第四章①
雨季が到来した水上市は水気に溢れ、アンリエッタは頭痛が痛かったが、ウォッシング・マシン・ガールズの事業は雨のおかげで好調だった。
洗濯をするのは放課後、学校のマグカップ型のホールを借りて行った。初日は何人も集まらなかったが、噂が噂を呼びウォッシング・マシン・ガールズのダイナミックでスペシャルな洗濯魔法を見るために次第に大勢のお客さんが集まるようになった。もちろん、ほとんどが水上女子に通う魔女。何人か、教官も洗濯物片手に来てくれたこともある。噂を聞きつけたお金持ちのマダムが学校に交渉してまで洗濯を頼みに来ることもあった。徐々にそういうマダムが増えていって、学校側はスイコに、一緒にそういうマダム達のための規則を作ろうと持ちかけてきた。セレネズ・パブの二階の金庫はすぐに一杯になったから銀行の口座を開設した。そのとき三人は銀行の窓口の前で、まるで大人になった気分だと笑い合った。学校の教官はみかじめ料的なものを寄付してほしいようなほしくないようなことを、スイコにほのめかし始めた。イスミは毎日違う女の子と手を繋いで歩くのを写真部に撮られ続けていた。アンリエッタは雨季が終わってから様々な買い物をしようと計画を立てていた。全てが順風満帆だった。
気がかりという気がかりと言えば、まだ洗濯のことをステラに伝えられていない、という点だけだった。
ステラは毎日放課後になると『浮船書店』に行っていた。だから、アンリエッタが洗濯をしていることは知らないのだ。ステラはあまりクラスメイトとコミュニケーションをとらないし、ナルミもレノアも事情を知ってか、ステラに洗濯の話はしなかった。
雨季が終わる頃までには、ウォッシング・マシン・ガールズのことを説明して、理解してもらいたいと思う。そう思うのだが、いかんせん、変な話だが、浮気しているみたいで、アンリエッタはステラに言えずにいた。一応、ロケッタ・ブースタが完成するまでは、他のことをしていても大丈夫だろう、これはモラトリアム期間だと、アンリエッタは自分に説明していた。あまり上手い説明でないことは分かっている。ステラがミステリアスだから。そう、ステラがミステリアスだから、難しいのだと思う。
さて、雨季が明日で終わる、と報道された日の昼休みのことだった。アンリエッタがカフェテリアでナルミとレノアとステラとお弁当を食べているとスイコから着信があった。小田切の言いつけを遵守する、というわけではないけれど、席を立って三人から離れた場所で電話に出た。
「もしもし、どうしたの?」
『ヘティ、ああ、どうしよう、大変なことになった』スイコの声は非常に興奮していた。
「なぁに、どうしたの?」アンリエッタは笑って返す。
『まだ、心の準備が、それにしても、少し早すぎじゃないかなぁ?』
「だからどうしたんだってば?」
『さっきね、ブルーチェーンズの綾織社長から、イスミの携帯に電話があって、直々に依頼がきたんだよ、洗濯して欲しいって』
「え?」アンリエッタはカフェテリアの景色を意味もなく見回した。赤毛のツインテールが揺れる。ただ、首を動かしたかっただけかもしれない。
『ついにグリフォンのパンツを洗うことが出来るかもしれない、いや、それよりも、私たちは凄いお金持ちになれるかもしれないね、怖いよ、なんか、怖い、凄いよ、こんなに興奮しているの産まれて初めて、ヘティはどう?』
「多分、」アンリエッタも、きっと。「同じ気持ち」
『放課後、E組に集合、それから、ウォッシング・マシン・ガールズの制服に着替えて、ブルーチェーンズの本社に行くから』
「うん、了解っす」アンリエッタは目の前に誰もいないのに敬礼した。
『ヘティ』
「なに?」
『シーソしたいな』
「はあ?」通話は切れていた。スイコがアンリエッタに対してどういう気持ちなのか、謎のままだが、とにかく、凄いことになった。今を時めく、ブルーチェーンズの社長とのコネクションが産まれれば、様々な可能性が出てくる。様々なものをコレクションできるかもしれない。アンリエッタは顔が綻ぶのを抑えることが出来なかった。
呼吸を整えてテーブルに戻る。
「なんだったの?」ステラが何も知らない顔で聞いてくる。
ステラにも同じ気持ちになってもらいたかったけれど、アンリエッタはごまかす。「先輩からだった、前の学校の、ずっと連絡してなかったから、めちゃ、怒られた」
アンリエッタはナルミのおにぎりに手を伸ばした、口に入れると顔が綻んでしまった。
ナルミはアンリエッタの顔を見て微笑んだ。
「なぁに、そんなに私のおにぎりが美味しいの?」