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第四章⑪

パーティ会場の大広間には、すでに大勢の招待客で賑わっていた。先ほどリハーサルをしていたロックバンドの演奏がBGMになっていた。アンリエッタはキョロキョロと会場を見回した。スイコも、イスミも、同じように視線を巡らせている。綾織が言ったように、確かにスーツ姿の偉そうな方々がちらほらと見える。その方々の近くに立つきらびやかなドレス姿の女性は婦人か、恋人が、はたまた愛人か。とにかく、様々なオーラを持つ人々が集まっていた。クラスメイトたちが持つ個性とは明らかに違っていた。なんというか、立派な大人たちだ、そういう感想をアンリエッタは抱いた。

 そして、立派な大人たちの隙間に小田切を見つけた。

「ごめん、ちょっと」とアンリエッタはイスミとスイコに断って、早足で小田切に近づいていった。円卓の前で、すでにグラスに口を付けていた。小田切はハリウッドスターみたいにスーツを着こなしている。ここにいるどの男性よりも素敵だとアンリエッタはとても主観的に判断する。老朽化の進んだアパートに住んでいて、立派、というよりも愉快な大人の小田切の方が、アンリエッタの好みなのだ。

「ああ、やっと見つけた」小田切は微笑んだ。

 少し頬が赤い。すでにかなりの量を飲んでいるのかもしれない。

「見つけたのは私」アンリエッタは意味もなく微笑む。

「へぇ、それが洗濯屋さんの制服なんだ?」

「いいでしょ」アンリエッタはスカートの裾を摘まんだ。

「その場で回って見せてよ」

「ええ」アンリエッタは舌を出しながら、回るのにやぶさかではなかった。

 しかし。

「あ、シーソのお姉ちゃんだ」小田切の隣から、急に女の子の声がした。回転を途中で止めて、視線をずらすと、白いドレスを纏った女の子がアンリエッタを見ていた。どこかで見たような気がすると思ったら、女の子が口にしたように、シーソのときの女の子だった。

 しかし、どうして、なぜ、その女の子が、小田切の隣にいるのだろうか?

「ああ、この子は、冲方シコちゃん、二週間前くらいに遇蹄荘に来た、アンリエッタも会っただろ、その人の娘さんだよ、実は今日、シコちゃんの誕生日だから、せっかくだし、連れてきたんだ」

「……ああ、そうなんだ、」アンリエッタは小田切に対して聞きたいことが山ほどあった。が、お姉さんらしく、とりあえず膝を畳んでシコに握手を求めた。「アンリエッタ・キュベレです、お誕生日おめでとう、今日は楽しんで行ってね」

「冲方シコです」

シコは礼儀正しくお辞儀して、アンリエッタの手を握った。よく分からない出会いだけれど、シコは多分、いい子だとアンリエッタは思って、頭を撫でた。嬉しそうに微笑む。うん、純粋な子だ。非常に健全だが、多少、小田切との距離が近いのが気になる。いや、きっと気のせいだ。アンリエッタは微笑みを絶やさないように努力する。「シコちゃん、見ててよ、僕たちの洗濯、凄いんだからね」

「お洗濯?」シコは首を水平に傾けた。ドールのように可愛らしい。コレクションしたくなる可愛さだ。シコは黒い髪の西洋人というジャンルの典型だ。

「じゃあ、また、」アンリエッタは小田切に小さく手を挙げた。「洗濯が終わったら」

「ああ」小田切も手を挙げて応じる。

 ゆっくり歩いてスイコとイスミの元に戻ると、二人は円卓の前でオレンジジュースを飲んでいた、二人は湿っぽい目でアンリエッタを凝視した。

「……なんだよ、二人とも」アンリエッタはグラスにコーラを注いで飲む。

「アンリ、私、何も聞いてない」イスミは悲壮な目で訳の分からないことを言った。なんとなく白いハンカチがあったら、イスミは噛みつきそうだと思った。

「待って、イスミ、」スイコは大げさにイスミを宥める。「洗濯が終わってからにしよう、ディスカッションはそれから」

「……なんのディスカッションだよ」アンリエッタは空になったグラスをテーブルに置く。

 そのおり、急にパーティ会場の明かりが全て消えた。

 何も見えない暗闇。音楽が鳴り止み、人々の会話も消えていく。

 アンリエッタは小さな悲鳴を上げた。

 でも、ソレだけですんだ。呪いの実験室のときみたいに取り乱すこともなかった。知らないうちに、スイコとイスミはアンリエッタの手を握ってくれていたからだ。大丈夫。泣いてない。アンリエッタは強く握り返す。

 そしてまた急に、一筋のライトが二階の中央部のバルコニィを照らし出した。そこには綾織が立っていた。彼女はこの前、ブルーチェーンズの本社で会った時と同じようなスーツ姿だった。社長だからだろうか。せっかくのパーティ、ドレスを着ても罰は当たらないのにとアンリエッタは思う。

 綾織はマイクを手にしていた。「本日は雨季明けのパーティにお集まり頂きましてまことにありがとうございます、ブルーチェーンズ社長の綾織です、この雨季明けのパーティは今日で九十九回目だそうです、凄いですね、私が主宰を務めさせていただきますのは今回が二度目で、実感と言うものはあまり感じませんが、パーティが九十九年にもわたって続いているというのは素晴らしいことだと思います、貴重なことだと思います、私は主催として、このパーティを大事にしたいと考えています、本日はちょっとした余興をご用意させていただきました、楽しみしていてください、先ずは、歴史と伝統と時間に想いをはせながら、不変の星空を堪能してください」

 綾織を照らすライトが消えた。拍手が方々から起こった。そしてプラネタリウムの上映機が、小さな駆動音を出して、半円球型の天井に星空を映し始めた。



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