第一話「殉礼者の旅という名の冒険と運命との出逢い」
我がバディでありボディでもある岩巨人、スカラーくん(力強くていい名前だと自負している)についての話をしよう。
彼がどれだけ頼もしく、どれだけその着心地がよいか、
彼に包まれた私がどんな安心感と多幸感と死生観を得ていたか、
そういったことを語り出すと止まらなくなりそうなので、ひとまずは彼の属する種別であるところのスケルトン、
その全体の一般的な理解から語っていこうと思う。
実に失礼な話なのだが、スケルトンは発見された当初、魔物の一種だと思われていた。
彼らの姿が原因である。
人間の骨格標本をヒトの規格から外れるほど大きくした感じ、というのが彼らのその姿なのだ。
ヒトの骨格にそっくりそのままなので、不気味に感じた発見者がついつい誇張してアンデッドだのなんだのと吹聴したことがきっかけで、割と長い間彼らに纏わる誤解は続いていたそうだ。
実際に一目そのサイズを見れば誤解だとわかりそうなものだが、彼らの威容に気を取られた人間の視覚など当てにならない。
そうする内にヒトの死体が魔素を浴び続けることで魔物化したのだと、そういう風に辻褄合わせが行われたのだ。
それなら骨のサイズが巨大でも不思議はない、という具合に。
ステレオタイプは時としていかにもそれらしい理屈を生み出すものなのである。
また、人類にとってはゴーレムも魔物も大差ない。その習性が異なるというだけで、どちらにせよ脅威なのだから、
それが結局、長い間誤解が是正されずにいた原因である。
同時に、彼らの名称が全ゴーレムの中で唯一、○○ゴーレムとなっていない理由でもある。
ふとしたきっかけで彼らがゴーレムであるということが判明し、周知されるに至っても、あまりにもスケルトンが一般的になりすぎて、今更名称変更はされなかったのだ。
直感でわかりやすい名称というのも大事なので、まあ文句は言うまい。
実際、普通のゴーレムと違って単純に解体されただけではまた集合して復活する彼らはまるで不死身であるかのような印象を、ヒトに与える。
そしてカルシウムが主成分であるため、あまりヒトに求められない。
なぜって、そりゃ、人間骨格(偽)から抽出されたカルシウム錠剤なんて誰が飲みたがるのか、という話だ。いやまあ、あくまで喩えなのだが。
この世界にサプリメントの概念は、ポーションの類を除いて存在しない。
カルシウムの入ったポーション(動物の骨の粉末を素材としている)は存在するが。
冒険者はスケルトン由来のポーションが作られるところを想像して、決して彼らを素材として用いることはないのだった。
そんなゴーレム種スケルトン属であるスカラーくんとは、海に浸食された土地のとある炭鉱跡で出逢った。
彼との出会いは、今思い返しても運命的だったと思う。
基本的にゴーレムはその肉体を土類に依存している。
そのため、海付近にはあまりゴーレムは居着かない。
それだけではなく、
海の近くではソルティゴーレムという、一見すると強力なゴーレム種として有名なクリスタルゴーレムと見まがう外見のゴーレムが頻出する。
砂浜のある海岸にはクリスタルゴーレムも出現するのだが、九割はソルティゴーレムである。
しかしこのソルティゴーレム。
弱いのだ。というか脆い。熱にも弱いし、水にも弱い。
弱点が多すぎて話にならない。そのためあっという間に破壊されてしまい、海の近くでは必然的にゴーレムの絶対数が少なくなるというわけである。
しかも、
一応生物であるところの魔物は、どうやらあらゆる動物と同じく塩を必要とする身体らしい。
本来魔物の最優先襲撃目標は人類なわけだが、このソルティゴーレムだけは例外的に同じくらいの優先順位で狙われてしまう。
そして脆い彼らはぺろぺろされてその存在を溶かされてしまう。多分、潮水よりは美味しいのだろう。
岩塩巨人と言われるだけはある。そのままだが。
加えて内陸部ではただの塩よりもかなり高く売れる。だから冒険者も狙うことがある。
どこに行っても狙われるソルティゴーレムは、実にしょっぱいゴーレム種なのである。言ってて恥ずかしいが。
ともかくそんなゴーレムしかいない土地に訪れた私は、大変困ったことになっていた。
私はゴーレムがいなければ、托鉢が得られずご飯(木の実とか)が食べられない。それ以前に、身を守る術がない。
その時の私は、本気でミイラになる寸前である。
ハンマー一つ振るえやしない。
たまさか出逢った瞑想中だったトライクゴーレム(ホイールタイプの一種)の後ろに乗って目的地もないまま、彼の走るに任せてそこに辿り着いた私は、その土地がどんな場所かもよくわかっていなかった。
だから瞑想しても中々托鉢が得られないな、と疑問に思ってはいた。
トライクゴーレムの瞑想の頻度は高いため、彼が私に托鉢することはない。
それでもさすがに腹が減って何度目かの瞑想をしていたところ、
トライクゴーレムも瞑想していたらしく、
彼は、冒険者に狩られてしまっていた。
貧血で意識を失っていた私は、その時のことはよくわからない。
私はその土地の冒険者ギルドの建物の中で目が覚めた。
どうやら私をその建物に運び入れた冒険者は、私のことをトライクゴーレムに襲われた被害者だと思って保護したらしい。
その訃報に、
私は泣いた。
ただただ泣いた。
我が同胞を知らぬ内に犠牲にして、のうのうと保護されてしまった自分自身の情けなさに咽び泣いた。
せめて、彼の最期くらいは見届けてやりたかった。どうせ私が抵抗したところで彼を倒せる冒険者に私が敵うはずがない。だから護ってやれたなんてことは言わない。けれど、共に土に還るくらいのことはできたのだ――
私はこの時、すっかり殉教者になるつもりだったのだ。
言い方を変えると、生きることをすっかり諦めていた。
一応、念のため断っておくと、
私がここまで頭がイッてしまったのは、巡礼者になるまでに私の身に降りかかった自業自得のせいばかりではない。
ではどういう理由があったのかと言えば、
トライクゴーレムの乗り心地のせいだ。
この世界には街道というものは存在しない。それらしいものがあったとして、それは獣道のようなものでしかない。
どれだけ時間と金をかけたとしても、
整備した端から魔物とゴーレムによって破壊され、
時にはゴーレムの瞑想によって吸収され、
ニルヴァーナ瞑想型には成長速度が異常な植物を植えられ、
つまりは荒れに荒れる。
開拓するにも、維持するにも、コストがかかりすぎる。
必然的にどこもかしこも悪路となるわけだ。
尤も、先述した獣道というのは、この世界の場合は大抵が魔物かゴーレムがよく通ることで踏みならされた道ということだ。
巨大な彼らが通った道はそれなりに安定ではあるが、舗装された道には当然敵わない。
私の乗っていたトライクゴーレム(個体名を付ける前に破壊されてしまった)もそうした道を基本的には通っていたわけだが、
自走式のトライクゴーレムの走り方とは、
上下にものすごく動くわけで、
悪路のせいで左右にも揺れて、
それがあり得ないようなスピードで疾駆するわけで、
もうカオスという言葉では足りないクラスの混沌だ。
とりあえず死とその先を達観するくらいの乗り心地だった。
なんで私は彼に振り落とされずに居たのかもうそれが最高の謎だが、そこは余談だ。
更に余談だが、今や私の三半規管はチートなまでに鍛えられている。動体視力もちょっとしたものだ。
それらのことにこの時の体験が関係していないとは言い切れない。
とにかく無自覚ではあったが、この時の私はもう現実というものが一切見えていなかった。
私を介抱したギルド医局の職員は、私が助かったことに感涙しているのだと思ったらしいが、私はただひたすらに彼らへの怨嗟を言葉にならない声で呻き、枯れた涙で彼らを非難し続けていたのだ。
出された食事も受け付けず、仮に口に入れたとしても吐きだして、泣き叫んだことで喉が枯れているところに加えて胃酸で喉が焼けて、私はすっかり物も言えぬ廃人となっていた。
私が望まずとも、このままどこかに放り出されて野垂れ死ぬのが相応の末路だっただろう。
けれど、そうはならなかった。
この世界は、人類の数自体は私の元の世界に著しく劣るが、魔素やゴーレムの素材などのおかげでそれなりの文明社会として発達している。
社会福祉の通念もそれなりということだ。
特に冒険者は、前述した文明社会の発達と維持に必要不可欠として考えられているため、ギルドに属することである程度の労災保障が得られるようになっている。ある程度というのは、一応審査基準がありはするという意味なのだが。
私は末端の末端でしかなかったが、冒険者ギルドに所属しており、その証明書であるプレートカードを、どんな奇跡か無くさずに身に付けていた。
きっとプレートの素材がゴーレム由来の素材でできているためだろう。なんの根拠にもならないはずだが、不思議と納得できてしまう。
というのも、若いゴーレムばかりとはいえ、討伐数だけならそれなりだった私は冒険者ギルドの加入保険の適用対象だったのだ。
どこまでも私の悪運はゴーレムに依拠している。
私は医療施設に放り込まれることになった。
時制の感覚を失っていたので、この期間がどれくらいで、何があったのかはよくわからない。
ただ殆ど無理矢理に栄養を摂らされて、ボロボロだった身体を塗布系のポーションなどによって治療され、
そうして体力が復活するや暴れ出す私は、
どうやら殆どの時間、拘束されていたらしいことだけは覚えている。
体力が多少でも回復したせいで、頭のネジが外れていた私は、使命感だけを燃やしていたのだ。
どんな使命かといえば、
復讐である。
仇討ちとでも言うか。
もちろん私を拉致していた(ということになっている)トライクゴーレムを倒した冒険者が、その仇だ。
ストックホルム症候群という言葉はなくとも、こうした心的外傷による加害者への依存症状はこの世界でも珍しくないらしく、私がゴーレムの仇を取るのだと口走ったとしても人類の敵認定を受けることはなかった。
けれどそうしたことを口走っていたために、私が敵意を向ける相手である冒険者との面会はなかった。
断片的な記憶からは、どうやらその冒険者は助けた手前、私のことを気にしているということだったのだが。
何度か面会に来ようとしていたらしい。
私は結局最後までこの仇である冒険者の顔も知らないままだった。
きっとすごく善い人だったのだろうと、今となっては思うのだが。
こんな赤の他人のおっさんを助けた上にその後を気に掛けて、それが見当違いに憎まれても面会に訪れようとか思うような人は、イマドキこの世界でもちょっと見かけないくらいの善人に違いない。
お礼はともかく謝罪したくなるくらいには、客観的に見て私の事情はアレすぎる。
事実はもっと酷いのだから。
けれどその冒険者を擁するその街は、魔物の襲撃によって壊滅してしまったために、その機会は永遠に訪れることはない。
それは海からやってきた。
いや、少々語弊がある。
海『から』やってきたのではなく、
海『が』やってきたと、
そう表現するべきだろう。
タイダルウェイブ。
非常な高波。
そんな破滅的な自然災害を誘導することのできる魔物。
一体一体はそれほど強大な魔物ではない。単に生息域が海に限定されているというだけで、珍しい魔物でもない。
わずかに水流を操り、獲物を渦に巻き込んでしまう魔法を用いる、その魚類の鯨のような魔物は、
群れを為すことで大規模な高波を起こすことがある。
この魔物のせいでこの世界の航路は安定せず、発達していない。
けれど定期的にその数を減らさなければ――
海に近い、私を保護した街のような目に遭ってしまうことがある。
その大規模な高波は、海岸を越えて浸食し、引き波によって彼らの獲物を捕らえていった。
時に、ゴーレムは海が苦手だ。
それは彼らの身体が環境依存であり、ソルティゴーレムのような弱いタイプしか育ちにくいからだ。
他所で育ったゴーレムは、沈むし水の抵抗をもろに受ける巨体のため、海を主戦場とする魔物に敵うわけもない。
それでも、ソルティゴーレムでもいるかいないかでは雲泥の差がある。
海岸付近にいることで、ソルティゴーレムはそんな海からの魔物の攻撃の防波堤となっていたのだ。
ソルティゴーレムはその魔物にとって敵ではない。すでに塩分濃度が高い潮水ではそこまで簡単に溶けないとはいえ、それでもちょっとした波を中てるだけでダメージを与えることができる。
だから防波堤というより、そんな程度でも倒せるようなソルティゴーレムは、囮か疑似餌のような役割を持っていたのだ。
魔物の数は減らせずとも、その攻撃衝動を多少満足させて、もっと遠くにいる人類を狙おうとする意欲を削ぐという意味が、あったのだ。
ソルティゴーレムは例外的に魔物からの襲撃の優先順位が高いということからも、これが事実であることを示唆している。
つまり、ソルティゴーレムを減らしすぎたことがこの街の失敗だった。
おそらく街の住人も、ソルティゴーレムがその魔物(クジマグ)の攻撃対象となっていたことは知っていたのだろう。
けれど、それは住人の目からは、ソルティゴーレムのせいでクジマグが波を起こして、そのせいで海岸が年々浸食されているように見えていたに違いない。それは事実ではあるのだが、別の意味にまでは目が行かない。
バランスというのは、とても難しい物なのだ。
ずっとそこに住んでいるからこそ、巨視的に物事を見ることが出来ない。
大々的に冒険者を呼び込み、ソルティゴーレムを徹底的に狩り、その結果として……
街は壊滅した。
私は、両方とも哀しいことだと思う。
疑似餌としてのソルティゴーレムも、
そのソルティゴーレムの価値を見誤った人類も、
ただただ、哀しい。
それもみんな、ソルティゴーレムが旨すぎるのが悪いんだ! と、後に出会ったこの街を離れていた元住人などは嘆いていた。
彼の目の前ではソルティゴーレム由来の塩焼き岩魚がほかほかと湯気を上げていた。
業というものを感じる話であった。
さておき私はこうして生き残っているわけだが、クジマグの災害的攻撃から逃れることができていたわけではない。
むしろ拘束されていた私は、その突然の災害に対してなんの対処もできず、されもせずに呑み込まれた。
引き波によって浚われた。
極限に次ぐ極限で、一周回った私は一時正気に立ち返った。
正気というと語弊がある。現実を見る力が多少戻ったというべきか。
相変わらずネジが外れていても、魔物に殺されるのだけは勘弁して欲しかったのだ。
私を殺していいのはゴーレムだけだ。
そう心根から思っていたのだ。
しかし前述したように私は拘束されている。身動きはできない。
けれどそれはある意味で幸いだった。
建物の中にいた私と私を乗せたストレッチャーは勢いの失った波に浸され、浮いて、引き波にも浮きながら乗っていったため、大した衝撃は受けなかったのだ。
トライクゴーレムの乗り心地からするとまだマシという程度であって、本来的には恐ろしいことになっていたはずだが、私はそう感じなかった。
結局、拘束されていたことが最大の要因だったわけだ。
暴れていればおそらく私はひっくり返って溺死していた。
私は一心に祈っていた。
どうか、どうか私を殺すのならばゴーレムの手で、と。
しかし引き波に浚われた私は、結局はクジマグの餌食になるはずだった。
――ここで唐突だが、ファラオの眠りという瞑想型がある。
寝袋とはまったく関係がない。
肘を曲げ、胸の中心辺りで腕を交差させて眠るような体勢での瞑想のことだ。
この瞑想型は閉所の冷暗室で進化したゴーレムがよくやる型であり、つまりは身体をできるだけ小さく細くしつつ大地と触れあうために行われるものである。
私は拘束衣を着せられていて、まさしくその体勢となっていた。
そして、ゴーレムは瞑想する同胞の下へと集う習性がある。
やってきたゴーレムは、なんと、飛行タイプの実に珍しいゴーレムだった。非常に希少であるため、お目に掛かれる機会は本当に滅多にない。
ケンタウロスとユニコーンとペガサスを足して五で割ったような(飛ぶために軽量化されているため)姿の彼は鋭い一本角を持ち、空気を裂いて高速で飛行する。
名を、ワイゴーレムという。
由来はわかるがどうしてそうなったと言いたくなる名を持つ彼は、
クジマグ唯一の天敵である。
おそらく数が増えすぎたクジマグは彼を呼び寄せてしまったのだ。
クジマグが中々海岸付近を飽和するまでには増えない原因である。
私の瞑想は単なる目印であり、私の祈りが通じたというわけではないのだが、
私はこの時、天使を見た気分だった。
その角で、クジマグもろとも私を貫いて欲しいと、本気で思っていた。
彼がアルミニウムっぽい光沢の翼をひらめかせ、角が風を切る度に甲高い音が鳴る。
その音が天使のラッパに聞こえていたのだから私はもうダメだった。
私は拘束されていたためにその光景はよく見えなかったが、
ワイゴーレムは颯爽と現れあっという間にクジマグを刺し貫いていった。
その血しぶきと、赤い波が幾度となく私の顔を過ぎり、濡らした。
それはあまりに一方的だった。
浅い海岸ではクジマグに逃げ場はなく、水鉄砲程度ではワイゴーレムを些かも止めることはできない。
遠くの深瀬へ逃げるクジマグを、ワイゴーレムは追わなかった。
彼は燃費が悪い。
近海であればともかく、陸地から離れすぎては充填できず、返り討ちに遭う可能性が高いためだろう。
それに、彼には大地から離れた同胞を連れ戻すという仕事が、まだ残っていた。
私は彼の角に引っかけられて、空を飛んだ。
あまりのGと空気の薄さに私の意識は再び飛び――
気付いたときには、ひんやりとした空気の、暗くて狭い場所にいた。
どうしてそこだったのかは、まあ言うまでもないだろう。
海岸から最も近い炭鉱跡。
私はそこで彼と出逢った。