ニッチな分野でもカネに繋がれば問題ないよねっ!
問題ありまくりだ、馬鹿が
―前回より―
「ふざけんな、馬鹿言ってんじゃねぇぞ!」
その日、白昼の研究室にバシロの怒声が響き渡りました。
「しかし先輩、夢を夢で終わらせない為には妥協も必要でしょう?」
「だからってこんな妥協があるかぁっ!すぐに取り下げろ!」
「バシロ教授の言うとおりですよレーゲンさん。そんなの学会でも取り合ってくれませんって」
「あのね、そこをどうにかするのが知恵というものなんだよラファール君。世間の根本というのは所詮権威主義だ。我々のような新参者は、どんなに有益なことを発案しようと『若造が出しゃばるな』の一言で片付けられてしまうんだよ。
権威のないものが注目されるには、カネに直結するよう話を路線変更するしかないんだ。学術の発展がどうとか言ってるが、連中は結局カネしか頭にないんだからね。
先輩も、今更何を躊躇うんです?生命の人造という研究の公表は、賞賛と同時に迫害も多く受ける可能性が高いんですよ?」
「筋を通したヤツが叩かれんのは世の常だろうが。そもそも今まで新しいことやったヤツが叩かれなかった前例があるか?あったとして、そいつらの始めた事がちゃんと後世にまで残り続けて世の中で形になったか?なってねぇんだよ大概!」
と、こんな具合にバシロとその後輩である兎系禽獣種・レーゲンを中心に勃発した言い争いは激化の一途を辿っておりました。言い争いの種というのは皆様もお察しかと思いますが、レーゲンが『発表は延期し、研究完成の為内容の方向転換を行うべき』などと言いだしたことにありました。とはいえ、こういった発言そのものはさほど問題のあるものでもなく、寧ろ慎重派の意見は尊重されるべきでさえあります。
ただ、如何せん彼の提案した『方向転換』の部分にはかなりの問題がありました。それを語るレーゲンの口ぶりは権威や利益の為という不当極まりない理由で倫理を無視するようなものであり、元より気性の荒い性格のバシロを怒らせるのに充分でした。
レーゲンの提案した方向転換―それはすばり『人体実験』でした。
そもそも本来バシロ達は、研究の末に産み出した黒い生命体の維持には『人造した生命エネルギーの外部注入及び定着化』を行うべきとしていました。
一見無茶なように見えるこの技術ですが、霊媒殺人鬼と呼ばれた死刑囚ジェフリー・ボーンズの脳より吸い出された記憶(要約すれば『霊魂とは情報を持ったエネルギーである』というもの)を元手に霊魂を学術的な視点で解析し、研究を進めればほぼ可能であるとされていました。
しかしながら権威と利益に目の眩んだレーゲンは自分の手柄を他の学者に横取りされることを恐れ、その結果『天然の有機生命体を吸収し、それと同化しなければ死んでしまう』『その状態でも健康な有機生命体に寄生しなければ生命を維持出来ない』という黒い生命体の性質を逆手に取って、人間を吸収させることで高い知能と可変性を併せ持った生命体を創りだす素体にしてしまえばよいと考えたのです。
更にレーゲンはこの技術を軍事目的で政府に売り込むつもりでいるとも話し、ゆくゆくは他の五大陸をも侵略・支配してしまえるほどの比類無き力へと進化を遂げるだろうとまで言い切りました。
当然ながらバシロを初めとして彼に恭順する多くの研究者達は、研究者にあるまじき思想を語るレーゲンに腹を立て反発しましたが、既に幾つかの組織と契約を結んでいたレーゲンは彼らをあの手この手で追い詰めていき、ある時には大学から追い出し、またある時には財産を奪い、挙げ句の果てには死に追いやることもありました。
仲間や後輩が次々と悲惨な末路を辿る中、バシロはぐっと涙をこらえて耐え抜きました。安全のためにロフィ・ケト・ケラスの三人を慎一に頼んで別々の場所へ逃がしつつ、当人は必死で戦い続けました。
そして半年間という長期間に及ぶ戦いの末、バシロは遂にレーゲンを追い詰める事に成功します。
―夜の研究室内―
「長かった……ああ、長かったぜ。この半年間、何もかもテメェの為に注ぎ込んできたからなぁ……」
「それはそれは、偉大なバシロ・ジゴール博士にそこまでして頂けたとは光栄ですねぇ。まさしく学者冥利に尽きるといっていいでしょう」
「……学者、ねぇ……その口が言うかよ。テメェは学者なんかじゃねぇ。カネに目の眩んだ只のゴミだ」
バシロはマグナムの銃口をレーゲンに向け、じりじりとにじり寄っていきます。
「せめて商人と呼んで頂きたいものですねぇ。それで駄目なら、時代への適応と進化した新時代の学し――っぁ、ぐ!?」
言い切るより前に、マグナムの弾丸がレーゲンの黒く細長い右耳を貫き分断しました。
「っがあああ―っ、えぁ、な――み、みみっ、耳がぁっ!」
「……その言葉ァ気安く使ってんじゃねぇぞ、クソガキが。適応進化と逃げは別もんだ。運動不足で足腰弱って太るのが進化かよ、調子乗んな」
「なッ……はァ……くッ……ッあ……先、輩ッ……私は今、物凄く、反省していますよ……」
血の流れ出る耳から手を離したレーゲンは、目を見開いて叫びます。
「あなただけは何としても……殺しておくべきだったとね!
……仕事だ、奴を殺せ!」
レーゲンの呼びかけに応じ研究室へ入って来たのは、ざっと100名程の武装したゴロツキ達でした。
「どうです先輩?身勝手な理由で社会のルールに刃向かい自滅の道を選んだあなたにはお似合いの末路でしょう?」
といった具合で優越感に浸るレーゲンでしたが、バシロの反応は彼の期待を裏切るものでした。
「――へ、くだらねえ」
「何?」
「くだらねえっつーのよ、てめえは。この程度でビビる俺だと思ってんのか?
こちとら刻印術者だぜ?進学校育ちの農薬モヤシと一緒にしてんじゃねぇよ」
「……それは失礼、では――やれ」
その一言と共に100を超える銃口の全てがバシロに向けられ、その全て―拳銃や突撃銃から、榴弾砲や機関砲まで―が、一斉に火と鉛を吐き出した。
次回、バシロの逆襲が始まる!