第四章⑦
ステラは雨の中、傘も差さずに、誰もいない、北口の公園のブランコに座っていた。全身濡れて、瞳から溢れていた涙も消えてしまっている。
ステラは。
よく分からない気持ちだった。
どうして、アンリエッタの魔導書を、とったりしたんだろう?
私は、それを浮船さんに渡して、何がしたかったんだろう?
ただ、嫌で。
アンリエッタが、私の知らないことをしているのが嫌で。
約束したのに。
約束したのに、乾燥機なんかになって。
最後のモラトリアムだって、バイトさせてくれとアンリエッタは頼んだ。
私は、応じた。
けれど。
嫌で、嫌で、堪らない。
アンリエッタは、私とシーソぉしたのに。
それなのに、酷い。
酷いよ、アンリエッタ。
目の前にアンリエッタがいたら。
私はきっとヒステリックに叫んでいる。
ステラはシーソを見る。
誰もいない。
誰も乗っていない。
だから動いていない。
私とアンリエッタが乗ったシーソ。
動いていないと。
動かせないと。
何も、面白くない。
一人でも、動かせない。
二人じゃないと、駄目なんだ。
酷いことをしたのは、私だ。
アンリエッタに酷いことをしてしまった。
どうしよう?
どうしよう?
私はどうしたらいいの?
目が熱くなってくる。
雨が、止んだ?
「お姉ちゃん、傘、持ってないの?」
急に差し出されたのは、白い傘。雨は相変わらず降り続いている。
そして、急に視界に現れたのは、天使のような女の子。
ステラはその女の子と見つめ合った。ステラはその女の子に見覚えがあった。アンリエッタとシーソしたときに、砂場で穴を掘っていた女の子。ステラたちにシーソをしたいと申し出てきた女の子。それから、誰かに、似ている。
女の子はこれからまさにパーティのような、白い素敵なドレスを着ていた。
そのドレスを濡らしちゃいけないと、ステラは咄嗟に思った。
「私はいいの、濡れても、いいの、もう濡れちゃったんだから、それよりも、素敵なドレスね、とても素敵なドレスね、濡らしちゃ駄目よ」ステラは微笑んだ。
「お姉ちゃん、泣いてたの?」
「……え?」ステラの目からはきっと涙が溢れていた。「……ああ、分かっちゃった? そうなの、泣いてるんだよ、お姉ちゃんなのに、……えへへ」
「悲しいことがあったの?」
「……うん、でも、私が全部悪いの、私のわがままで、」そうだよ、全部、私のわがままだよ。「大切な人を困らせて、大切な人に酷いことをしちゃった」
「謝らなきゃいけないね」女の子はハッキリと言った。それはとても優しさに満ちている。
「そうだね、そうだよ、君の言うとおりだよ」
「でも、」女の子の口調は、大人びている。「お姉ちゃんが雨に濡れていい理由にはならないよ」
女の子は、また傘を差し出す。
「いいのよ、本当に、」ステラは涙を拭いて微笑んだ。「私は傘いらずの、晴れ女だからね!」
女の子はミステリアスなものを見る目でステラを見ていた。
「ありがとう、素敵な夕焼けを、君にプレゼントしよう、見てて」
ステラはブランコから立ち上がった。女の子はステラを見上げた。
そして、ステラは、そのミステリアスな瞳を閉じて、胸の前で五指を組んで、唄い始めた。
雨の音しかない、公園で。
雨雲が包む、水上市の空に向かって。
ステラは、優しい歌を、歌う。
ステラの輪郭が、白く輝き。
そして、雨が止んだ。
上空の雲が吹き飛ばされて、何日かぶりのオレンジ色の光が、水上市を照らし出した。
女の子は傘を閉じ、はしゃいで言った。「すごい、お姉ちゃん、本当に、晴れ女だ」
「すごいでしょ?」ステラは女の子に微笑みかける。
「雨季が明けたの? 私とお姉ちゃんは未来に来てるの?」
「違うよ、ただ、雲を吹き飛ばしただけ、だから、雨季はまだ明けてないし、それに、ほら、雲もすぐに光を遮ろうと動き始めているでしょ?」
「それでも、凄い」
女の子が微笑んでステラの手を握ったとき、公園の入り口から声がした。
「おーい」男の人の声。
「あ、今頃やってきたのか、この甲斐性なしめ!」女の子の口から出てきたとは思えない乱暴な言葉にステラは笑う。女の子はスカートをふわりと浮かせながら、その男の人のところまで走った。その途中で、女の子はステラの方を振り向いて、言った。「ちゃんと謝らなきゃ、駄目だよ!」
ステラは女の子に手を振った。
そうだ。
謝らなきゃいけない。ステラは浮船書店まで走った。