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第四章②

ウォッシング・マシン・ガールズの三人は放課後、東中島地区にあるブルーチェーンズの本社ビルに向かった。ウォッシング・マシン・ガールズの純白の衣装に身を包み、雨合羽を着て、イスミのジェットスキィに乗り込む。十五分、水路を行くと、スペースシャトルを地面に突き刺したような、流線型の巨大なビルが見えてきた。水上市の東側はビジネス街で高層ビルが立ち並ぶが、そのビルだけ異彩を放っていた。屋上付近には赤いランプが点灯していた。雨空を照らすサーチライト。ヘリが離陸した。

 アンリエッタは緊張していた。魔法よりも複雑で、きっと本格的なことが始まる。まるで、大人になったみたいだ。雨は相変わらず嫌いで鬱陶しいが、それが和らぐくらいに興奮していた。そういう近未来を考えることに、夢中になる。

 ふと、スイコを見ると、口を真一文字に閉じて、流線型の異様なフォルムのビルを睨んでいた。その表情はカメラに収めておきたいほどに魅力的だった。スイコはアンリエッタの視線に気付いて、いつものアニメ声で笑う。

 ジェットスキィをドッグに停めた。三人は雨合羽を脱ぎ、タオルでそれぞれの濡れた部分を拭いた。イスミは几帳面にスイコとアンリエッタの髪型を整えた。ドッグはビルと繋がっている。裏口の警備員にイスミは許可証を見せ、要件を伝えた。

「そういうのは分からないから、受付に行って」警備員はぞんざいに言った。

「ありがとう」イスミは高飛車な声で言って、慣れた足取りで一階のフロアに進む。いつの間にかイスミはスイコとアンリエッタの手を握っていた。

 ドッグは正面玄関の真反対にあったようだ。両側に五台ずつ、計十台もならんだエレベータの間を通り、透明なガラスに囲まれたフロアに出た。床は白いタイル。喫茶店があり、賑わっている。ホテルのロビィみたいにソファが並んだ場所にはスーツ姿の方々が様々な議論をして微笑み合っている。それ以外にも様々な人たちが歩いていた。受付は正面玄関に近い場所にあった。メイド服姿の二人の受付嬢は玄関を往来する人たちに軽い会釈をロボットみたいに繰り返している。イスミは受付嬢に向かって声を投げた。「トモコ、おはよう」

「あ、イスミ、おはよう、」受付嬢の一人がこっちを向いて微笑んだ。非常に優しい顔だ。「って、なぁに、その格好? 洗濯屋さんみたい」

「うん、洗濯屋さんだもの」イスミは頷く。

「はあ?」トモコは首を傾げた。

「社長と会う約束をしています」スイコが進み出て言う。

「え、ああ、ちょっと、確認しますね、」トモコは不思議そうに三人を見ながら、スケジュールが書かれた用紙を確認している。「えっと、五時からの? なぁに、ウォッシング・マシン・ガールズって、イスミたちのことだったの?」

「うん、」イスミは肯定した。「魔女の洗濯屋さん」

「待ってね、」トモコは短縮ボタンを押して受話器を耳に当てた。「ああ、最近、イスミが出勤してこないなぁと思ったら、そんな面白そうなことをしてたんだね」

「君も仲間になる?」スイコはカウンタに頬杖ついてトモコに言う。

「私は魔女じゃありませんよ、」トモコは微笑んでから、声色を変えた。「あ、社長、お忙しいところ、すみません、……ええ、はい、そうです、……はい、分かりました」

 トモコは受話器を置くと、立ち上がった。「こちらへ、ご案内します」

 三人はトモコに案内されて、エレベータに乗り最上階に向かった。エレベータが停止して扉が開く。左右に伸びる長い廊下を挟んで正面に、扉がある。そこが社長室なのだろう。ノブが金色に輝いていた。トモコはノックする。返事を待たずに、扉を引いて、三人を中へ通した。トモコは廊下の外から扉を閉めた。

「ご苦労様、わざわざ来てくれて、ありがとう、可愛い魔女さんたちだ、」ブルーチェーンズの社長の綾織ユイはとても素敵なスマイルで三人に握手を求めてきた。「さぁ、座って、紅茶でいい?」

「あ、私も手伝います」イスミが言った。

「いいわよ、イスミちゃんも座ってて」

 綾織の朗らかな雰囲気のおかげでアンリエッタの緊張はほとんど解けた。部屋の中央のソファに座って、綾織の淹れてくれた紅茶を一口飲んで息を吐くと、部屋の中を観察できる余裕が出来た。社長の豪華、と言うよりも広い机の上は様々なもので溢れかえっていた。パソコンを中心に、書類の山が出来ている。伏せられた写真立てとシリンダが回転し続けるシルヴァの小さなオブジェ、青色に発光しているLEDライト。机の向こう側は一面ガラスで、そこからは水上市を一望できた。部屋の両脇には天井まで本がズラリと並んでいた。机の上と違って、本棚はきちんと整理されていた。

 綾織はブラウスの上からストールを羽織って三人の対面に座った。「えっと、その、まず確認しておきたいことはね、あなたたちが、本当に、グリフォンの服を洗えることが出来るのかっていうこと、いや、もちろん、信用してない訳じゃないよ、ただ、私は魔女じゃないし、そういうことも詳しくは知らないから」

「洗えます、」真ん中に座るスイコが前のめりになって真剣な声で大人を演じている。「私とイスミは、ファーファルタウで四日間修業をしました、最後の日、私たちはグリフォンのベイビドールを洗いました、綺麗になりました、まるでグリフォンの羽根みたいに」

「……安心した、」綾織は微笑んだ。「その、魔女の洗濯屋さんって、日本にいないんでしょう、海外の魔女に頼むにしても、私にはコネクションがないから、困っていたのよ、でも、よかった、本当に、本当によかった、よろしくね、その、ウォッシング・マシン・ガールズの皆さん」

「ええ、」綾織が差し出した手をスイコは握った。「それで、私たちは、何を洗えば?」

「グリフォンの、メイド服よ」

「分かりました、」スイコの目の色が変わる。「さっそくお預かりさせていただいて、明日にはお届けに、」

「ごめんなさい、あの、ココにはないの」

「え、……ああ、では、どちららに」

「あの、無理なお願いだってことは分かるんだけど」綾織はガラスの外を見た。その視線の先は雨。

「なんでしょう?」

「明日のスケジュールは?」

「学校です、放課後は、何もありません」

「明日、ホワイトラグーンの水色の館で、パーティがあるわ、」綾織は微笑んでいた。しかし、何かに必死で、余裕のない感じだった。そして何を言い出すのか全く推測が出来ない。「雨季明けを祝う盛大なパーティ、水上市の偉い人たちが集まってのパーティよ、どう、来ない? お友達を誘ってもいいわ、何人でも、そこで、そう、あなたたちに洗濯してもらいたいの、グリフォンのメイド服はそこにあるから、どう? あなたたちのプロモーションにもなるでしょう、とっても素敵なアイデアじゃない?」

「天気予報は雨です、雨季も明後日までと言っていました」スイコは淡々と答える。スイコはいつの間にかアンリエッタの手を握っていた。気持ちが分かる。気持ちを抑えているのだ。

「あ、日程はあらかじめ決まっていたから、雨季明けに重ならないのは、」

「いいえ、そういうことではなくて、」スイコは僅かに早口になっている。「雨なので、この雨季の間、私たちは学校のホールを借りて、洗濯をしていました、それから私たちの洗濯の魔法には条件があって囲まれていないと駄目なんです、コップのような建物の中じゃないと魔法は編めないんです、明日は雨です、だから天井があって広いホールでないと、」

「ええ、それなら大丈夫よ、大丈夫、きっと驚くと思うよ、パーティは凄く広いホールでやるから、ええ、安心して頂戴、安心して」

「安心しました、」スイコはアンリエッタを見て、イスミを見た。そして綾織に頭を下げる。「素敵な仕事です、なんて言ったらいいか分からないくらい、嬉しい、私たちはそういう気持ちです、同じ気持ちです、心がしびれています、そんなチャンスを頂けるなんて、ありがとうございます、綾織社長」

「おおげさよ、私こそ、ありがとう、だよ、本当に、なんて言ったらいいか分からないくらい」

 綾織はそう言って、子供みたいな表情を見せた。張り詰めていたものが緩んだみたいな朗らかな笑顔だった。



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