Bは寄生生物です
最終話
―前回より―
銃弾が頭蓋骨を貫通しているのを見た瞬間、バシロの脳内がショックで一瞬真っ白になりました。
「玄ッ!?」
同胞の気配が消えたのを感じ取ったアノマは、思わず背後に目を向けてしまいます――そして、
「玄!ジゴール!何があっ――」
背後の紅甲が最後の力で振り絞った砲弾が、アノマの巨大を粉々に吹き飛ばしました。
そして、薄れ行く意識の中で実質的な敵の全滅(二人死亡、一人戦意喪失)と雇い主の安全を微かに視認した紅甲は、満足げな表情を浮かべながら息絶えました。
周囲から腫れ物扱いされていた自分を暗殺者として雇い生きる意味を与えてくれたレーゲンの役に立つ事こそ、彼女の全てだったのです。
「……クソッ、最強の駒まで潰されるとは何たる損失……こうなったのもジゴール、全てお前の所為だからな……」
失意のバシロに身勝手な言い掛かりをつけながら、レーゲンは近くの壁に備わった何かのレバーに手をかけます。
「そうだ。お前が……お前ら凡俗の能無し共があそこで僕に従っていれば、こんな事にはならなかったんだ……研究を頓挫させ、多くの研究員の命を奪い、研究室だってこんなに無茶苦茶にした……この償いは高くつくぞ……」
レーゲンが壁に備わったレバーを下ろすと、それに連動して研究室の床が四角く開きます。そこで漸くバシロの意識が戻りましたが、既に手遅れなのは明確。バシロは抵抗する間もなく地下の空洞へと落ちていってしまいました。
「ッが、てめ、レーゲンこの野郎!」
バシロは必死で地下の空洞から逃げ出そうとしましたが、空洞に溜まった黒いタールのようなものに絡み付かれ思うように動きが取れません。その様子を上から見下ろしたレーゲンは、如何にも優越感に浸ったような態度で宿敵を嘲笑います。
「どうだジゴール、贋作ですらなくガキの工作をも下回るゴミのような存在に拘束される気分は!」
「ッてめぇ、何が目的だ!?」
「目的ィ?そんなもんお前への制裁に決まってるだろうが」
「制裁だぁ!?」
「そうだとも。考えてみればそもそもこうなったのはジゴール、お前の所為だ。だからお前に罰を下す。お前が殺してきたそこなゴミ共の死体と融合し、実験体として現代科学の発展に貢献しながら一生を終えるがいい!」
等と言い放ったレーゲンは床材と一体化した扉を閉じつつ背を向け立ち去ろうとしますが、ふと何かを思い出したかのように立ち止まりました。
「あぁ、そういえばお前ん家の居候だとかいう紫の一ツ目女だけどなぁ」
「紫の一ツ目……野郎、ケラスに何しやがったぁ!?」
「別にそんな大したことはしてないさ。あんな見て呉れじゃ労働をさせても他の奴らが怖がって仕事にならなくなるし、かと言って肉便器にもならないからねぇ。仕方なく売ったよ。今頃は薬漬けにされてどこぞの変態金持ちのオモチャにでもなってるんじゃないかなぁ」
「―――ッ!」
まるで笑い話だという具合にとんでもない事をさらりと言ってのけたレーゲン。その悪意に満ち溢れた態度に理性を失うほどの怒りを覚えたバシロは、黒い細胞に侵食されながらもただその感情だけを糧に自我を保ち続けました。しかしそれでも侵食には打ち勝てず、彼は自我を保ったまま自らの研究対象であった黒い生命体へと変じてしまいました。
それを好機と見たレーゲンは特殊な機械でバシロを瓶詰めにし、更なる屈辱と苦しみを与えるべく行動を開始します――が、そんな彼の企みはある時一気に崩壊してしまいます。
それぞれ大きな新聞社とテレビ局に勤める玄の両親が、息子の仇とばかりにレーゲン(及び彼の身内)の悪事を(私的感情の混ざった勝手な脚色を加えて)大っぴらに公表したのです。
瞬く間に"全エレモス民の敵"へと仕立て上げられたレーゲンの実家は、失態をやらかした親不孝者として彼を勘当。持ち前の権力と財力で何とかマスコミを黙らせようとしましたが、抵抗も虚しく最後は一家心中に追い込まれてしまいます。
一方勘当されたことで独り身となり全てを失ったレーゲンは、自身に残された最後の財産である瓶詰めのバシロだけは捨てるに捨てられないまま、紆余曲折を経て違法な貨物船に紛れ込み、数々の違法な品々と共にノモシアの田舎町へ放逐されてしまいます。
しかしそこに来て生来の往生際の悪さがぶり返したレーゲンは、何を思ったのか小さな宿屋へ住み込みで働きながら多くの魔術を驚くべきスピードで習得していき、機を見て宿屋の主人と他の従業員を毒殺し宿屋を占領。魔術師達を率いて独自の宗教を興した彼は、全盛期ほどではないものの凄まじい力を振るうようになっていきます。
そして、とうとう街を支配するに至ったレーゲンは、調子に乗って信者を率いて隣町への侵攻を決行します。しかしその企みも政府の要請で駆けつけたイスキュロン軍によって瓦解し、追い詰められたレーゲンは部隊長の申し出を頑なに断り続け、自棄を起こして八つ当たりだとばかりに瓶詰めのバシロを地面に叩き付けると、自らの舌を噛み切り自殺してしまいました。
一方、勝手に教団の神体として祭り上げられたバシロはその場に居合わせた部隊長の女を一目見て気に入り、彼女を寄生対象に選びます。それまで不完全な肉体を維持するのに必要最低限のものだけを与えられていたバシロは開放感の余り冷静な思考が出来なくなっており、交渉もそこそこに相手の承諾も得ないまま部隊長の半身に寄生してしまいます。
一方の部隊長は漫画好き特有の先入観が災いしてバシロを有害な存在だと思い込んでしまい、彼を拒否し続けました。それでも諦めきれないバシロは彼女の精神へ心からの善意で語りかけますが、疑いによりそれも何かの病なのだと誤解され、結局部隊長は自ら牢獄のような隔離病棟に入り心を閉ざしてしまいます。
後にバシロとこの部隊長―全盛期には世界的スターとして名を馳せ『砂塵の豹』と呼ばれた女の元をある男が訪れます。
そしてその男の申し出により二人は第二の人生へと誘われるのですが、それはまた別の話。
そして物語はシーズン3へと続く……