第四章⑥
ヘリコプタはホワイトラグーンのヘリポートに着陸した。トモコは水色の館までウォッシング・マシン・ガールズを案内した。その道中に咲く白い花々は雨に濡れて輝いていた。雨のせいかグリフォンに一匹も遭遇できなかったことが、ここに初めて訪れるアンリエッタには多少残念だった。
不自然な配置で建ち並ぶコテージの合間を歩いて、三人は水色の館に辿り着いた。想像していたよりもずっと水色だった。暗闇に突然水色のライトが点灯したみたいに、色が付いている。そして、洗濯と乾燥が十分可能なくらいに、その館は大きかった。
傘を畳んで、玄関を潜る。広く、天井の高い玄関ホールを通って、正面の両開きの扉を潜ると、大広間で、そこがパーティ会場だった。ちょうど二十人くらいのメイドさんがパーティの準備をしている。
そこは壁から床、天井に至るまですべてが真っ白の不思議な空間だった。そして異様さを引き立てているのは、食器やグラスが用意された円卓が並ぶ、その中央にそびえる黒い銃器のようで、それほどシンプルでない、見たことのない機械だ。
「アレはなんですか?」アンリエッタはトモコに聞いた。
「プラネタリウムを上映する機械です、ほら、天井を見てみてください、丸いでしょ? パーティのとき、この空間は宇宙になります」
「プラネタリウムかぁ」それを聞いてアンリエッタはロマンティックな気持ちになった。
アンリエッタたちが天井を見上げていると、広間の右側の扉が開いて、そこから紺色のベスト、紺色のネクタイ、紺色のスラックスという出で立ちの四人の男たちが現れた。男たちはそれぞれウォッシング・マシン・ガールズに小さな会釈をして部屋の右奥のアンプやマイクスタンドやドラム、ギター、ピアノが置かれていた場所に歩いていった。彼らは各々チューニングを済ませると、リハーサルなのか、演奏を始めた。パーティの余興か、それともパーティを盛り上げるBGMか、どちらにしろ、彼らの演奏するロックンロールは心地よかった。
「あそこだね」スイコは玄関ホールへ続く扉の正面、両脇の階段を上がった二階の中央部、バルコニィのように手前に迫り出した場所を指差し言った。まるで素敵な王子様が手を振るようなステージだと思った。
「うん、そうね、」イスミも頷く。「二人があそこで私にキスをするのね」
アンリエッタとスイコはイスミを無視して階段を上がった。そしてバルコニィから広間を睥睨する。そして陳腐な感想。「うわぁ、凄いな」
「ああ、緊張してきた」スイコは口を真一文字にして、目付きを鋭くしている。昨日から、この愛嬌のある表情をよく見る。
「ほら、リラックス」イスミはスイコの肩を揉む。
スイコは拒絶しないで目を閉じて、息を吐く。「……あー、吐きそう」
「では、」トモコは頃合いを見計らって言う。「控室までご案内します」
階段を降り広間から出て、部屋に通された。控室、というには広すぎる空間だった。トモコが「頑張ってね」と一言言って部屋から出て行く。きっと、他のメイドさんたちと一緒にパーティの準備をするのだろう。
三人は中央のソファに座った。
そして、しばらく誰も、何も言わない。
皆、きっと同じ気持ち。
聞いたことはないけれど。聞かなくたって分かるものがある。
笑ったら、笑い返してくれる。
アンリエッタは、急に笑った。
「……どうしたの?」イスミが微笑んで聞く。
「あれ、気持ち悪い、」アンリエッタは指を指した。壁に掛けられた、太陽に目と鼻と口を付けたグロテスクな時計。「セレネズ・パブにもあったよね、同じようなの」
「アレは、月だよ」イスミが答える。
「でも、同じ人がデザインしたみたい」
「……もしかしたら、」スイコが閉じていた口を開いて、いたずらに微笑む。「セレネズ・パブとリンクしているのかもしれないね」
「え、どういう意味?」
「知らないよ、」スイコは立ち上がって首を振った。「さ、着替えよう、なんだか、落ち着かない」
「まだパーティまで時間はあるよ?」イスミはスイコの手を触る。
「そうだよ、少しは落ち着いたら?」アンリエッタは言いながらもスイコと同様、落ち着かなかった。だからスイコが服を脱ぎだしたように、アンリエッタもカバンからウォッシング・マシン・ガールズの制服を取り出して、水上女子の制服を脱ぎ始めた。
「あ、アンリってば、」イスミはアンリエッタとスイコの露出度の高い姿を交互に見ながら「もうっ」と口を膨らませた。「少し太ったんじゃないの、ほら、パンツの上のお肉が、こんなに」
「ああ、もう、触るなよ」イスミの手を払いながらアンリエッタは笑った。笑いながら、ふと、気付いて、カバンの中を慌てて確認した。
制服に身を包んだスイコがアンリエッタに聞く。「ヘティ、どうしたの?」
「ない」アンリエッタの顔は火の魔女とは思えないくらい、血の気がなかった。
『え?』イスミとスイコの声が重なる。
「僕の魔導書が、ない」