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ウォッシング・マシン・ガールズのステラホール  作者: 枕木悠
第一章 博士の噴射機械
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第一章⑧

 アンリエッタと小田切は近所のスーパで材料を買い、アンリエッタの部屋に戻った。アンリエッタは狭いキッチンでカレーを作った。小田切はテレビのチャンネルを合わせていた。カレーは通常の二倍のスピードで出来上がった。アンリエッタの炎によって家庭用のガスコンロも中華料理屋並みの火力になるからだ。

 父親以外の男性と二人だけで食事をするというのは、初めての経験だった。アンリエッタはいつもよりもコーラをたくさん飲んだ。「骨が解けるよ」と小田切は冗談を言いながら、アンリエッタのカレーに満足そうだった。先生と違って、小田切はとても優しくて紳士的だった。汚れた口をティッシュで拭いてくれたし、お皿も洗ってくれた。本物のお兄ちゃんみたいで嬉しかった。アンリエッタは意味もなく微笑みっぱなしだった。

 テーブルを挟んで、二人。

 小田切はテレビに視線をやっている。

 アンリエッタは、とても愉快なバラエティ番組の笑い声に合わせて、小さな声を出しながら、タイミングを見計らって、下唇を舐めて、切り出す。「小田切さん、ええっと、僕、深夜二十四時に学校に行かなくちゃいけないから、先に寝てて下さい、この部屋で、灯りもきちんとつけて」

「え?」小田切は視線をアンリエッタに向ける。「なんで?」

「理由は、その、」アンリエッタは胸の前で腕を交差した。「トップシークレット」

「え?」小田切は笑う。「クラスメイトが歓迎パーティでも開いてくれるの?」

「違うんです、その……、」アンリエッタは上目で小田切を見て反応を窺う。「そうでした、パーティでした」

「まあ、僕は構わないよ、」小田切はシガレロを咥え、火を付けようとして、止めた。「いいよ、行っておいで」

「ありがとうございます」アンリエッタは小田切のシガレロに火を付けた。もちろん、魔法を使って。ライタで火を付けるよりも、とても簡単。

「あ、灰皿が」小田切は煙を吐きながら気付く。

「あ、コップに」アンリエッタは立ち上がりキッチンからコップを持ってきてテーブルに置いた。

「ありがとう、」小田切は灰を落とした。「でも、いいの?」

「はい、」歯切れよくアンリエッタは返事をして微笑む。「僕、小田切さんを信用していますから」

「いや、シガレロを部屋で吸っていいのかなって、聞いたんだけど」

「え、あ、はい、」アンリエッタの頬は赤くなった。なんで、こんなことで赤くなっているのか、自己分析できる余裕はなんだかない。こういう精神状態は極めて稀である。「どうぞ、あの、シガレロの臭いは嫌いじゃないです、先生も、ケイさんもよく吸っていたし」

「そう、」小田切はコップに灰を落とした。「でも、コレだけにしよう、……あいつももう十七か」

「吸わないと、イライラしたりしませんか?」アンリエッタは聞いた。

「そうだね、でも、少しだけだよ、少し忘れていたら、どうでもよくなる、シガレロの役割は僕にとってはスイッチみたいなもので、僕はジャンキィじゃないから、安心して」

「すいっち?」アンリエッタは首を傾げた。

「そう、スイッチ、スイッチを押すと、僕は何かを始めるんだ、」小田切は短くなったシガレロをコップに落とした。「あるいは切り替わる」

「さっきは何を始めようとしてたんですか?」

「推理、いや、推測、あっちゃんが」

「あっちゃん?」そう呼ばれてアンリエッタは反応した。

「ケイがそう君のことを呼んでいたから、なんて呼べばいい」

 アンリエッタは首を横に振った。「あっちゃんで」

「あっちゃんが深夜の学校で何をするのか、僕は推測しようとしていた」

「スイッチがなかったら困るんじゃ」

「深呼吸でもするよ、」小田切は言って息を大きく吸って吐いて床に横になった。「スイッチなんて何でもいいから、あ、そうだ、学校までどうやって行くの? 箒が使えないの、知ってるよね?」

「あ、」アンリエッタは目を大きくした。「どうしよう、何も考えてませんでした」

 この遇蹄荘から学校まで行くには水の上を行かなければならない。アンリエッタは今での生活通りに箒に乗って行こうと思っていた。でも、小田切の指摘通りだ。うっかりしていた。水上バスの終電に乗り込もうか、とアンリエッタは考える。でも、水上バスの運行時間は早い時間に終わっていたような気がした。朝、駅前でチラリと見て記憶した時刻表の映像を思い浮かべる。終電は二十時十五分。

「送るよ、モータボートで、一応君の保護者だから僕は」

「凄い、」アンリエッタは小田切の言葉に微笑んだ。「モータボート、持ってるんですね」

「中古の安物だよ、ないと仕事に不都合が出るから」

「そういえば、」アンリエッタは人差し指で頬を触りながら聞く。「小田切さんは、なんの仕事をしているんですか?」

「トップシークレット」小田切はアンリエッタの真似をして胸の前で腕を交差させた。

「ええ、なんだろう?」アンリエッタは若干高い声を上げて推理し始めた。コップの中の消えかけたシガレロの火が再燃する。スイッチを入れた。アンリエッタは小田切の部屋に山積みにされた書物の映像を脳裏に浮かべて頬杖を付く。「ハンタ?」

 小田切はテレビに視線をやりながら「はずれ」と呟いた。テレビ画面ではクジラが潮を吹いている。



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