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第四章⑮

グロテスクな太陽の時計が水色の館には全部で三つ、別々の部屋に設置されていて、その太陽の時計に同時に水をかけると半円球状の天井が開く。そういう単純な仕組みがスイッチなのだという。

 アンリエッタとステラ、小田切とシコ、ホウコを抱いた綾織、トモコ、そしてステラバンドは大広間の二階に上がって、天井が開くのを待った。他の招待客たちは雨に濡れないように別のフロアに移動していた。

スイコとイスミとナルミは、それぞれの部屋に行き、一般的に水の魔女が得意とされる、テレパスという精神を同調させる非常に複雑で気持ちがよくなる、あるいはその逆を味合わなくちゃいけない高度な魔法を使いながら、水鉄砲くらいの弱い水を太陽の時計に、同じタイミングで浴びせかけた。

 すると大広間のプラネタリウムの上映機が地下へゆっくりと沈み始めた。床に完全に隠れる形になると、シャッタが閉まった。それから金属が擦れ合う音が響き始めた。壁に手を付いていないと不安になるくらいの揺れが起こる。そして天井が徐々に縦に割れ始めた。その隙間から、雨が落ちてくる。相変わらず、止む気配のない、強い雨。パーティ会場は雨に濡れていく。

 二階部分は構造上ほとんど濡れる心配はないのだが、アンリエッタは真っ赤な傘を差して開き続ける天井を見上げた。隣に立つ小田切がシガレロを口に咥えて、アンリエッタの肩を叩いた。アンリエッタはそれに気付いて魔法を編んだ。

 シガレロに火が点いた。

 小田切は煙を吐く。

 ステラはアンリエッタの手を触って、上半身が傾くくらいの力で引っ張った。「ん?」という表情を向けると、ステラはミステリアスに微笑んでから、雨に濡れるバルコニィに立ち位置を変えた。

 そしてステラの合図で。

ステラバンドの演奏が始まった。

 ステラは空に向かって歌い始めた。

シャララン、ララララン。

 上手い、という凡コメントをアンリエッタは思い付く。

 ステラの輪郭は白く光る。

雨に濡れて、滲んで綺麗な光を放っている。

 凄く、綺麗。

 本当に、雨が弱まっていく。

 雲が流れていく。

 そういえば聞いたことがある。

 この曲は。

 そうだ。

 確か、ステラの携帯電話から流れていたメロディ。

 激しいロックンロールをステラが歌っているのが、やっぱり不思議だ。

 でも、素敵。

 そしていつしか、雨は上がっていた。

 プラネタリウムじゃない。

 完全に開いた天井に。

 本当の星空が広がっていた。

 スイコとイスミが空を見上げながら階段を登ってきた。ナルミは二階の扉から出てきた。それぞれ雲一つない星空を見上げ、その美しさに息を吐いている。

ステラはその場で小さくジャンプした。スカートがパラシュートみたいにふわりと踊った。その着地と同時に演奏が終わった。そしてステラはくるっと回転して、こちらに向きを変え、両腕を開いて、手の平を星空に向ける。「はい、次はウォッシング・マシン・ガールズの番だね」

「本当に歌が上手いんだ」アンリエッタはステラに近づいて言った。

「私にはもう、」ステラはミステリアスに囁いた。「歌しかないから」

「え?」

「早く見せて、アンリエッタの乾燥機」ステラは微笑んでアンリエッタの背中を押す。

 ウォッシング・マシン・ガールズの三人はバルコニィに立つ。

 そして。

ウォッシング・マシン・ガールズの洗濯が始まった。スイコとイスミの作りだした巨大な水球。それがグリフォンのメイド服を洗い上げた。そしてアンリエッタは大事な魔導書を開きながら、メイド服を一瞬で乾かした。

 いつも通りの洗濯だった。

 グリフォンのメイド服はいつも通りの白さに仕上がった。

 でも、違うのは最後に、聞こえてきた拍手。

いつの間にか、階下には招待客が集まっていた。

鳴り止まない拍手。

「……スタンディングオベーション?」スイコは感動していた。

「スイコ、今日は立食パーティだよ!」イスミははしゃいでいる。

「そんなこと、どーだっていいよ!」アンリエッタも気持ちが高ぶっている。

三人は顔を見合わせ笑い合った。

 そして、ウォッシング・マシン・ガールズの三人は、傍にいたステラと、嫌がるナルミを無理やり連れてきて、手を繋いで、カーテンコールみたいに階下に向かって長いお辞儀をした。

 皆、僕と同じ気持ちだった。

 その後ろで。

「ホウコ」綾織社長はホウコさんを抱いて呼びかけていた。

 僕たちは近づいてホウコさんの顔を覗き込んだ。

 僕たちが洗濯したばかりのメイド服を着たホウコさんは、一度、優しく微笑んでくれた。

「ありがとう、魔女の洗濯屋さん」

 僕はとても嬉しかった。

 僕の魔法が、一人のかけがえのない命を救ったと思ったからだ。

 心から、ウォッシング・マシン・ガールズの乾燥機になってよかったと思った。

 報酬で何を買おうかなって、コレクションのことも考えた。

「君と一緒に洗濯したい!」って、最初は訳が分からなかったけれど。

 その未来は今、こんな風に素晴らしい。

 でも、僕は涙を我慢することが出来なかった。

 ホウコさんは一度微笑んで。

 ありがとうって言ってくれて。

 それから。

もう二度と目を覚まさなかったから。


   ※


 でも、綾織社長は僕たちに微笑んでくれた。

「ありがとう、魔女の洗濯屋さん、ホウコはね、ずっと白いメイド服を着たがっていたの、だから、ホウコはきっと幸せだよ、……私も、……きっと、……ホウコと同じで、幸せなんだと思う」



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