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第六話「グレイバー」

 いずれにせよ私は生き残ってこうして記述しているわけで、私がいかなる決意と覚悟を以てダンジョンに立ち向かい、ゴーレム――スカラーくんに殉じようとしたいたのかということを逐一記述しても益体がないだろう。


 厨二病を気取った髙二病患者である私は、結末が見えている物語に魅力を感じないという向きに対して理解がある。


 もちろん、結末が見えている(この場合は私が生き残ること)物語であったとしても、それをいかなる手段で突破したのか、といったことを臨場感溢れる記述で盛り上げれば、それは魅力的だろう。

 絶体絶命からの逆転・生還となればそれはそれで面白いかも知れない。絶対に主人公が死なないとわかっているからこそ安心して物語を読み進めることができるという感性があることも理解している。

 

 しかし私の狭い視野でそれを描写したところで、やはり益体ない仕上がりとなることは眼に見えている。


 そもそも私が生き残ったのは偶然だ。


 もちろんそうなる因果は、後になって振り返れば、凡てではないものの、大まかには把握できる。

 私が積み上げた因果も、そこには含まれているだろう。


 けれども、私は結局、常にそこに居合わせただけなのだ。


 よって、どうして私がそこに居ることになったのかということを記述してみようと思う。


 というのも、私はこの世界に漂着してから、実のところそれほど大きく移動してはいなかった。

 地上最速のホイールタイプのゴーレムに乗って移動し、世にも稀な飛行型ゴーレムに運ばれたために錯覚してしまいそうだが、

 その実、ホイールタイプは限られた地域にしか出没しないし移動しない。飛行型ゴーレムはその燃費の悪さのために長時間飛行はできない。度々瞑想するスカラーくんに入っての移動も、狩りをしていたり野営の準備をしていたりと遅々としたものだった。


 私にとっての始まりの街から、実際の所百㎞も離れていなかったのではないだろうか。


 いかに殺伐としたこの世界であっても、小範囲の上に短期間の間に大規模な高波やら魔境やら、果てにはダンジョンに遭遇するなどという悪運は早々ありえない。


 私が魔力を持てない人間であるという特異な要素を鑑みたとしても、中々の低確率である。


 結論を先に述べると、私はスタート地点からして悪運だらけだった。


 その悪運の大本は、つまりはダンジョンである。


 ダンジョンが迫ってきていたから、クジマグという海の魔物は、海沿いの街の住人が危機感を覚えるまでに活発化して繁殖したし、ワイゴーレムという希少種が近くまでやってきていた。

 魔境のゴーレムたちがオーガごときに、いかに相性が悪いからといって一方的にやれてしまったのも、あるいはダンジョンが近くに迫ってきていたために、ゴーレムが引き寄せられ、その数が減っていたためかもしれない。


 そもそも魔境が比較的近距離にあったという時点で、私の始まりの街はドが付く田舎であったと知ったのは後になってからだ。

 ソルティーゴーレム由来の岩塩のおかげでそれなりに繁栄していた海沿いの街だが、それでもドが付く田舎である。


 何が言いたいかと言うと、ダンジョンもまたひたすらに巨大な魔物であるということだ。


 魔素の残滓が色濃く残る魔境は、ダンジョンをも引き寄せる。


 それをこの世界の住人は経験的に知っているから、過疎化していたのが、私の始まりの街だった。


 私がそんなところに漂着したことの理由の説明にはならないが、私がその場に居合わせることはある種の必然だったのである。


 そして同時に、『彼ら』がダンジョンに辿り着いたことも、必然だった。


 『彼ら』

 すなわち、S級冒険者パーティーが。


――前兆はあった。


 いよいよスカラーくんが瞑想に入らなければ保たないというくらいに疲弊した時のことだ。


 私もかなり疲労していた。

 私自身が力を使わないと言っても、人間に許された速度を超えた駆動をしていれば、その反作用はとてつもない。

 腕を振り上げ、振り落とすだけでも手先が痺れ、感覚を失う。脳貧血の目眩とはもうお友達だ。

 質量でごり押しということができない私に纏ったスカラーくんの攻撃の主体は遠心力を活かしたそれである。

 傍目には軽やかなその動きはその実、内部にいる私に相当の負荷を与えていた。乗り物酔いに耐性が上がっていなければ、間違いなくスカラーくんの限界よりも早く私にそれが訪れていただろう。


 私は必死だったが、必死で『その時』が来るのを引き延ばしていた。

 必死でありながら冷静に立ち回っていた。


 何度、他のゴーレムを犠牲にしただろうか。

 崩れ落ちていく同胞たちに何も思わないわけがない。

 情がなかろうが、ただの一定のプログラムに従って動くだけの土塊であろうが、彼らは共に戦う戦友だった。

 あるいはそれは、信仰よりも深い依存だったかも知れない――壊れていく彼らが愛おしくて仕方がなかったのだから。 


 いよいよ進退窮まったのは、そんな盾にできるゴーレムたちがついに尽きたときのことだ。


 だが考えてみればおかしなことだったのだ。


 ダンジョンは魔境に向かって進んでいた。

 私が紆余曲折したとしても、結局は私が来た方向に魔境があるわけで、つまりダンジョンの進行方向に対して真正面から私はぶつかったわけだ。


 私の無能によってその戦線が崩れたとはいっても、それなりの時間、その進行に歯止めを掛けていた。

 ダンジョンへの侵攻が最も進んでいた位置がそこであり、必然的にゴーレムはその槍の穂先のような形状に集まってくるようになっていた。


 そして私の再配ミスにより、私のいた位置は瞑想するゴーレムが頻出していた。

 ゴーレムは瞑想する同胞の下に集う習性がある。 


 つまり私のいる位置に、ダンジョンに群がるゴーレムは集積し続けていた。


 いずれは突破されてしまうにしても、ゴーレムが尽きてしまうということが、私とスカラーくんが斃れるよりも先に来てしまうということが非常に考えづらい状況だったのだ。 


 あるいはそれが突破口になるかもしれないと、私の冷静な部分は判断していたのだが、それが尽きた。


 つまり、集うはずのゴーレムを減らしている者がいるということに、私は気付いてもよかったのだ。


 それは斜め横の遙か後方から。


 歪んだ光線が山に突き刺さった。


 しかもその光線は一瞬ではなく、継続的にダンジョンを削り続ける。余波だけで羽虫のような魔物は蒸発してしまった。


 その光線が細く見えるのは遠近感が狂っているせいだった。


 山肌を光が突き刺す様が見えるという時点でその断面が一体いかなる太さなのか、想像するだに恐ろしい。少なくともゴーレムの十体分の面積を超えていただろう。


 恐ろしいまでの熱量。焦点温度を想像するのも馬鹿げている。

 継続的に起き続ける爆発が、それが山肌の表面を蒸発させているのだと知らせていた。


 それを、ヒトが放っているのだと、直感して呆然とした。


 その発射元に、自然と私の視線は引き寄せられた。


 乱戦状態の最中に致命的な隙を見せたわけだが、

 魔物が私たちを素通りしていく。

 

 激震はダンジョンの苦鳴だろうか。

 ダンジョンには明らかに意思がある。その意思が魔物――使い魔に、その苦痛の元を最優先で排除するように言い渡したのかも知れない。


 それどころか、私の下に集おうとしていたゴーレムまでもそちらへと転進するではないか。


 それが示す事実は、ダンジョンに匹敵するだけの魔力がそこにあるということ。


 それがS級冒険者。


 光線が収まったときにはダンジョンはその五分の一もの体積を削られていた。


 そしてその光線の発射元では、次々と爆発が起きて、ゴーレムの破片が舞う。


 きっとあれは大魔術だろう。

 魔法をキャンセルするゴーレムを容易く破壊せしめるのは、魔法から二次的に自然現象からの破壊を発現させる大魔術以外に考えられない。

 大魔術とは威力そのものよりも、強力な魔素がある現場には必ず存在するゴーレムに特化して運用できるという点が重宝される要因なのである。

 尤も、その当時の私はそんなこと知らなかったのだが。


 ただ、私は呆然としていた。


 大魔術だとか、魔法だとか、そうした区分を知らずとも、人間がそれほどまでの破壊的攻撃を繰り出せるという現実に、笑い出しそうなほど呆気に取られていた。


 限界が来たスカラーくんが私から離れてバラバラになり、そこらのくぼみに収まった。

 意図したわけではなかったが、その瞑想体勢がここに来るまでで習慣となっていたためだろう。


 唐突な解放に、私もまた脱力する。崩れ落ちそうになる。

 けれど私は、行動しなければならなかった。


 チャンスだと、この状況に理解が及ばずとも理解していたからだ。


 前々から考えていたことではある。

 一体どうしたら私は人間社会に再び潜り込むことができるだろうかと。

 

 もちろんスカラーくんと共に旅を続け、ついにはどこかで野垂れ死ぬことになろうとも構わないとは思っていたが、漠然と、そうはならないだろうとも予感していた。


 ゴーレムが魔素に引き寄せられるという性質から、ダンジョンに辿り着くという帰結は忘れていても、

 スカラーくんが魔力持ちの人間を襲うという性質は忘れていなかったためだ。


 魔境での体験が強烈すぎたためだ。

 いつか私はスカラーくんで人を殺してしまうのではないかという危機感があった。


 だからいざその時が来たらどうするかということを、あくまでも漠然と考えていた。


 私はダンジョンを存在しか知らなかったから、その実態を知らなかったから、人間を殺してしまうかもしれないという恐怖のほうが大きかったのだ。


 そこらに散らばるゴーレムの破片から、細長い形の物を探し出し、それをショベルにして掘り返す。


 墓堀人のように、私はゴーレムの遺骸を掘り返した。


 いくつもいくつも、それなりに形が残っている遺骸を見つけたが、適切な形はない。


 比較的近くでは破壊音が響いている。


 とっくに耳はイカレていたが、

 肌を通して骨まで響く音波が私を揺らしたが、

 意に介さずにただひたすらに掘っていた。


 降り注ぐダンジョンの破片が邪魔だった。


 私は穴を掘った。


 ついに私がそれを見つけたときには、もうその戦闘とは到底呼べない破壊と破壊の衝突は佳境に入っていた。


 それはあるいは断末魔。

 もしくは手負いの獣のそれか。

 破壊音さえ押し流す地響きがして、血のように赤いマグマが山の頂上から溢れ、流れ出した。


 まるでそれに対抗するように――まるでも何も、対抗するために、寒波がダンジョンの麓で唐突に出現する。

 

 すべてを凍てつかせる氷の風が、マグマと衝突し、ありえない不協和音が発生する。


 地が割れた。

 

 急速な熱の上昇と、冷却が衝突することで物質の分子構造が破壊されたのだ。


 私は何が何だかわからないのにとにかく拙いと直感して、それにスカラーくんを詰め込んで蓋をして、必死で走った。


 あまりの自分の脚の遅さに泣けてきた。


 巨大なクレバスが、出現という表現が的確なまでに勢いよく、形成されていく。あまりにも巨大で、私はその範囲から大きく離れているくせに、それが比較的近くであるかのように錯覚した。


 思わず振り返れば、ダンジョンがまるで歪なナイフでパイを八つに切り分けたかのように分割されていた。


 そして太陽みたいに巨大な光球を、不思議な形の両腕で掲げ持つ人のシルエットが、山より高い空中に浮かんでいる。


 私は号泣しながら走った。


 わけがわからない。

 本当にわけがわからなかった。


 巨大な光球が、ダンジョンの頂上に落とされる。


 噴火よりも噴火らしい爆発がクレバスを伝わって、衝撃波であらゆるものを吹き飛ばしていく。


 その直前に、小高いまでに積み上がったゴーレムの遺骸の中に潜り込む。


 そのゴーレムの遺骸ごと、私は吹き飛んだ。


 決して離すまいと、スカラーくんが収まったゴーレムの遺骸にしがみつきながら、私は泣きながら空中に放り出されていた。


 ゴーレムの身体は、遺骸であっても魔素や魔力を通さない。

 ならば逆に言えば、ゴーレムの遺骸で包んでしまえば――魔素や魔力を遮ってしまえば、スカラーくんが魔力持ちの人を襲わないのではないか。

 そう考えてのことだった。


 今になって思い返せば、あの場面でそんなことをした意味が全くわからない。穴を掘ったのならそこに埋まってすべてが過ぎ去るのを待つほうがまだ理性的な判断だっただろう。


 まあいずれにせよ無意味ではあっただろうが。

 

 怪獣大決戦が行われている最中にあって、

 穴を掘り、ロックゴーレムのちょうど良い塩梅の刳り抜かれた胴体を掘り出し、クレイゴーレムの粘土で隙間を埋めて周りをサンドゴーレム(砂状ゴーレム)で固めて、といった作業をしていた私は一体なんなのかと、我が事ながら首を傾げざるを得ない。


 錯乱していたというのがあったのは間違いないが、

 なにせその作業を私は自分自身の力だけで行ったわけで、どこにそんな体力と根気があったのか、本当に不思議だ。


 挙げ句の果てにはそんな重い物を抱えて走り、積み上がったゴーレムの遺骸に潜り込むとか、火事場のバカ力というのは侮れない。

 というか私の倒錯っぷりに呆れかえること甚だしい。


 その代償というわけではないだろうが、当然のごとく、空中に放り出されてからの記憶は全く残っていない。


 後で聞いた話では、S級冒険者パーティーの一人が、偶然にも空中に舞う変な物体に眼を留めて、浮遊魔法によって私を捕まえ、なぜここに生きた人間がいるのかということに不思議に思った大魔術師が私を、私が後生大事にしがみついていた大きな樽ごと持ち帰ることを提案したのだという。


 つまるところ私は、大魔術師なる自然の理を究明する者の実験材料として捕縛されてしまったのだった。


 こうして私はダンジョンから生還した、ダンジョンと、滅多に本気を出さないS級冒険者たちの本気の現場に居合わせた希有な存在となったわけだが、


 お察しの通り私は結局、ダンジョンとS級冒険者の対決のほとんどを見ていなかった。

 穴を掘っていただけだった。

 

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