フライ×センチピード
タイトルが既にネタバレ……
―前回より―
二人組の男達―若い黒豹系禽獣種の玄と年配の霊長種アノマ―がバシロに話した内容を箇条書きにしてまとめると、大体以下のようになります。
・二人の関係はさして特別なものではなく、つい二週間ほど前近所の漫画喫茶で知り合った程度の仲である。
・それから連日会うようになった二人は、互いが似たもの同士なのだと気付き意気投合。
・話し込む内に話題は北エレモス大学のある研究チーム(=即ちバシロ達)についてのものになる。
・何でもこのチームは成功すれば世界的な大騒動に発展しかねないような題材を研究し、ほぼ成功の一歩手前まで漕ぎ着けたのだという。
・それはあくまで噂の域を出ない話だったが、これに大変興味を持った二人は独自に調査を進めてみる事にした。
・調査の結果研究室の実態と現状についての情報を掴んだ二人は、機を見てレーゲン達の野望を叩き潰すべく暗躍し始めました。
・となると何かしらの戦闘能力が必要になるわけですが、アノマと違って玄には武術や魔術の心得があるわけでもありませんでした。
・しかしだからといって、彼が非力だったかというとそんなことは在りません。
・何故なら二人はどちらも、ヴァーミンの有資格者にして保有者だからです。それぞれ蝿の象徴を持つ第一のヴァーミンを持つ玄と、ムカデの象徴を持つ第十のヴァーミンを持つアノマにかかれば、あの程度の軍団など朝飯前なのです。
「――とまぁ、あらましを話すとこんな感じだな。ちィと手こずって出遅れたり、出るタイミングを間違えちまったりはしたが……」
「もう少し早ければ妹さんや弟さんも助けられただろうがね……いや、その件は本当に済まなかった」
「……いいんだ、もう過ぎたことだしな。今はアンタ等が助けに来てくれたってだけでも有り難ぇよ」
「本当はもっと早ェ段階で出られりゃ良かったんだがな、下手に出て行ってお前さんの足手まといになるかと思ってよ」
「異能があるとはいえ、我々は君より確実に弱い。もしあそこで奴らに取り込まれれば、足手まといどころか敵に塩を送りかねないしな」
「そうか……で、問題はあすこでノビてやがるクソ野郎だが……サツに突き出すんじゃあ抜け出しそうだし、とりあえず適当に――ぅをっ!?」
刹那、銃弾らしきものがバシロの顔面を掠めました。飛んできた方向に目を遣ると、暗闇の壁面にブヨブヨした何かが貼り付いているのが解りました。それの中央辺りからは銃身らしき筒状のものが生えており、原理は不明ですがバシロ狙撃の犯人はあの物体で間違いないようです。
「ッフ……流石だな、紅甲」
床に伸びたまま静かにそう口にしたのは、気絶させられたと思われていたレーゲンでした。
「……次、外さん……」
紅甲と呼ばれた壁の物体は、若干年老いた女の声でそう言いました。よく見ればブヨブヨした物体にはヒトの女性の上半身を象ったような隆起が見られ、銃口らしき筒状のものは伸ばされた左腕の甲から生えているのでした。更にその何とも気味の悪い肌の全体的な質感は、陸棲の有肺類(巻き貝)を思わせます。
その余りの異形ぶりにバシロは自分の目を疑いますが、玄とアノマは既にその正体に気付いているようでした。
「その姿……まさか同時に三人揃うとはな」
「……お前、ら……」
「あぁ、お察しの通り。私が十で、此方の彼は一だな」
「……七……」
「へぇ、七番か。だったらその気色悪い破殻化も納得だわなァ」
「……否定、せぬ……が、死ね……」
「ふむ、交渉でどうにかなる相手ではないか」
かくして三名は身構え、レーゲンは逃走の準備を整えんとするわけですが……
「つか俺、若干話についてけてねぇんだけど。誰か一体何がどうなってんのか三行で説明してくんねぇ?」
「よしわかった。我々が諸々の説明を済ませた後、君はそこな紅甲という女に狙撃され死にかけた。
どうやらあの紅甲はそこな黒兎の協力者で、我々と同じくヴァーミンの保有者らしい。
かくしてナメクジの象徴を持つ第七のヴァーミンを持つ紅甲との戦闘が始まろうとしている」
「成る程な。大体把握できたぜ」
「そりゃ何よりだ。んでオッサン、どうすんだよ?あっちのイカスミ・ドナテルロ一世は適当に電気あんまで黙らすとして」
「誰がイカスミだ!この色は地毛だ地毛!」
「問題はあの女郎蛞蝓か……まぁあの墨汁・ドナテルロ二世は丸腰だからな。というか玄よ、電気あんまはやめておけ。あの顔付きは隠れマゾの可能性が高い故、力加減によってはもっと騒がしくなる」
「そうだなー」
「だから地毛だって言ってるだろ!墨汁じゃない!あとマゾでもない!」
「んー、となりゃやっぱり―――ぬぉっ!?」
刹那、玄の足元でかなり大きな爆発が起こりました。玄は瞬間的に後方へ飛びのいたので何とか無事でしたが、床には大穴が空いてしまいました。
「……休む暇、与えぬ……」
少し凄んだ様子の紅甲の右腕からは、ロケット砲らしき大経口の銃身が生えていました。
「ではこうだ。私はあれ。君らはそれ」
アノマの指示は小声な上に目標を指で指し示しさえしない極めていい加減なものでしたが、二人にはそれで充分でした。
すぐさま身構えた紅甲はロケット砲でアノマを狙い撃たんとしましたが、彼にしてみれば砲弾を避けるなど朝飯前でした。
「ンー、快調快調。これはいい兆し――だッ!」
アノマが振り上げた右腕を勢い良く振り下ろすと同時に腹足で壁に張り付いていた紅甲が念力のような力で引き剥がされ、様々なビンの並ぶ大きな棚のガラス戸へ盛大に叩き込まれました。
ガラス戸が粉々に粉砕されるのと同時に中身のビンも次々と割れ、その内容物―実験に用いられる薬品の中でも"劇薬"と呼ばれる類いのもの―が混ざり合いながら紅甲に降り注ぎます。
「ッ、ぐぉオぇェアぁぇエォおエぇあァェ……」
破殻化によってヒト大の蛞蝓と化した彼女の身体にただでさえ危険な劇薬類が降り注げば生き地獄は免れません。苦しみ悶える紅甲の身体は徐々に溶けていきます。
「よし、此方は片付いた!君らはウサギの捕獲を頼――「させ、ぬゥゥゥッ!」―なッ!?」
アノマの指示を受けたバシロと玄は追い詰めたレーゲンを取り押さえんとします―が、そうはさせまいと起き上がった紅甲は溶けかかった肉体を酷使し再びバシロを狙撃せんと弾丸を放ちます。
その速度は先程と比べものにならない程で、幾らバシロとて必中は免れない代物でした。
「(ッべ、避けらんねッ―――)」
バシロが生を諦めたその刹那、何者かが彼を力一杯突き飛ばしました。
「!?」
そして次の瞬間バシロが目にしたのは、左目に銃弾を受け俯せに倒れ込む玄の姿でした。
玄死す!?次回、シーズン3へ繋がる最終話!