第四章④
そして、雨季明けの様子のない、雨が降り続ける次の日。
帰りのホームルームが終わると、前の席のステラが振り向いて言った。「アンリエッタ、これからどこかに遊びにいかない? バイトも今日で終わり、お給料もらえるし、パフェでも食べに行こうよ」
すでにカバンを机の上に乗せて、イスミと一緒にスイコのところに行こうと気持ちの向いていたアンリエッタは固まってしまった。断る言い訳が咄嗟に思いつかなかったからだ。「え、ええっと、……ごめん、ステラ、僕、用事があって、ごめん、明日だったら」
「用事?」ステラはミステリアスな瞳にアンリエッタを映す。
まるですべてを見透かされているみたい。冷や汗が出る。やっぱり隠し事はよくない。
「うん、ごめんね」と思っても、なかなかウォッシング・マシン・ガールズのことは言いづらい。
「ふーん、」と一瞬ステラは寂しそうな顔をする。少し胸が痛い。「どんな用事?」
「ええっと、それは」アンリエッタは頬を爪で掻きながら考える。主に、言い訳を。
「私たち、コレから、ホワイトラグーンの水色の館のパーティに参加するの」
隣の席のイスミが立ち上がって会話に加わった。アンリエッタは、なんというか、「ああ、もうっ」と頭を抱えた。
「パーティ? なんの? 白庭の水色の館で? なんで?」
ステラが食い気味にイスミに聞く。イスミは気付かないかもしれないが、アンリエッタには分かる。ステラは感情的になっている。
「ブルーチェーンズの綾織社長が、昨日、ウォッシング・マシン・ガールズに直々に洗濯物を頼まれたの、で、今日は丁度ホワイトラグーンでパーティがあるから招待されたの、プロモーションになるでしょって、さすが社長って感じね、パーティに集まった水上市の偉い人たちの前で私たちはお洗濯をする、そうすることによって、私たちは一気にお金持ちの階段を駆け上がるのです」
イスミは一気にステラに説明してくれた。説明慣れした感じだった。一日中、様々な女の子たちに自慢していたに違いない。
「説明してくれて、ありがとう、」ステラはイスミに微笑んだ。クラスではあまり見たことのない表情。「それで、いまいち、話が分からないんだけど、ウォッシング・マシン・ガールズ? 洗濯って、何のことなの?」
聞かれてイスミはステラにウォッシング・マシン・ガールズについて、つまびらかに話した。ステラは表情を変えないが、逆に、それがアンリエッタには怖かった。いや、どうして怖いんだろう。別に聞かれなかったから、答えなかっただけで……、いや、そんな自分に対しての言い訳はどうでもよくって、ただ、アンリエッタは、ステラに、優しいままでいて欲しかった。そう祈った。
ステラはミステリアスな目でイスミに聞く。「ふーん、そうなんだ、そんなことしてたんだぁ、でもさ、アンリエッタは火の魔女だよね、洗濯できないよね?」
「アンリは乾燥機だよ」
「乾燥機?」
「そう、アンリは魔法で洗濯物を乾かすの」
ステラはアンリエッタを一瞥。アンリエッタはドキリとする。そしてまた、ステラはイスミに顔を向けた。「……でも、不器用だよ、アンリエッタ、この前、ファミレスで出てきた肉が生焼けだったことがあってね、それをアンリエッタに焼いて貰おうとしたんだけど、一瞬で炭になったよ」
「うん、知ってる、」イスミも微笑んで頷いた。「私も、パンツを炭にされちゃった」
「パン……ツ?」ステラはアンリエッタを見る。ステラが何を思っているのかアンリエッタは分からないけれど、やっぱり目を見れない。ステラのヒステリィがいつ襲ってきてもおかしくないと思っていた。
「でも、大丈夫なの、ほら、魔導書があるから」イスミは人差し指を立てて言う。
「魔導書?」ステラは首を傾げた。
そのとき、
「おーい、二人とも、」特徴的なアニメ声がした。珍しい。スイコが教室までやってきて来てくれるなんて。気合を入れているのか、左右の肩の付近で三つ編みが揺れている。「もう、迎えが来たよ」
スイコは窓の方を指差す。
空気が振動して、窓が揺れている。
プロペラが高速で回転する音。
ヘリコプタは水上女子の広場に着陸しようとしていた。
「ほら、早く行こう」スイコが呼ぶ。
「うん」イスミはカバンと傘を持って歩き出す。
アンリエッタはステラの手を触って、ミステリアスな瞳を見た。「だから、ごめん、ステラ、明日、明日は必ず、ステラとパフェを食べるから」
アンリエッタは早口で言って、スイコの元に駆け寄って、階段を降りて昇降口へ向かう。すぐに様々なものを教室に忘れたことに気付いた。
「あ、傘忘れた」
「入れてあげる」イスミは相合傘を提案した。
「魔導書が入った、カバンもぉ」
「もう、早く取って来なさい」スイコが腕を組んで言った。
「うん、ごめん、二秒待って」
アンリエッタは急いで教室に戻った。ステラはすでにいなかった。傘とカバンを持って昇降口へ戻る。真っ赤なビニール傘を差す。三人は足早にヘリコプタに近づいた。水色の雨合羽を来て誘導灯をゆっくりと振り回していたのはトモコだった。「お迎えにあがりました、足の踏み場に気を付けて」
三人は座席にぎゅうと詰め込まれた。トモコは手際よく三人のシートベルトを締めた。前方にはパイロット。その隣にトモコが座る。トモコがパイロットに合図を送る。「さあ、行きましょうか」
ヘリコプタはプロペラの回転数を上げて浮上。瞬く間に高度を上げた。初めて体感する浮遊感。窓を覗き込んで下を見た。広場では女の子たちが手を振っていた。屋上のカラフルガーデンに青と緑の傘が確認出来た。
ヘリコプタは旋回。正面をホワイトラグーンに向けた。