GEKKOH REVENGER
夜遅く、住宅街には野次馬の喧騒と、パトカーのサイレンでうるさかった。
警官がとあるアパートを取り囲み、立ち入り禁止のテープを張り巡らせている。
「うわぁ、なんですか、これ」
若い刑事がアパートの一室に入って声を漏らす。
中にあったのは一人の男の死体。
驚くほど鍛え上げられた肉体は、こめかみに一発の銃弾を受けて即死していた。
だが、若い刑事が驚いたのは、その男が死んでいた事ではない。
「なんですか、このおもちゃみたいな……」
「不用意に触るなよ」
年季の入った刑事に咎められ、若い刑事はその『おもちゃ』から離れる。
おもちゃとは死体の右手に握られている一丁の拳銃。
「お前は知らないかもしれないが、それは銃ってんだ。一発で人を殺せる怖いおもちゃだよ」
「えぇ? こんなモノで人が?」
若い刑事は訝って拳銃を眺め回す。
「そのおもちゃに口がついてるだろ? そこから鉛球が音速以上のスピードでで飛び出すんだ。それが当たれば大抵は死ぬ」
「そんなもん、バリアでも張れば楽に防げるじゃないですか」
能力者、と言う人種が一般に広まって数十年。半世紀を越えてしばらく経つ。
若い男も一端に障壁を具現化させ、ある程度の攻撃を防ぐ事が出来る。
当然、音速で飛び出す鉛球だって防げる自信はあった。
「こいつぁ、自殺だな」
ベテラン刑事は部屋の状況を見回して、そう判断する。
部屋の中で暴れた形跡はなし、来客もなかったそうだし、発砲音がしてから第一発見者がここに来るまでには数分も要さなかった。
さらにベテラン刑事の使う能力探知にも引っかかってこない。
死んでいる男が能力で操られたわけでも、ワープ能力で侵入してきた者がいたわけでもなさそうだ。
能力使用の痕跡なし。そんな部屋で男が一人で死んでいれば、そりゃ自殺だろう。
だが、自殺だけで事件を解決させるわけにはいかなかった。
「おい、読めるか?」
「え? ああ、はいはい。お仕事ですね」
ベテランに呼ばれ、若手が死体に近づく。
白手袋をはめた手で死体に触れ、彼の得意能力を発動する。
それはサイコメトリーという能力。
物や場所に残った強い思念を読み取り、追体験すら可能にする能力である。
「こいつが連続殺人の容疑者だったのは間違いない。犯人かどうか、しっかり調べろ」
「わーかってますよ」
****
能力者と呼ばれる人種が世界に広まって数十年。
人類のほぼ全てが、一昔前には考えられなかった特殊能力――魔法のような力を手に入れ、世界の様相は一変した。
その人の持つ能力の優劣が、そのまま人間の強さの優劣に繋がり、強く、特殊な能力を持った人間は世間から優遇される。
代わりに、極少数存在する能力を持たない人間は、人以下の存在であるかのように扱われていた。
彼もまた、その一人である。
生まれは裕福な家庭であった。
他に類を見ない特殊能力を持った先々代が、その代だけで世間をのし上がり、一大財産を築く。
その能力は子孫に受け継がれ、彼の家柄は国内でも有数の能力大名と呼ばれる新興大家として、その地位を不動のものとした。
彼には上に二人の兄がおり、その二人ともが早いうちに能力を開花させ、家を発展させ、世間に貢献する。
そんな中、彼にはその能力が芽生えなかった。
いや、それどころか何の能力も持たなかったのである。
大体の人間は、遅くても十歳までには何らかの能力に目覚める。
現在の資料では十一歳以降になってから能力を開花させた人間は一人としていない。
彼の場合、小学校に入学し、しばらくの間は大家の御曹司として一目置かれ、特殊な存在としてクラスに馴染めずにいたのだが、それが十歳を超えたところで一変する。
十一歳、小学五年生の時だ。
しばらく様子を見ても能力が芽生えない彼に、周りの反応は一目置くどころか、虫けらを扱うような酷いものとなっていったのである。
「おい、出来損ない! お前の家の兄ちゃんはスゲェのに、なんでお前だけ能力なしなんだ!?」
「能力なしは何の取り得もない害悪だって言ってたぜ? 何でお前、学校なんか来てるんだよ!?」
それは殴る蹴るの暴行。廊下を歩いているだけで後ろから突き飛ばされ、倒れた所に何の理由もない暴力が襲い掛かる。
持ち物は破かれ壊され、使っていた机や椅子には泥水がぶちまけられた上に、彫刻刀で心無い言葉が彫られる。
ある朝には机に花瓶が添えられていた事もあった。
しかし、彼は耐えた。
彼の家柄は特別なものだ。いじめを訴えれば親や兄弟が何らかのアクションをしてくれたかもしれない。
だが、もし彼らすら何もしてくれなかったら? 救いの手を差し伸べてくれなかったら?
自分にはもう何もない。
それが怖くて、誰にも話す事が出来なかった。
考えてみれば、その時、暴行によるあざや、持ち物が頻繁に交換されるなどの事があり、家族すらも気付けたはずなのだ。
それに何の反応も返してくれなかったと言う事は……。
中学生になり、いじめは更にエスカレートする。
彼は能力なしなりに物事を考え、何か出来る事はないかと身体を鍛え始める。
彼の身体は同年代の中でも異様なほどに成長し、中学生のうちに百八十センチを数える身長となって現れた。
体格に見合って筋肉もつき、見掛けだけならばいじめられっこには見えなかった。
だが、時は能力者の時代。どれだけ身体を鍛えた所で、能力には負けてしまう。
小学生時代からのクラスメイトが、彼は能力なしだと言いふらし、学校中から奇異の目で見られ、中学校でもまたいじめに遭う。
暴力などは日常茶飯事、罵声などはまだ可愛いものだ。
髪の毛を全部剃られ、金を巻き上げられ、万引きなどの軽犯罪を強要され、能力の実験台にされる。
ここに至り、初めて彼の家が反応を見せた。
軽犯罪を犯した事で家にまで影響が及び、家名を傷つけるような事態になって、彼の行動が咎められたのである。
家族が起こした行動とは、彼を責める事だった。
「どうしてお前はそうなんだ」
「何故私たちにまで迷惑をかける?」
「お前が出来損ないなのは、俺たちには関係ない」
「やられるなら、勝手に一人でやられてろ」
どん底に落ちた彼に対して、世間は、家族すらも冷たかった。
絶望はやがて怨嗟となり、彼の心をどす黒く腐らせる。
それは復讐の炎となって燃え上がり、彼の頭の中に幾つかの顔が思い浮かんだ。
彼をいじめてきた数名の顔だった。
今でも鮮明に覚えている。
あの歪んだ笑みを。
俺を虐げてそんなに面白かったか? 優越感に浸れたか?
他人を下に見るってどんな気持ちだ?
俺は、虐げられて、苦しかったぞ。死にたかったぞ。いや……殺したかったぞ。
そんな思いを抱えて、彼は高校へは進学しなかった。いや、出来なかった。
家族から『高校へは行くな』と言われてしまったのだ。
彼には僻地にある家が一件与えられ、そこで軟禁されたのである。
家にとって彼は汚点であった。名家にあるただ一つの黒いシミだったのだ。
しかし、彼を家から追い出す事も出来ない。その行動すら家名に傷をつけるからだ。
ならば衣食住に不自由しない環境と、ある程度の金を与え、軟禁して飼い殺す。
それが家族から彼に与えられた最後のモノだった。
最初の一年は楽しかった。
家にいるのは数人の使用人ばかり。しかも僻地の別荘を管理している人間は能力なしばかりだった。
彼にとってこれほどの楽園はなかっただろう。
誰も彼を虐げないし、彼を追い詰める家族もいない。
しかし二年目からはテレビを見て考えるようになる。
何故、あいつらはあんなにも優れた場所にいるのだろう、と。
能力持ちがそれほど偉いのか? 俺を虐げて当然だと言えるほど?
その疑問が黒々とした気持ちを復活させ、復讐の炎を再燃させる。
気付けば彼は中学生の頃から続けていたトレーニング片手間に、とある事を考えるようになった。
思い立ったが吉日、と言えばいいか。
彼は初めて家族にお願いをする。
「アメリカに留学したい」
そう言った時、家族の反応は微妙なものだった。
自分たちから彼を遠ざけるのは、家族にとっても有益だった。誰も自分たちの家の汚点など見たくはないのだ。
しかし、遠く見知らぬ地で、自分たちの名前を名乗る彼が、また新たな汚点を残すかもしれない。
それだけは許せなかったので、彼は家から『家の名前を名乗るな』と言う条件付で留学を許された。
アメリカで彼はひたすらに射撃の訓練をした。
この頃、当然アメリカでも能力者の社会が形成され、銃器などは蔑ろにされていた。
どうせ銃弾は能力者の障壁に阻まれる。そういう固定概念が存在し、銃社会であったアメリカにおいて銃とはスポーツの一環になっていた。
彼が学んだのもそう言ったスポーツの一環である銃、特に長距離射撃だ。
数年の歳月をかけて腕を磨き、一キロ離れた的に完全に的中させるほどの腕を得た。
彼を能力なしだと知りながら、良く世話をしてくれた銃の師匠にもお墨付きを貰い、彼は帰国する。
そもそも、何故銃は廃れたのか。
能力者が生まれてからこっち、戦争のあり方も変わった。
能力者が前線に出され、能力者同士のファンタジーバトルが繰り返されるようになったのである。
そこには近代兵器の影もなかった。
戦車や戦闘機は能力者によって軽く一捻りされ、銃器なども簡単に封じられる。
奇襲などによって一部運用される例はあったが、その運用コストなどを見て、戦車数十台分の戦闘力の能力者を比べると、能力者が優先されるのも当然ではあった。
故に、世界からは近代兵器が鉄の塊と化し、一部好事家に愛でられる以外に存在価値を見出せなくなっていたのだ。
そんな世界になって、早数十年の時が流れていたのである。
世間一般の常識でも銃などはおもちゃであり、能力者に対して何の力もない鉄くずだとされている。
銃刀法違反なんていう前時代の法律が生きているニホンでは、とりわけ銃の存在感などなく、近年に生まれた人間などは歴史の教科書でしか知りえない物となっていた。
そこに彼は疑問を抱いた。
奇襲によって戦果を上げられるならば、上手い使用方法だってあるはずだ。
それに気がついた時、彼は行動に出ていたのである。
幸い、家族から押し付けられた金だけはあった。
取り寄せたのはロシア製のスナイパーライフル。一キロに及ぶ射程距離を持つボルトアクションの物だ。
これすらも既に『骨董品』として扱われている。時の流れとは恐ろしいものである。
これと一緒に銃弾を何百発と買い込み、その商人を潤わせてやった。
それからは夜な夜な、別荘の建てられてある山奥で銃の練習だ。
幸い、僻地ゆえに人も少なく、騒音害として通報される事もなかった。
ある程度練習し、銃の特性を覚えた後、彼は何年かぶりに故郷の町へ戻る。
そこで実家には帰らず、小さなアパートの一室を借りる。
適当に生活できるだけ、最低限の物を用意し、拠点を構える事に成功した。
ここから彼の十年越しの復讐が始まるのである。
名前は覚えている。小学校の頃、彼をよくいじめていた男子数名。
探偵を雇ってその内の一人の居場所を突き止め、彼が大学生生活を満喫していると知り、彼の顔には何故だか不思議な笑みが浮かんだ。
それからは毎日毎日、彼の行動を逐一観察する。
何時に起きて、何時に外出し、何時に大学にたどり着き、何時に学校を出て、何時にバイトし、何時に帰宅し、何時に就寝するのか。
それ以外にも様々な行動を事細かに観察し、彼の行動パターンを粗方読みきる。
そしてある日の夜。
バイト帰りの男が、公園を歩いて家に帰ろうとしているところを、遠く離れたビルの上から見下ろす。
丸いスコープサイトに映る男の姿は、どう見ても間抜けだった。
能力が開花した所で、それを伸ばす事もせず、大学に入ったのも時代の流れにのって仕方がなく、といったもの。
三回生になっても将来の展望を持たず、いつもその日暮らしの生活を送っていた。
「これなら、俺の方が人生を楽しんでるな」
ニヤリと笑みを浮かべて、引き金を引く。
サプレッサーに消された音を聞きながら、暗視サイトの中で血を噴出す男を見て……しかし、虚無感を覚えていた。
何故だかこれっぽちも心が晴れないのだ。
そしてすぐに悟る。
これでは単に死んだだけだ。
あの男は彼の感じた憤りも、怨みも、殺意も、何も感じぬままに死んだだけだ。
これでは意味がない。
「次は、ちゃんとやろう」
それっきり、もう死んだ男に興味はないといった風に、彼はそのビルから姿を消した。
翌日にはそれがニュースになっていたが、その報道では『凶器不明。どんな能力者の犯行か』とされていた。
思わず笑ってしまった。
次も小学生時代のいじめっこ。
こちらは順風満帆と言った風であった。
家族を得て会社員としてバリバリ働いていた。
その姿たるや、目を覆ってしまうほど輝かしいものであった。
だから、まずはその男の娘を殺した。
殴って、蹴って、犯して、その様子を写真にとって送りつけた。
その後、妻を殺した。
殴って、蹴って、犯して、その様子を写真にとって送りつけた。
男は絶望し、激怒し、彼に対して相当な殺意を持っていた。
「これこそ、俺の求めていたものだ!」
その反応に、しかし彼は狂喜する。
彼を探し始めた男だが、一人でいるところを、やはり頭を打ちぬかれて死亡する。
世間は恐怖に染まった。
謎の連続殺人犯が、謎の能力を使って、次々に人を殺しているのである。
連日の報道で、外を歩く人々は警戒心も強くなり、障壁を常に展開して生活を始める。
それは無理のある生活だった。
障壁はどんなものでも物理的な干渉を弾き返す。それでは人と挨拶を交わす事すら難しくなる。
それに日々の生活だってままならない。
薄く、小さく障壁を張る事が出来る熟達者ならまだしも、そうでない子供や、不器用な人間などは部屋を出るだけでも一苦労になるのだった。
それが窮屈に感じ始めた頃、もう一人、被害者が出る。
トイレで用を足している所を、後ろから撃たれたようだった。
その顔は恐怖に染まり、白目を向いて死んでいた。
彼はその後も、能力者相手に復讐を続けた。
時にはスナイパーライフルでヘッドショットを華麗に決め、時にはターゲットが油断する場面を狙って潜入して拳銃で打ち抜く。
彼は能力者を憎み、能力者社会を怨み、能力と言うものを妬んでいた。
その憎悪がどんな結末を呼ぶのか、まだ彼は知りはしない。
中学生時代のいじめっ子を数人殺したある日の事。
次のターゲットが厄介な人物だった。
どうやら連日の殺人事件で被害者の接点が見えてきたようなのである。
容疑者として彼の名前も捜査線上に上がっているだろう。
そこまでのシミュレーションは出来ている。どうせ捕まるつもりもない。
この復習が終われば、彼の中身は空っぽだ。生きていても仕方がないと思っている。
故に、復習が終われば自分の眉間を打ちぬく覚悟も出来ている。
しかし、今度のターゲットは手ごわい。
家の中から一歩も出ないのである。
窓際にも立たないし、生活スペースが遮蔽物の中だけになってしまったのだ。
こうなってしまってはスナイパーライフルでは狙いづらい。
しかも彼の自室に篭っているため、潜入するのも難しい。
何故なら相手は能力者。こちらが犯人だと気付かれれば、能力なしの彼には対応する術がないのだ。
ターゲットの部屋のあるマンションをよく眺める事が出来るビルの上で、彼は舌打ちした。
その時、どこからともなく声が聞こえる。
『引き金を引け。そうすれば銃弾はやつに届く』
周りに人はいないのに声がする。
その事を不思議に思った彼だが、言葉に誘われるように狙いをつけ、引き金を引く。
もちろん、その銃弾は家の外壁を貫くほどの威力はない。
だがあろう事か、銃弾は外壁を豆腐かなにかのように呆気なく砕き、そのままターゲットの眉間を打ち抜く。
それには彼も目を疑った。
「バカな!」
と、声にすら出してしまった。
自分でしでかしてしまった事が信用出来なかった。
アパートに帰ってくると、ある事実に気付く。
ライフルの排莢を行っていなかったのである。
彼は何の気なしにライフルを取り出し、ボルトを引いて排莢を行う。
すると、飛び出してきたのは銃弾つきの薬莢。
撃ったはずの銃弾がそこに残っているはずはない。
慌ててマガジンの中を確認したが、確かに銃弾は残っていた。
だとすれば、さっきターゲットを貫いたあの銃弾は一体?
ふと気がつく。
ここに来て、やっと彼の能力が開花したのだ。
齢二十一、実に一般よりも十一年も遅い開花である。
それに気付いた時、彼は内からこみ上げる吐き気を抑えられなかった。
自分もまた、死ぬほど嫌悪していた能力者の仲間に入ってしまったのである。
数時間打ちひしがれた後、彼は拳銃を構えた。
****
「まぁ、犯人に間違いないですね」
若い刑事は苦い顔をして吐き捨てる。
確かに同情するところはあったが、この男は間違いなく大量殺人犯だ。
「まさか能力者全盛の時代に、こんな古い武器が猛威を振るうなんて……」
「これからまた、世界が変わるだろうな」
部屋の外でタバコをふかしていたベテランがそう呟いた。




