は私が魔力ゼロであり、その性質がゴーレムに近いということをすぐさま見抜いた。

 そして、私を実験材料とするべく、持ち帰ることを提案したのだ。


 大魔術師が重宝される理由がゴーレムに特化して運用できるということも前述したが、そのことから導き出される私へ行われる実験が穏当なそれでないことは、おわかりいただけるかと思う。

 私は散々大魔術の実験台にされた挙げ句に腑分けされて実験棚に並べられるかもしれなかったのだ。


 時に、魔力が膨大な彼らS級冒険者は、ゴーレムを引き寄せる。

 そのため彼らが人里に訪れるときには周辺のゴーレムをほとんど一掃してからでなければならない。長く同じところに留まれば、そのせいでその辺は魔境と同じレベルのゴーレムの巣窟となりかねないためである。

 かといってゴーレムが減りすぎれば魔物が活発化する。

 だからといって魔物を殺しすぎれば魔素が充満する。

 一時的に空白地帯を作ってしまうと、その後が大変だ。S級冒険者がいる間は問題ないが、いなくなった後、そこにはゴーレムと魔物の両方が一気に流れ込んでくるわけだ。


 従って、彼らは旅をするとき人里に寄りつかない。

 かといって一応社会に属する彼らは、ダンジョン討伐の報酬を得るために王都を目指していた。


 王都だけは例外なのである。


 というのも、王都はゴーレムの遺骸によって建てられた高い壁に覆われている。

 完全ではないものの、それによって魔力を遮り、ゴーレムの集積を防ぐのだ。


 S級冒険者が王都かそれに準じる規模の大きな都市にしか普段はいないのは、そういう理由もあるのだった。


 これは私にとって非常にありがたいことだった。


 というのも大魔術師が落ち着いて実験するために王都の拠点に着くまでに長い時間が必要だったからだ。


 重力操作と風操作の併用で飛んで移動するこのパーティーは、しかし併用による魔力消費が膨大だという理由で、そこまで早く移動はできない。実際には、理解しないで重力操作を行っているために魔力運用効率が悪いせいなのだが、そういう風に思われている。

 しかも私はともかく、私がしがみついて離さないスカラーくん入りの樽はゴーレムの遺骸である。重力操作を受け付けず、飛ばすことが酷く難しかった。

 

 ドが付く田舎から王都までは、彼女の飛翔を以てしても早々に辿り着くことはできなかったのだ。


 私が気絶から醒めて、彼らと話をする機会が、どうにかこうにかあったことが幸いだった。


 因みに最初に目覚めたとき、私は拘束されていた。


 そりゃそうだ。

 ダンジョンにいて魔素でやられていないというのは魔物かゴーレムかS級冒険者以外にありえず、私はどう見てもS級ではない。

 新種のゴーレムか魔物かと疑われていたのだ。

 因みに大魔術師は新種のゴーレム説を推し、女性冒険者は人に擬態する魔物説を推していた。

 パーティーリーダーは、私に興味がなかった。私がなんであろうと脅威でないためだろう。


 その扱われ方から、自分の境遇を察するのにそれほど時間は掛からなかった。

 私は決して助かってはいないのだと、そう悟った。


 がっちり拘束されてはいても、喋ることはできた。

 けれど、ボディランゲージができないために中々私の主張は通じない。

 そもそもこの状況が上手く飲み込めていない私は、何を言えばいいのかもわかっていなかったせいで、その主張が彼らの意思疎通魔法をしても読み取れなかったのだ。


 得体の知れない言葉は、私の支離滅裂な喋りのせいもあって、ただの呻き声にしか聞こえなかったのだろう。女性冒険者は酷く薄気味の悪いものを見る眼で私から遠巻きになり、逆に眼を爛々と輝かせて私に何かしようとする大魔術師を引き留める。

 

 おそらく私を始末するかどうかの相談が行われていた。

 なんとなく雰囲気でそれを察した私は、必死で打開策を探した。

 何を言うにしても、彼らがこちらの意思を読み取ろうとしてくれないと通じない。注意を、興味を引かなければならなかった。

 けれど誰の?


 パーティーリーダーと思しき男は論外だ。

 ぼけーっと焚き火に吊された鍋の中身を眺めている。


 女性冒険者もまた論外だ。

 明らかに私を始末したがっている。


 消去法で大魔術師しかいない。

 しかし大魔術師なる存在を、そもそも私はこの時知りもしなかった。彼が私に並々ならぬ関心を寄せていることはわかったが、その興味の方向性が変異したモルモットに対するそれであることを、なんとなく察した。

 下手に意思疎通できると逆に拙い気がした。

 モルモットが喋ると、実験の手が鈍るどころか、喜ぶタイプだ。


 絶望的である。


 けれどもう、正直言ってこういう絶望的な状況に、私は慣れてしまっていた。

 あがいてもどうせなるようにしかならないのだろう、というやけっぱちな気分だった。

 あるいはダンジョンで、同胞たちが斃れていくのを傍で見続け、時には私自身がそれを促して、捨て駒にしておきながら、成果を出せなかったばかりか圧倒的な力であらゆる私たちの苦闘が無為に帰されてしまったことで、ある種の達観を得ていたのかも知れない。


 喚くのを止めて、私はひどく静かな気持ちで辺りを見渡した。

 スカラーくんが入った即席の骨壺が眼に留まった。


 ほっとすると同時に、ひどく悲しくなった。

 あのように封印された状態で捨てられてしまわなくてよかったという安堵と、このままでは運がよくて彼はそのまま封印されたままになってしまうのだろうという悲しみ。


 消沈しているというのに、私は盛大に腹を鳴らした。


 女性冒険者が咄嗟に背中から羽根を拡げて私に向けるほどだ。


 言い訳をさせてほしかった。

 ほっとしてしまったためだ。

 それは生理現象なのである。


 空腹時に緊張を解くとそうなるように人間はできているのだ。


 因みに女性冒険者のその羽根は唐突ににょっきり生えた。

 彼女の戦闘形態なのだろう。羽毛のようなふわふわした感じではなく、太いトゲが平行に重なり合ったような、硬い感じの羽根だ。

 

 S級冒険者という存在を詳しく知らなかった私は非常に驚いた。

 再び緊張する。

 すると再び腹が鳴った。

 弛緩の次に緊張したためだ。


 ざわっと羽根が動き、何かが発動しようとしていた。

 きっと私を殺して余りある威力の風とかだろう。温度が下がっていたのは、きっと錯覚ではなかった。

 凍気と乾燥によって肌が割れる。いわゆるカマイタチだ。


 もう嫌だな、と思った。


 ははっ、と乾いた口を開けて笑ったところ――


 その口に熱いものが放り込まれた。


 突然すぎて思わず飲み込んでしまい、喉が焼かれる感触に耐えかねて芋虫のようにのたうった。

 

 何かと思えばパーティーリーダーらしき男が鍋の中身を私の口に投じたのだ。


 嫌がらせではない。

 彼は私が腹を空かせているのを不憫に思って食事を与えたのだと後で知った。


 私に興味がないような素振りだった彼は、その実、やっぱり興味はなかった。

 彼はあまりにも図抜けた力を持つために、自分以外の何もかもが平等だったのだ。

 何もかも、つまり人間であろうと魔物であろうとゴーレムであろうと、関係ない。

 敵対しないならば、なんであろうと均しく扱う。


 そんな歪な平等観念に、私は救われた。


「なにするのよ」「いや、腹が減ってるみたいだからやった」「だからってあんな気味の悪い」「そうか?」「そうよ」「まあなんだっていい」「なんだっていいって――そういえばなんだっていいか」


 そんなやりとりがあったらしい。


 私を警戒しすぎていたと気付いた女性冒険者は、そんな自分を馬鹿げているとでも言うように肩を竦めて羽根を仕舞った。そのついでというように私を拘束する縄も切る。


 大魔術師は、それでも私がどうするのかとワクワクした面持ちで観察していたが、私が困惑したまま呆然としていると、やがてつまらないと言うように焚き火に戻った。

 きっと彼は女性冒険者が私を攻撃しようとしたときにもそんな顔で私を観察していたのだろうと容易に想像できた。


 放置された私は、のろのろと顔を上げて、這いずり、スカラーくん入りの骨壺に触れた。

 その実在を実感して、安心から崩れ落ちるように骨壺にもたれかかって脱力する。


 何かもう、すっかり疲れてしまっていた。緊張と安心が交互に来て、もう思考することもままならないほどだった。


 そんなところに大魔術師がほかほかと湯気を上げる食事を差し出して来るではないか。


 モルモットを見る眼だとかそういうことをうっかり忘れて、絆されてしまった私を誰が責められるだろうか。


 私は彼からいくつもの質問を浴びせかけられた。

 それらをぼんやりしながらも答えていく。

 ただし、何を質問されたのか、それらにどう答えたのか、具体的なことが思い出せない。


 後になって知ったが、私はこの時、催眠状態だった。

 強すぎる大魔術師の魔力によって行われる意思疎通魔法は、ぶっちゃけ催眠術となんら変わりない。緊張から弛緩を繰り返していた私の精神は、それにまったく抗うことができなかった。

 私の脳は洗われていた。


 しかし大魔術師の誤算は、彼が知りたいようなことは、催眠状態の朦朧とした状態では彼にわかるように私が答えられないということだ。


 私がどこから来たのか、何者であるのか、そういったことさえも、異世界という概念を持たない彼には理解できないし、別世界の人間であるという私のことも今ひとつ理解できない。

 だがこれらは時間をかければなんとか理解できただろう。というか別世界というより遠い大陸からやってきたのだろうとか、私が特異体質であるとか、そういう理解のされ方はできたはずだ。

 しかし私が彼らの魔法について考察したことや、分析の理屈は、まったく理解できない。

 なんだか面白そうなことを言っているらしきことだけは、わかったのだろう。

 大魔術師である彼には、そうした理屈や法則は極めて大事なことだからだ。


 催眠状態ではこれらを私がわかりやすく説明できない。

 そう気付いた大魔術師は、私を生かしたまま連れ帰ることを、この時ようやく決意してくれたのだ。

 逆に言うとこの時、彼にとっての利用価値がなくなれば果たしてどうなっていたことやら。


 ゴーレム入りの骨壺なんぞを大事にするイカれた男なんか、適当にバラして持ち帰るくらいはしただろうし、スカラーくんはそのまま放置されてしまったことだろう。女性冒険者から不評だったからだ。


 何はともあれスカラーくん共々命拾いした私は、王都に連れ帰られることと相成った。


――そうして私はこうして記述している。


 要は大魔術師の助手として囲われたのだ。

 魔素とは、魔物とは何か。

 魔力とは、魔法とは何か。

 ゴーレムとは?


 どう考えても滅びへと向かっているこの世界の行く末は?


 そうしたことに私が関わることはないだろう。


 ただ、ゴーレムについて研究することを大魔術師に許された私は、彼――スカラーくんを伴って旅をした。

 そのうちのいくつかは、いずれ纏めようと思う。

 その中にはそうした謎についてのヒントになりえる可能性のある出来事があったはずだからだ。

 

 私はこれを草稿として書いている。


 市井にこの文書がそのままの形で出回ることはないだろう。そもそもこの記述は私の母国語で行われており、これを読み解くことが出来るのは私の元の世界の同じ出身国と外国人のごく一部だけ。

 

 けれど私はこの文書を厳重に封印し、保管しておこうとしている。


 万が一にもこの世界に私と同じ世界の者が再び現れたとき、ほんの些少でも私の旅路の記録が役に立つ可能性のために。


 旅路の途中でいくつかもの私の痕跡を置いてきた。

 それらを辿れば私のこの文書に辿り着くことができるはずだ。


 ここに辿り着いた君へ。


 この文書はなんの役にも立たないことだと思う。

 ただ知ってもらいたかっただけという、私の自己満足に過ぎないとさえ言える。

 けれど同梱する資料のいくつかは、きっと役に立つのでそちらを参照してもらいたい。


 私が力尽きるとき、余裕があればスカラーくんも同梱しておく。

 彼は旅の過程で三段階進化を迎えた。

 その時の奇跡も記述したいが、今の時点で記すことができるのはこれまでだ。


 進化後の彼のスペックについて詳しくは同梱する資料を参照して欲しい。


 君がもし私と同じく魔力を持てない人間であるのならば、彼はきっと役に立つ。

 私は彼が魔境やダンジョンに向かい、壊されることを望まない。

 故に同梱しておきたいと考えている。


 もしも彼が同梱されていたとき、どうか大切にして欲しい。

 使いこなせれば彼は間違いなく、A級冒険者パーティーにすら匹敵するのだから。


 読みづらい乱文で失礼した。

 では健闘を祈る。



〈了〉

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