第四章③
その日、アンリエッタは遇蹄荘の自宅に帰って、小田切と夕食を食べながら、ブルーチェーンズの社長からパーティに招待されたことを話した。パーティのことを話してから、小田切は顎に手を当てて何かを考え始めた。
何を考えているのだろう?
「ねぇ」アンリエッタはアヒル口を尖らせる。
「……ん、なに?」と気のない返事。
小田切の箸は止まっている。今晩の夕食はうどんだ。
「ううん、いや、もう、雨季明けだね」
夜のニュースの天気予報コーナでは雨季明けが明後日か、早ければ明日の夜には雲が消えるということを伝えていた。しかし、梅雨明けはまだまだ先、という滅入る情報も発信している。
その情報を耳に入れながら、アンリエッタはタイミングを窺っていた。綾織社長は、誰でも誘っていいと言っていた。小田切は以前、パーティがどうとか言っていた。ドレスを買ってくれるとか言っていた。実はパーティが好きなのかもしれない。だから、アンリエッタはドキドキしながらチャンスを狙っていた。しかし、アンリエッタが攻めるより先に、小田切の方から攻めてきた。
「僕もパーティに参加出来ないかな?」
「え?」アンリエッタは目を丸くして小田切を見た。
「ああ、やっぱり無理だよなぁ」小田切はうどんを啜った。
「ううん、」アンリエッタは目をそのままで首を横に振る。「無理じゃない、綾織社長は誰でも何人でも誘っていいって言ってたから、その、お、小田切も来ればいいじゃん」
「よし、行こう、決まりだ」
「……うん、」アンリエッタは俯いた。顔を見られたくなかった。肌の色も、きっと赤くなっているから。ああ、何かに火を付けたい。アンリエッタはテーブルの上の小田切のシガレロの箱を手にして振った。一本出る。それを差し出す。小田切は不思議そうにその一本を抜き取って口に咥えた。アンリエッタは、そのシガレロに火を点ける。「ああ、全く仕方ないな、連れてってあげる、仕方ないな、僕のおかげだよ、せいぜい楽しめばいいじゃん」
「そのつもりだよ、」小田切は煙を吐いた。「……ああ、ドレスは、アンリエッタのドレスを買いに行かなきゃな、ほら、さっさと買っておけばよかったんだ、ミニスカートの真っ赤なドレスを」
「だから、なんでミニスカートなんだよ、」アンリエッタは言葉とは裏腹に緩い表情。「でも、いいよ、明日はウォッシング・マシン・ガールズの衣装で行くから、遊びじゃないの、仕事なんだから、大事な、大事なプロモーション活動」
「僕は直接ホワイトラグーンに行けばいいの?」
「うん、僕たちには迎えが来るからね、ヘリコプタだよ、凄いでしょ」
「それは、凄いな」
頷きながら、小田切はまだ何かを考えている表情だった。