エピローグ①
雨季明けのパーティからすでに一週間が経って、天気予報では梅雨明けが近いことを発信し始めていた。
パーティが終わってから、僕はステラバンドのギタリストのコータローに会って直接、話を聞いた。どうしてハンタでもないのに綾織に協力したのか。そうコータローの鋭い目付きと大きな手はギタリストのもので、決してハンタのものではなかったのだ。つまり僕は完全に誤った判断をしていたのだ。
コータローは語った。「なんつうかね、早く楽にしてあげたかったんだよ、結ちゃんもホウコちゃんもさ、結ちゃんは十五年、ただ一つの目的のために頑張ってた、その頑張りっていうのが尋常じゃない、話を聞いただけだけど、頼まれて、断れなかったんだよ、最後までいかせてあげたいって思うじゃん、僕がちょっと手伝えば辿り着けるんだよ、結果が何であれさ、ホウコちゃんも死んじゃったけど、結ちゃんも分かってたんだと思うんだけどさ、もう終わりにしたかったんだと思うよ、だから、僕は小田切がホウコちゃんを抱えて出てきて叫んだときも、よかったな、とは思わなかったけど、安心したんだよ、ホウコちゃんも安心したんじゃない? ……いや、僕が勝手に思うだけだけどさ、うん、ホウコちゃんの最後の微笑みは素敵だったね、……とにかくさ、ただ、僕はグリフォンの死体を拾ってきただけ、それ以上のこともそれ以下のこともしてないの」
そうコータローはただ死体を拾って来ただけ。「死骸なら、コテージの下に地下室にある、羽根だけ頂いて、後は殺菌消毒して冷凍してあるよ」
「納得いかない、死体を拾って来ただけなら、その、数が合わない、グリフォンの死は、そんなに早くない」
「コテージには六十五頭いるよ、数が合わない?」
「いや、合ってる、六十五頭だ、死骸が見つかってないのは、うん、でも、信じられない、自然死というなら、多すぎる」
「そう?」
「なんだろう?」
「温暖化のせいだよ」
「そうかな」僕はコータローから視線を逸らす。
「そうだよ」コータローは頷いた。
僕は黙ってシガレロに火を点けた。
居心地の、決して悪くない沈黙だ。
コータローは、そういう空気の持ち主だ。
僕は考えていた。
その可能性を。考えられる材料を、このとき僕はすでに目にしていたからだ。データはリンクしていたのだ。偶然を、必然と言い換えることが可能なほどに。「そうかもしれない、グリフォンは気候の変化に、とても敏感で」
僕は煙を吐いてそのことについて考えるのを止めた。コータローの目は僕の反応になんの興味も示さなかったからだ。保留。
問題が解決される未来があることを願い。
そして、次の疑問を提示した。
どうして僕たちよりも早く、コータローの方がグリフォンの死体を見つけられたのか。
「今度、飲みに行こうよ、いいパブがあるんだよ」コータローは愛嬌のある笑みで質問をはぐらかし、それに対しては何も語らなかった。
僕はその誘いに前向きな返事をして、コータローとのコネクションを作った。長い付き合いになりそうだと、僕は予感した。
そういう未来を期待したのだ。
そして今、僕は冲方白庭研究室の小屋で、綾織が編んだというグリフォンのメイド服をテーブルに広げて、その最上級の質感を確かめながら考えていた。
ウォッシング・マシン・ガールズが洗濯してくれたおかげで、このグリフォンのメイド服は完璧な白さを取り戻していた。
しかし、どうしてこのグリフォンのメイド服は黒く染まったのだろうか?
グリフォンの羽根で編まれた服は時間を止める。僕はそんなこと一度も聞いたことがなかった。他の動物の毛皮の類となんら変わることがないはずなのだ。生物学会の常識ではそうなのである。魔女が魔法を編み込んだと考えるのが自然だ。
だとすると、と僕は考える。
綾織ユイ。
彼女は魔女ではない。
しかし、少しだけ、魔女になったのかもしれない。
編み込んだのかもしれない。
あくまで。
推測でしかないのだけれど。
白いメイド服が瞬く間に黒く染まってしまった。
その反応の理由。
少しだけ魔女になった彼女に求められるのではないのだろうか?
彼女はすでに新しい道を歩き始めている。
ホウコの分まで、彼女は未来に前進しようとしている。
ありきたりな表現だが。
きっと、多くの人間は大切な人の死に触れて。
自分の未来を大切に生きようとするものだ。
綾織ユイの意志によって。
ブルーチェーンズは解体された。
その代わりに、水上市にはステラ・ベルという企業が再び出来た。彼女はそこの副社長に就任し、ジェットスキィの事業はそのままに、新たにロケッタ・ブースタの開発に取り組んでいくという方針を打ち出した。もちろん社長に据えられたのは、アンリエッタの恋人(少なくとも僕はそう認識している)である、ミステリアスな彼女。
「小田切君、」シノが外から小屋の扉を開けて顔を出した。「長谷部君から連絡あった?」
「いいえまだ、」返事をしたところで長谷部からメールが来た。「あ、準備出来たそうです、行きましょう」
僕とシノはワゴンに乗り込んだ。
そして五分くらい走って辿り着く。
丁度、白庭の中心部。
そこには背の高い櫓が組まれていた。六十五頭のグリフォンの死骸が、櫓の周囲を取り囲んでいる。
周囲に高い木々などなく、一面、白い花々が咲き乱れている。
それと対比されるのは、雨上がりの青い空。
その場所へ近づくと、櫓の周囲に十数人、白いジャンパを来たメンバの姿が見える。
シノと僕はそのメンバに加わって櫓を見上げた。
この晴れた空の下で、今からグリフォンの死骸を火葬し、供養をするのだ。
この様子を、きっとグリフォンたちはどこかで見ている。
きっと来年には。
このホワイトラグーンに六十五の新しい命が産まれるのだろう。
それはとても、素敵なことだ。
ホウコがシノに教えてくれたのだ。
グリフォンたちの死生観。
それはきっと。
産業革命以前の、僕たちに似ている。




